弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

いじめを隠蔽し、校長の命令に反して柔道部加害生徒を近畿大会に出場させた教師に対する懲戒処分の量定

1.最高裁と高裁で判断が分かれた事案

 実務上、最高裁と高裁で判断が分かれることは、殆どありません。

 司法統計の一部である「民事・行政編 令和元年度 55  上告審訴訟既済事件数  事件の種類及び終局区分別  最高裁判所」という資料によると、令和元年度には2021件の上告が提起されていますが、破棄判決が言い渡されたのは0件です。上告受理の申立は2498件なされていますが、破棄判決は僅か34件です。

https://www.courts.go.jp/app/files/toukei/381/011381.pdf

 このように、最高裁の判断と高裁の判断が異なることは滅多にないわけですが、近時公刊された判例集に、公務員への懲戒処分の適否に関し、高裁の判断が最高裁で破棄された裁判例が掲載されていました。最一小判令2.7.6判例時報2472-3です。

2.最一小判令2.7.6判例時報2472-3

 本件は柔道部顧問を務めていた市立中学校教諭(被上告人)に対する懲戒処分(停職6カ月)の適否が争われた事件です。

 本件中学校柔道部は、被上告人の指導のもと、多くの大会で優秀な成績を収め、全国優勝をしたこともありました。そのため、入部を希望する生徒が多く、親元を離れ、下宿生活を送りながら本件中学校に通っている部員もいました。

 三年生の主力選手Ⅾは、二年生のEと共に、柔道部員のA、B、Cに対して入学当初から日常的ないじめを行っていました。その内容は苛烈で、殴る・蹴るなどの暴力行為のほか、

「自らの残した食べ物等を食べさせ、食べ切れずに嘔吐したら暴行を加える、手、足、腹等に香水をかけ、気化した香水にライターで火を付ける、二の腕等をエアガンで撃つなどの暴力行為」

もあったと認定されています。

 平成27年7月7日、DとEは、

「本件中学校内において、柔道部の練習が始まる前の午前7時頃から、こもごも、Aの顔面を殴り、長さ約1mの物差しでAの頭、顔及び身体を10回以上たたき、平手で顔面を数回殴打したほか、みぞおちを数回蹴るなどの暴行を加え、Aに全治1か月を要する胸骨骨折を含む傷害を負わせ」

ました(本件傷害事件)。

 被上告人は、A及びG教諭に対し「階段から転んだことにしておけ。」と指示し、これを受けたA及びG教諭は階段から転んでけがをしたと説明して医師の診察を受けました。

 しかし、このような隠蔽工作が隠せるはずもなく、本件傷害事件は、G教諭から報告を受けた生徒指導担当教諭、教頭を経て、H校長の知るところになりました。

 本件傷害事件を把握した市教育委員会は、H校長に対し、Dを近畿中学校総合体育大会(近畿大会)出場させてはならないと指示しました。

 Aの父がDを試合に出さないことに反対したこともあり、H校長は一旦はDが近畿大会に出場することを了承していましたが、市教育委員会の指示を受け、これを撤回し、被上告人に対してDを近畿大会に出場させないよう職務命令を発しました。

 しかし、被上告人は、H校長からの職務命令い従わず、近畿大会の団体戦にDを出場させました。結果、本件中学校柔道部は優勝の成績を収めました。

 こうした経緯のもと、被上告人が本件傷害事件が発覚する以前から柔道部のために卒業生や保護者等が寄贈した洗濯機・冷蔵庫・トレーニング機器等(本件物品)を校長からの複数回の指示にもかかわらず撤去していなかったことと併せ、市教育委員会は県教育委員会に被上告人に相応の処分を求める内申を行いました。

 これを受け、県教育委員会は、

「平成27年7月7日、顧問を務める柔道部の部員間の暴力行為を伴ういじめの事実を把握しながら、被害生徒の受診時に『階段から転んだことにしておけ。』と、虚偽の説明をするよう指示し」たこと(本件非違行為1)

「同年8月4日、加害生徒の近畿大会への出場を禁止する旨の校長の職務命令に従わず同生徒を出場させた」こと(本件非違行為2)

「部活動で使用していた校内の設置物に係る校長からの繰り返しの撤去指示に長期間対応しなかった」こと(本件非違行為3)

を理由に被上告人に停職6か月の懲戒処分をしました。

 これに対し、被上告人は、懲戒処分の取消を求めるとともに、国家賠償法に基づく損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 高裁は、停職6か月は重過ぎるとして、懲戒処分の取消請求を認容するとともに、55万円の限度で国家賠償請求も認容しました。これに対して、県側が上告したのが本件です。

 最高裁は、次のとおり述べて、停職6か月は懲戒権者に与えられた裁量権の範囲内にあるとし、高裁の判断を破棄しました。

(裁判所の判断)

