弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇の撤回が認められた例-解雇撤回にどう対応するか

1.解雇の撤回

 一昨日、昨日と、無理筋の解雇が行われた場合、労働者側からの解雇無効、地位確認の主張に対し、使用者側から解雇を撤回するという対応をとられることがあるとお話しました。

 この解雇撤回は、敗訴リスクを考慮した便法であることが少なくありません。ただ単に敗訴リスクを勘案して解雇撤回をした使用者は、当該労働者を職場から排除する意思を喪失しているわけではないため、引き続き、あの手、この手の働きかけをしてくることが少なくありません。

 こうした使用者側の主張に対抗するため、

解雇の撤回は許されない、

という議論が展開されることがあります。これは、民法の、

第五百四十条 契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は、相手方に対する意思表示によってする。
2 前項の意思表示は、撤回することができない。

という条文を根拠とした考え方です。

解雇は労働契約(雇用契約)の解除権の行使である、

ゆえに解雇の意思表示は撤回できない、

という立論です。

 確かに、労働者が願い下げだと言っているにもかかわらず、使用者の側で一方的に解雇を撤回することができないのは当然のことです。しかし、解雇が無効で労働契約上の地位があると言っているにもかかわらず、解雇の撤回は無効だというのは、主張としての一貫性に欠けるようにも思われます。解雇撤回は、解雇が無効だという主張に対応したもので、一方的な撤回ではないという反論も予想されます。

 それでは、解雇が撤回されてしまった場合、裁判所で労働契約上の権利を有する地位にあることを確認することは、もうできなくなってしまうのでしょうか?

 一昨日、昨日とご紹介している大阪地判令5.2.7労働判例ジャーナル137-30 日本ビュッヒ事件は、この問題を考えるうえでも参考になります。

2.日本ビュッヒ事件

 本件で被告になったのは、製薬業、化学工業及び食品製造業のための研究機関用検査分析装置及び分析機器の輸入、販売、保守管理等を目的とする株式会社(スイス起業の日本法人)です。

 原告は、被告との間で期間の定めのない労働契約を手結し、平成17年4月以降、被告で稼働してきた方です。

令和2年11月30日付けで解雇され、

令和3年3月10日、解雇は無効であるとして、地位確認等を求める訴訟を提起したところ、被告から、

令和3年11月30日付け

で解雇を撤回されました。

 本件では、この解雇撤回により、原告の地位確認を求める利益が失われてしまうのではないかが問題になりました。

 本件の原告は、

「被告が本件解雇を撤回した後、P3GM(General  Manager 括弧内筆者)らは、原告に不当な退職勧奨を行ったり、退職に追い込む目的で違法無効なけん責処分をしたり、自宅待機を命じ続けたりしており、これらの被告の対応等に照らすと、原告の雇用契約上の権利を有する地位はなお不安定である。したがって、本件地位確認請求部分につき確認の利益があり、本件将来賃金請求部分につき将来請求の必要性がある。」

として、依然として訴えの利益は失われていないと主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、訴えの利益を否定しました。

(裁判所の判断)

被告は、本件解雇を撤回し、その後も現在に至るまで原告に対して賃金の支払を継続しているものであり、これらの事情によれば、現時点において、原告と被告との間において雇用契約関係があることにつき争いはない。したがって、本件地位確認請求部分について確認の利益があるとはいえず、また、あらかじめ将来の賃金の支払を請求する必要性があるということもできない。原告指摘の事情は、上記判断を左右しない。」

「よって、本件訴えのうち本件地位確認請求部分及び本件将来賃金請求部分はいずれも不適法である。」

3.賃金が支払われていた事案ではあるが・・・

 以上のとおり、裁判所は、現在雇用契約関係があることには争いないとして、訴えの利益を否定しました。

 解雇が無効であるから現在雇用契約関係があるとされたのか(ゆえに撤回という話にならないのか)、有効な解雇がなされた者の撤回されたから現在雇用関係があるとされたのか、解雇の効力や撤回の可否を判断する実益に乏しいと考えられたのかは不分明ですが、いずれにせよ、解雇を撤回された場合いついて、裁判所で改めて労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めることは難しいということなのだと思われます。

 原告は撤回の効力を正面から争ったわけではありませんし、賃金が全額支払われているため、地位確認を求めることへの実益が乏しかったのはそうだと思います。

 ただ、個人的には本件のように解雇撤回後に嫌がらせが行われている場合、撤回の効果意思がないとして、撤回の意思表示の事実自体を争う余地もあったのではないかと思われます。

 解雇撤回されている事案で地位確認を求めたい場合に、何等かの工夫が必要になることを示す裁判例として、本件は実務上参考になります。