1.管理監督者性
管理監督者には、労働基準法上の労働時間規制が適用されません(労働基準法41条2号)。俗に、管理職に残業代が支払われないいといわれるのは、このためです。
残業代が支払われるのか/支払われないのかの分水嶺になることから、管理監督者への該当性は、しばしば裁判で熾烈に争われます。
管理監督者とは、
「労働条件その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」
の意と解されています。そして、裁判例の多くは、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること(経営者との一体性)、②自己の労働時間についての裁量を有していること(労働時間の裁量)、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)といった要素を満たす者を労基法上の管理監督者と認めています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ」〔青林書院、改訂版、令3〕249-250参照)。
このうち②の要素を否定するための着目点を知るうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.4.13労働判例1289-52 国・広島中央労基署長(アイグランホールディングス)事件です。
これは、以前、
部下の多さでは管理監督者かどうかは決まらない-従業員数20名の会社で8名の部下を有する地位にあっても管理監督者性が否定された例 - 弁護士 師子角允彬のブログ
管理監督者に相応しい賃金-各手当の性質の分析が重要(賃金月額72万円・従業員中2位でも待遇が否定された例) - 弁護士 師子角允彬のブログ
でご紹介した裁判例と同じ事件です。
別の判例集に掲載されているのを見かけ、権限、待遇のほか、労働時間の裁量と言う観点からも参考になる判断が示されていると思われたので、ご紹介させて頂きます。
2.国・広島中央労基署長(アイグランホールディングス)事件
本件は、いわゆる労災の取消訴訟です。
原告になったのは、傘下の子会社から委託を受けて、その総務、財務、経理の業務を行う持株会社(本件会社)で、管理本部経理部長として働いていた方です。賃金構成は、
基本給24万円、
役職手当26万円、
管理手当4万円、
住宅手当18万円、
合計72万円とされていました(いずれも月額)。
適応障害(本件疾病)を発症し、休業補償給付を請求したところ、処分行政庁から管理監督者性が認められることを前提に、給付基礎日額を2万4000円とする休業補償給付の支給決定を受けました。これに対し、自分は管理監督者ではなく、給付基礎日額の算定に誤りがあると主張し、支給決定の取消訴訟を提起したのが本件です。
本件では原告の管理監督者性が争点になりました。
裁判所は管理監督者性の判断を行うにあたり、要素②との関係で、次のとおり判示しました。なお、結論として裁判所は、原告の管理監督者性を否定し、支給決定の取消請求を認めています。
(裁判所の判断)
「認定事実・・・によれば、原告は、他の従業員と同様、就業規則による労働時間の規律に服し、出勤簿による勤怠管理を受け、所定の始業時刻以前に出勤して業務を開始し、所定の終業時刻前に早退したのは1日のみで、残業についてもE社長の指示により午後8時までに制限されていたと認められる。早退に伴う賃金減額は行われなかったが、わずか1日のことであるうえ、平成28年の最終営業日における特例的措置であった可能性も否定し得ないことを踏まえれば、この点を重視することは相当でない。」
「また、原告が病欠した平成28年10月14日を事後的に代休とした取扱いは、同日が欠勤控除の対象であることを前提とする事務処理と解される。」
「以上によれば、原告には、労働時間や出退勤に関し、労基法による労働時間規制の対象外としても保護に欠けないといえるような裁量はなかったと評価するのが相当である。」
3.労働時間の裁量を否定するための着目点
管理監督者性を争うにあたり、労働時間に裁量がなかったことを論証するには、どのような点に注目すればよいのでしょうか?
本件はこの問題に的確な回答を示唆してくれています。具体的にいうと、
① 他の従業員と同様の始終業時刻が設定されていたのか、
② 出勤簿がつけられていたのか、
③ 所定始業時刻と実際の始業時刻とがどれだけ乖離しているのか、
④ 所定終業時刻と実際の終業時刻とがどれだけ乖離しているのか、
⑤ 残業をしないように指示を受けていたのか、
⑥ 計測された不就労時間について賃金控除が行われていたのか、
⑥ 代休がとられてないのか、
などが問題になっています。
以前に目を通した時には当たり前のことを言っているだけだと流して読んでしまいましたが、改めて読んでみると一般的にポイントとされる要素が的確かつ網羅的に指摘されており、この判示は覚えておいて損がなさそうだなと思いました。
管理監督者性の判断要素である労働時間の裁量の有無を考えるうえでも、本裁判例は参考になります。