弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

レベルが低すぎるハラスメントは安全配慮義務違反の対象から除かれるのか?-公務員が加害者の個人責任を問う上での注意点

1.公務員の個人責任を問うことの副作用

 民間の場合、ハラスメントの被害者は、会社を訴えるとともに、加害者個人を訴えることもできます。

 これに対し、公務員の場合、ハラスメントの被害者が加害者個人を訴えることは、基本的に認められていません。国家賠償法という法律の解釈についての最高裁判例で、公務員個人の責任を問うことはできないと理解されているからです(最三小判昭30.4.19民集9-5-534、最二小判昭53.10.20民集32-7-1367等参照)。

 これに対して被害者サイドから強い批判があることは、このブログでも折に触れて紹介してきたとおりです。

 個人責任を問えないことに納得できない被害者は、最高裁判例の壁を乗り越えるため、しばしば

「職務を行うについて」なされた行為ではない

というロジックを展開します。

 国家賠償法1条1項は、

「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」

と規定しています。

 上述のロジックは、この法律の組み方を利用したもので、

国家賠償法が適用されて公務員の個人責任が否定されるのは、加害行為が「職務を行うについて」なされた場合に限られる、

「職務」とは到底言い得ないような加害行為による被害は、国家賠償法の適用範囲外である、

したがって、「職務を行うについて」なされたとはいえない加害行為に対しては、加害者個人の責任を問議することが許される、

という議論です。

 しかし、ここで一つ疑問が生じます。

 それは、

国や地方公共団体の方が賠償資力があるのではないか?

という疑問です。

 確かに、国家賠償法が適用されなければ、加害者個人の責任を問うことはできます。しかし、加害者は所詮個人であり、大規模な損害賠償に耐えられるだけの賠償資力を有していないことが少なくありません。となると、加害者本人の責任は問うためとはいえ、国家賠償法の適用対象外であることを論証してしまうと、十分な被害弁償を受けられなくなる可能性が高まり、本末転倒ではないかという問題が出て来ます。

 これをクリアするための法律構成が、安全配慮義務違反(債務不履行)構成です。国家賠償法は不法行為の特別法であって、債務不履行責任を否定するものではありません。これを利用して、国家賠償法(不法行為構成)ではなく、民法上の債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償を併合することで、

国や地方公共団体に対する損害賠償請求を維持しつつ、

加害者個人の責任追及も行うのが

安全配慮義務違(対国・地方公共団体)+一般不法行為(対加害者個人)構成での進め方で、現代では割と標準的な法律構成になっているのではないかと思います。

 しかし、近時公刊された判例集に、この法律構成のリスクが顕在化した裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介している、熊本地判令6.1.19労働判例ジャーナル148-30 国・陸上自衛隊事件です。

2.国・陸上自衛隊事件

 本件で原告になったのは、陸上自衛隊の自衛官であった方です。被告上官である被告Dら(被告D、被告E、被告F、被告G、被告H)から暴行等を受け、心身に支障を来し、退職を余儀なくされたとして、被告らとその使用者である国に損害賠償を請求したのが本件です。

 本件の特徴は、異常なほどレベルの低いハラスメントが行われていることです。

 ハラスメントとして問題視された行為は多数に及びますが、その中には、

性器でかき混ぜた焼酎を飲むことを強要する、

小便をかける、

などの常軌を逸したものまで含まれていました(今時、小学生でもこのような低次元ないじめ・嫌がらせはしないのではないかと思います)。

 冒頭に掲げたテーマとの関係で興味深いと思ったのは、こうしたレベルの低すぎるハラスメントについて、

職務関連性を否定して公務員個人の責任を肯定しつつ、

国の安全配慮義務違反は否定する、

といった結論が導かれていることです。

 裁判所の判示は、次のとおりです。

(裁判所の判断)

・本件行為〔7〕について

「本件行為〔7〕は、上記・・・のとおり、被告Gが自身の性器でかき混ぜた焼酎を被告Hに手渡し、被告Hにおいて原告にこれを交付して飲ませたというものであるが、本件行為〔7〕の前後に、その場にいた被告Dらが、原告に対し、営内生活に関連する指導を行ったなどの事情は見当たらないことからすると、被告Dらと原告の上下関係の存在を考慮しても、本件行為〔7〕が、外形的、客観的に見て、社会通念上職務の範囲に属する行為であるとはいえず、『職務を行うについて』に当たるとは認められない。」

※ 本件隊舎の営内居室の出来事

・本件行為〔8〕について

「本件行為〔8〕は、上記・・・のとおり、被告Eが、原告に対し、本件駐屯地内において、小便をかけたというものであるが、本件行為〔8〕の前後に、その場にいた被告E及び被告Gが、原告に対し、営内生活に関連する指導を行ったなどの事情は見当たらないから、被告E及び被告Gと原告の上下関係の存在を考慮しても、本件行為〔8〕が、外形的、客観的に見て、社会通念上職務の範囲に属する行為であるとはいえず、『職務を行うについて』に当たるとは認められない。

(中略)

・本件行為〔7〕及び本件行為〔8〕について安全配慮義務違反があったか

「上記のとおり、本件暴行等で国賠法1条1項に基づく責任が成立しない行為のうち、予見可能性があったのは、本件行為〔7〕及び本件行為〔8〕であるから、これらの行為について、履行補助者である被告Gに安全配慮義務違反が認められるか検討する。」

本件行為〔7〕は、被告Gが自身の性器でかき混ぜた焼酎を原告に飲ませたというものであるところ、このような稚拙な行為を行わざるべき義務は、被告国又はその履行補助者である自衛官としてその地位に基づき負うべきものではなく、むしろ、一般人が通常遵守すべき行為規範に属するものである。そして、上記のとおり、本件行為〔7〕の前後に、営内生活に関連する指導がされたとの事情は見当たらないことも考慮すると、被告国の履行補助者である被告Gにおいて本件行為〔7〕を防止する義務は、被告国が負うべき安全配慮義務とは内容を異にしているといえる。したがって、本件行為〔7〕について、被告国に安全配慮義務違反があったとは認められない。

本件行為〔8〕は、被告Eが、原告に対し、小便をかけたというものであるところ、このような行為自体は、極めて稚拙であり、上記イで述べた理由と同様の理由により、一般人が通常遵守すべき行為規範に属するといえる。また、被告Gは、被告Eの小便が原告にかかっているかどうかは見えていなかった旨を供述するところ・・・、本件行為〔8〕の当時、被告Gが原告に小便がかからない方向に小便をしていたことや、当時の時間帯を考慮すると、被告Gの上記供述は信用することができるから、被告国の履行補助者である被告Gにおいて本件行為〔8〕を目撃していたとは認められず、仮に安全配慮義務の存在自体が肯定されるとしても、その義務に違反したとは認められない。

3.公務員個人の責任を問うことが裏目に出ることもある

 以上のとおり、裁判所は、

不法行為の成立肯定、

職務関連性否定(加害者の個人責任肯定)、

安全配慮義務違反の否定(国の責任否定)、

という判断をしました。

 安全配慮義務違反を問うためには一定の酷いことがなされている必要があるわけですが、酷さのレベルが突き抜けると、逆に安全配慮義務違反が問われなくなるという逆転現象が生じるようです。

 判断の妥当性には疑問がありますが、こうした裁判例が出てしまうと、公務員の個人責任を問うため、職務関連性を否定するという訴訟戦略については、今後、慎重な検討が必要になりそうです。