1.解雇撤回をめぐる攻防
使用者から解雇された労働者が、解雇の無効を主張して地位確認を求めると、使用者の側から解雇を撤回するから、働くようにと指示されることがあります。
しかし、特に解雇が違法である場合、一方的に解雇を撤回すると言われても、再び働くことに不安を覚える労働者は少なくありません。
このような場合に、
解雇撤回だけでは、職場環境に対して適切な配慮がなされたとはいえないため、労務提供を行うことができない、
労務提供できないのは、職場環境配慮義務(あるいは安全配慮義務)を履行しない使用者の側に責任がある、
ゆえに、労務提供ができていなくても、賃金は発生する
との論法で、出勤を拒否したまま、賃金を請求できないかが問題となります。
解雇自体の違法性が強い場合や、ハラスメントが背景にある場合、こうした主張が通ることもなくはありません。しかし、解雇無効、地位確認、労務提供を求めているのが労働者の側であるという構造上、こうした主張を通すことは、必ずしも容易ではありません。
このような状況の中、採用内定を辞退扱いとした後、出勤命令が出されたケースにおいて、出勤命令そのものが不適法であるとして、不就労期間中の賃金請求が認められた裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令5.12.18労働判例ジャーナル149-62 FIRST DEVELOP事件です。
2.FIRST DEVELOP事件
本件で被告になったのは、IT関連システム開発、コンピュータソフトウェアの開発等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、中華人民共和国籍の男性です。日本の大学に在学中、被告代表者による採用内定を受け、令和4年2月7日に始期を同年4月1日とする雇用契約書を取り交わしました。
しかし、令和4年3月28日、被告管理部の従業員cから、
「入社前研修講座について大幅な進捗後れがあったため、原告と被告代表者が話合いの上、原告が内定辞退を受け入れた」
という記載のある
「内定辞退受け入れ通知」
を送られました(本件内定辞退扱い)。
こうした扱いを受け、原告が東京都労働相談情報センターに相談に行ったところ、令和4年4月3日、cから
「被告代表者から、明日出勤するように言われていること、出勤時間は9時から18時であること」
の連絡を受けました。
これに対し、原告の方は「冗談じゃない」と回答するとともに、内定辞退扱いが違法無効であることを理由として地位確認等を請求する訴えを提起しました。
本件の特徴の一つは、原告の方が、出勤に応じておらず、令和4年7月1日から他社就労をしているところにあります。
こうした事実を踏まえ、被告は、
「原告は、令和4年3月22日、被告代表者に対し、別の会社に行きたいと相談した。そこで、被告は原告による内定辞退を受け入れ、本件内定辞退受入通知を送付した。被告が一方的に内定を取消したものではない。」
「被告は、同月28日、別の会社に行かないのであれば、出勤するよう要請したが、原告は出勤を拒否した。その後も被告は原告に対し、同年4月3日、4日及び5日にも出勤を要請したが拒否された。原告は無断欠勤をしているのであって、被告が原告に給与を支払う理由はない。」
と反論をしました。
裁判所は、本件内定辞退扱いを労働契約の一方的な解約の意思表示(採用内定の取消)と理解し、その効力を否定したうえ、次のとおり述べて、賃金請求を認めました。
(裁判所の判断)
「前記認定事実によれば、被告は、令和4年4月3日及び4日、原告に対し、被告に出勤するよう伝えたが、原告は被告に出社しなかったことが認められる。しかし、原告は、同年3月28日に本件内定辞退扱いを受けた後、本件内定辞退扱いをどう処理するのか被告との間で話合いはされておらず、また、被告から本件内定辞退扱いを撤回するなどの意思表示もないままに出勤するよう伝えられており、被告から原告に対し適法な出勤命令があったと認めることはできない。したがって、原告が被告に出勤せずに、就労していなかったことは認められるものの、それは使用者である被告の責めに帰すべき事由によるものといえる。したがって、原告は被告に対する本件労働契約に基づく賃金請求権を失わない(民法536条2項)。」
「原告が他社で得た収入については、民法536条2項に基づき、使用者たる被告に償還すべきであるところ、その控除額の上限については、労働基準法26条の趣旨にかんがみ、平均賃金の4割を限度とすべきものと解される(最判昭和37年7月20日・民集16巻8号1656頁参照)。そして、『雇入れの日に平均賃金を算定すべき事由の発生した場合』の平均賃金は、『都道府県労働局長の定めるところによる』とされており(労働基準法施行規則第4条)、昭22・9・13発基17号は『雇入れの日に平均賃金を算定すべき事由が発生した場合には、当該労働者に対し一定額の賃金が予め定められている場合には、その額により推算』すると定めているところ、東京都労働局長は係る場合の平均賃金の算定方法について、『月給×3÷雇入れ当日前3ヶ月間の暦日数』で平均賃金を算出すべきことを定めている・・・。本件においては、前記前提事実・・・によれば、本件労働契約において被告が原告に支払うべき賃金が月額20万円と予め定められており、雇入れ当日である令和4年4月1日の直前3か月間(同年1月1日から3月31日)の暦日数は合計90日であるから、平均賃金は20万円×3÷90日=6666円となり、その4割の額は2666円となる。」
「また、このように控除し得る中間収入は、その発生の期間が賃金の支給対象期間と時期的に対応していることを要すると解する(最判昭和62年4月2日・集民150号527頁参照)。」
「そして、原告が他社から得ていた期間及び収入額は、前記前提事実・・・記載のとおりであり、口頭弁論終結時点で締日が到来していない令和5年10月分以降については、原告がこれに対応する収入を得たことを認定することができず、控除すべきものとは認められない。以上より、上記基準に従って原告の賃金請求権が認められる額を算定すると、別紙『認容額』欄記載のとおりとなる。」
「よって、原告の賃金請求は、上記各金額及びこれらに対する各賃金の支払日の翌日から支払済みまで年3分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があり、これを超える部分については理由がない。」
3.出勤命令が違法である構成
解雇撤回を受けて、就労を拒否した状態で賃金請求をするにあたっては、職場環境配慮義務違反・安全配慮義務違反を理由として「債権者の責めに帰すべき事由」を基礎付けるのが一般的だと思います。
しかし、この裁判例は、出勤命令自体が違法だという法律構成をとりました。
今回、こういった法律構成が示されたことは、解雇撤回の可否をめぐる紛争を処理するにあたり、実務上参考になります。