弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

運転代行業に従事するドライバーの労働者性

1.労働者か個人事業主かが微妙な事案

 第二東京弁護士会では、フリーランス・トラブル110番という事業を行い、フリーランスの方からの法律相談に応じています。

フリーランス・トラブル110番

 法律相談は多数の弁護士が持ち回りで担当しています。私も相談担当弁護士の一人として、フリーランスの方からの法律相談を受けています。

 相談担当をしていて思うのが、個人事業主として業務委託の形式で働いていても、その実体は労働者ではないのかと思われる例が相当数あることです。

 業務委託契約を用いて労働法の適用を逃れようとすることは、典型的な脱法手段として古くから存在していました。その意味で特に珍しいというわけでもないのですが、フリーランスの増加とともに、労働法の適用を免れるために業務委託契約が濫用される事例も、増加しているように思われます。

 そのため、個人事業主と労働者の境界をどこに求めるのかについての裁判例の動向を注視していたところ、近時公刊された判例集に、運転代行業に従事するドライバーの労働者性が問題になった裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.12.11労働判例ジャーナル109-26 日本代行事件です。

2.日本代行事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 被告になったのは、運転代行を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で「業務委託契約書【代行運転自動車運転士用】」という契約書を締結し、運転代行業務に従事していた方2名です。原告らは、これが実質的には雇用契約であるとして、時間外勤務手当等の支払いを求める訴訟を提起しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告らの労働者性を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告らと被告は、業務委託契約書を作成しており・・・、被告が求人情報サイトに掲載している情報においてもドライバーについては業務委託として掲載されているところ・・・、契約の名称は当事者の意思の表れとして契約の性質を判断するための考慮要素の一つとはなり得るものの、その名称をもって直ちに契約の法的性質が決まるものではなく、当該契約の法的性質については、契約の内容を実質的に検討することが必要である。

労働者契約法2条1項は、『「労働者」とは、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者をいう』とし、労働基準法9条1項は、『「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう』としていることなどからすれば、労働(雇用)契約とは、労働者が使用者の指揮命令に従って労務を提供し、使用者がその対価としての賃金を支払う契約であるといえる。

そこで、以下、原告らが、被告の指揮命令に従って労務を提供し、労務に対する対償を支払われる者であるかについて、種々の観点から検討していく。

「被告においては、原告らを含むドライバーは、毎週木曜日までに翌週の出社予定について、定型の書式を用いて、各日ごとに『出社』、『連絡』、『休み』の三種類から選択して記入するという方法で連絡することになっていたところ・・・、かかる体制から明らかなとおり、ドライバーは、出社する日を自由な意思で決定することができるとされていたものであり、原告らが出社を希望したにもかかわらず、被告から出社を拒否されたあるいは原告らの意思に反して出社を命じられたというような事情はうかがわれない(このことは、原告らが『連絡』として届け出た日について、被告から出社の打診があった場合についても同様であるといえる。)。」

「また、被告においては、ドライバーのほかにオペレーター部、ビル管理部、経理部及びインターネット事業部所属の従業員がいるところ、同従業員はタイムカードを打刻することとされている・・・のに対し、原告らを含むドライバーはタイムカードを打刻することとされていない。」

「そうすると、原告らを含むドライバーは出社するか否かを自らの意思で自由に決定することができていたものであり、また、労働時間も把握されていなかったものであるから、勤務日・勤務時間について拘束されていなかったということができる。

「また、認定事実・・・のとおり、原告らを含むドライバーは、番号札を取ったり、運転代行業務に使用する車両を手に入れるため最初に被告事務所に赴く必要があるが、その後は、被告の事務所で待機して打診を待つことも、歓楽街等で打診を待つことも自由であったのだから(歓楽街で待機していれば、周囲の飲食店で飲酒して出てきた酔客から、直接代行業務の申込みを受けることが可能となり、番号札の順番に従って打診を受けるより早く代行業務に従事することもあり得るから、歓楽街で待機するということもあり得るといえる。)、勤務場所についても拘束されていなかったということができる。

「原告らを含む各ドライバーは被告からの打診を受けて運転代行業務に従事するところ、どのような経路で顧客の指定する場所まで赴くか、運転代行業務終了後、どこで待機するか、待機場所まで戻る際に高速道路を使用するか否かなどは各ドライバーが自由に決めていたものである・・・。そうすると、運転代行という業務の遂行方法について、被告から各ドライバーに対する個別具体的な指示はなされていなかったということができる。

「前記・・・のとおり、原告らを含むドライバーが出社日を自由に決定することができていたことからすれば、原告らを含むドライバーはある日について業務を受けるか否かの諾否の自由を有していたといえる。

「また、認定事実・・・のとおり、一般のドライバーではなく、被告の本部長であるdがドライバーとして運転業務に従事したことがあるところ、被告が、個々のドライバーに対して、具体的な個別の運転代行業務に従事することを命じることができるのであれば、「本部長」という高位の役職にあることがうかがわれるdを運転代行業務に従事させる必要はなく、ドライバーに命じて従事させれば足りるといえる。それにもかかわらず、dが運転代行業務に従事しているのは、被告においては、原告らを含むドライバーが、被告の営業時間内であっても、各ドライバーの事情(例えば、被告での業務が副業であった場合、本業の出勤時間との兼ね合いなどが想定される。)から、一定の時間になれば自らの意思で以降の運転代行業務に従事しないこととするなどという諾否の自由を有していたからであることがうかがわれる。

「被告が、原告らを含むドライバーに対して支払う報酬は、運転代行業務の売上額に応じてその金額が決まる完全歩合制となっていたものであるから・・・、労務提供時間の長さとは無関係なものであったといえる。そうすると、原告らが支払を受ける報酬は、労務対償性が弱かったことになる。

「また、被告は、各ドライバーに報酬を支払うにあたって、社会保険料及び公租公課の控除を行っておらず、事務室の談話室のトイレ横に紙を貼って、運送業一人親方特別加入を案内したり、確定申告の相談窓口として、税理士事務所を紹介するなどしているところ・・・、これらの事情も報酬の労務対償性がなかったことをうかがわせる事情であるといえる。

「被告の営業時間が午後8時から午前4時という夜間であったこと・・・、被告が求人情報サイトに掲載していた情報においても『Wワークの方も歓迎』とされていたこと・・・からすれば、被告で運転代行業務に従事するドライバーは、副業として従事している者が多かったことがうかがわれ、そうであれば、被告で運転代行業務に従事していたドライバーには専属性がなかったことになる。そして、ほかに、本件において、原告らが、被告の業務に専従していたことをうかがわせる事情も認められない。」

以上を総合考慮すれば、本件において、原告らが、被告の指揮命令に従って労務を提供していたと評価することはできないから、原告らと被告との契約が雇用契約であったということはできない。

3.契約の名称に惑わされないこと

 裁判所は、名称をもって直ちに契約の法的性質が決まるとはせず、契約の内容を実質的に検討して労働者性の有無を判断しました。

 これは従前からの裁判所の立場を踏襲したものであり、特に珍しい判断手法ではありません。結論としても、労働者性は否定されています。

 しかし、判決文をみると、一般の方にも、意外と丁寧に裁判所が事案を検討していることは、お分かりになるのではないかと思います。

 業務委託契約という名前で契約が結ばれているからといって、直ちに労働者でなくなるわけではありません。自分の立場に疑問のある方は、一度、弁護士のもとに相談に行ってみることをお勧めします。