「Aは、柔道部の上級生であるD及びEによる継続的ないじめの被害に遭い、さらに、本件傷害事件により明らかな傷害を負うに至っている。ところが、被上告人は、本件中学校の教諭及び柔道部の顧問として、同事件を機にこれらの事実を把握しながら、A及びG教諭に対し、受診に際して医師に自招事故によるものであるとの事実と異なる受傷経緯を説明するよう指示した上、自らも医師に連絡して虚偽の説明をするなどしている。このような被上告人の言動は、柔道部が大会を目前に控えている状況の下、その活動に支障を生じさせないため、主力選手らによる不祥事が明るみに出ることを免れようとする意図をうかがわせ、A及びG教諭には、部員又は副顧問としてこれに沿った行動をとるよう命ずるものと受け取られるものである。このことは、被害生徒であるAの心情への配慮を欠き、また、G教諭が校長等に報告することを暗に妨げるものともいうことができるのであって、いじめを受けている生徒の心配や不安、苦痛を取り除くことを最優先として適切かつ迅速に対処するとともに、問題の解決に向けて学校全体で組織的に対応することを求めるいじめ防止対策推進法や兵庫県いじめ防止基本方針等に反する重大な非違行為であるといわざるを得ない。さらに、Aは重い傷害を負っていたのであるから、医師による適切な診断及び治療を受ける必要があったが、被上告人の上記言動は、医師に実際の受傷経緯が伝えられることを妨げ、誤った診断や不適切な治療が行われるおそれを生じさせるものであったというべきである。結果的に、Aが誤った診断等をされることはなく、また、G教諭が報告したことにより本件中学校等における組織的な対応に支障が生ずることはなかったとしても、被上告人の上記言動が重大な非違行為であることが否定されるものではない。」

「このように、被上告人による本件非違行為1は、いじめの事実を認識した公立学校の教職員の対応として、法令等に明らかに反する上、その職の信用を著しく失墜させるものというべきであるから、厳しい非難は免れない。

「また、本件傷害事件やそれまでの一連のいじめにおけるDの行為は重大な非行であり、そのような行為に及んだDについて、教育的見地から、柔道部員として対外試合に出場することを禁ずることは、社会通念に照らしても相当であって、このことは、近畿大会が3年生のDにとって最後の大きな大会となることや、被害生徒であるAの保護者等がDの出場を支持していたことを考慮しても異ならない。したがって、H校長がDを近畿大会に出場させないよう被上告人に命じたことは、職務命令として正当であったというべきであり、これに従わずDを同大会に出場させた被上告人による本件非違行為2は、本件傷害事件等の重大性を踏まえた適切な対応をとることなく、校長による職務命令に反してまで柔道部の活動や加害生徒であるDの利益等を優先させたものであって、その非違の程度は軽視できない。

「さらに、本件非違行為3は、柔道部が優秀な成績を挙げるために、学校施設の管理に関する規律や校長の度重なる指示に反したものであり、本件非違行為1及び2と共に、生徒の規範意識や公正な判断力等を育むべき立場にある公立学校の教職員にふさわしくない行為として看過し難いものといわざるを得ない。」

「以上のとおり、本件処分の理由とされた一連の各非違行為は、その経緯や態様等において強い非難に値するものというほかなく、これが本件中学校における学校運営や生徒への教育、指導等に及ぼす悪影響も軽視できない上、上告人や姫路市の公立学校における公務への信頼をも損なわせるものであり、非違行為としての程度は重いといわざるを得ない。他方で、原審が被上告人のために酌むべき事情として指摘する点は、必ずしもそのように評価できるものではなく、これを殊更に重視することは相当でないというべきである。」

(中略)

「そして、本件処分は、本件懲戒条例の下では免職に次ぐ相当に重い処分であり、また、処分の量定に関する上告人の主張には、個々の加重事由の考慮方法が形式的に過ぎるなど、直ちに首肯し難い点もあるものの、前記のような一連の各非違行為の非違の程度等を踏まえると、被上告人に対する処分について、県教委が停職6月という量定を選択したことが、社会観念上著しく妥当を欠くものであるとまではいえず、県教委の判断が、懲戒権者に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない。

3.いじめに対して厳しい姿勢が示された

 一部の運動部等における、いじめなどの問題行為が発覚しても、加害者が優れた成績を収めることのできる生徒である場合、これを教師が放置・黙認するという問題は、以前から指摘されてきました。

 こうした問題に対し、最高裁は厳しい姿勢を示しました。冒頭で述べたとおり、高裁の判断を最高裁が破棄することは極めて稀なことであるため、本件の判示には、いじめを許さないという最高裁としての強い意思が感じられます。

 成績が良ければ何をやっても許されるという誤ったメッセージを与えることは、加害者の将来にとっても適切とは思われません。厳しい処分を避けるだけではなく、加害者への教育という観点からも、今後、教育公務員の方は、いじめに対して、より一層、毅然とした態度をとる必要があるように思われます。