弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

死亡事案は直後の供述の保全が大事(死亡直後は感謝していても、人は手のひらを返す)

1.当事者が死亡している事件処理の困難性

 仕事をしている中で精神的負荷がかかり、メンタルを病んで自殺してしまう人がいます。こうした事件で勤務先の責任を問うことは、必ずしも容易ではありません。

 最大の理由は、事情を最も良く知っている本人から事情を聴けないことにあります。本人が職場でどのような状況にあったのかは、遺族でも良く分からないのが普通です。

 こうした事案で勤務先の安全配慮義務違反の有無を検討するにあたっては、できるだけ早く関係者から事実関係を聴取し、それを録音したり書面にまとめたりするなど証拠化しておくことが重要です。迅速な対応が必要なのは、時間が経過してしまうと、人の記憶が薄れてしまうほか、保身から手のひらを返すような対応をとられることが少なくないからです。

 一般の方の中には、手のひら返しといわれても、

「本当にそんなことがあるのか?」

「裁判所で、そんな簡単に嘘をつけるのか?」

と思う方がいるかも知れません。

 しかし、手のひら返しが現実に存在することは、裁判でも実証されています。近時公刊された判例集に掲載されていた、高松高判令2.12.24労働判例ジャーナル109-14 池一菜果園事件も、そうした手のひら返しが認定された事件の一つです。

2.池一菜果園事件

 本件は、控訴人会社に勤務していたFの自殺をめぐる労災民訴です。

 Fの遺族は、Fが自殺したのは、長時間労働による心理的負荷がかかっている中で、控訴人の代表取締役の娘Bからひどい嫌がらせ・いじめを受けたことが原因で精神障害を発症したからであるとして、控訴人会社を訴えました。

 労災で自殺に業務起因性が認められたこともあり、一審裁判所は原告ら遺族の請求の多くを認容しました。これに対し、会社側が控訴したのが本件です。

 本件の争点は多岐に渡りますが、控訴人会社側は、

「休みの日には完全に休むようFに注意し、早朝の業務時間外の会社出勤をしないように再三諫めていた。」

と長時間労働の責任をFに転嫁しようとしました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、控訴人会社の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「控訴人らは、前記のとおり、

〔1〕Fが従業員の健康管理に取り組む責任者の立場にあった、

〔2〕控訴人Aは、休みの日には完全に休むようFに注意し、早朝の業務時間外の会社出勤をしないように再三諫めていた、

〔3〕2月6日及び同月8日の出来事も業務上必要なもので相当な態様のものであった、

〔4〕控訴人らにおいて、Fが心身の健康を損ない、精神障害を発病する危険な状態が生ずることを予見することは不可能であったと主張する。」

「しかしながら、

〔1〕の点については、前記で、原判決を補正の上引用して説示したとおり、Fが管理監督者(労基法41条2号)に該当しないことからすれば、Fが控訴人らの主張するような立場にあったとはいえない。

〔2〕の点については、控訴人A(控訴人会社の代表取締役 括弧内筆者)は、原審本人尋問において、その旨供述をしており、控訴人Bも、原審本人尋問において、これに沿う旨供述をしている。しかしながら、控訴人Aは、須崎労基署の労働基準監督官に対し、『(FとKは)休みの時や朝の数時間前に出勤してくれたこともありました。二人は、常に会社のことを考えてくれていました。会社が大きくなっていくことを自分のことのように喜んでいてくれていました。』と供述していたのであり(甲19)、むしろFの休日出勤や早朝出勤に感謝していたのであるから、控訴人Aの原審本人尋問における上記供述は直ちに信用することはできない。控訴人Bの原審本人尋問における供述も、控訴人BがGから聞いたという伝聞にすぎないから、上記の控訴人Aの労働基準監督官に対する供述と対比して信用できない。そして、上記の控訴人Aの労基署における供述内容からすれば、控訴人Aは、休日出勤や早朝出勤について、Fを諫める言葉をかけていたのではなく、Fを労う言葉をかけていたものと考えるのが相当である。したがって、控訴人Aが、Fの休日出勤や早朝出勤を注意していたとは認められない。

〔3〕の点については、2月6日及び同月8日の出来事は、前記で、原判決を補正の上引用して認定説示したとおりの内容であり、これらの控訴人A及び控訴人Bの言動に一定程度の業務上の必要性があったとしても、その態様として到底相当なものであったとはいえない。 

〔4〕の点については、前記で、原判決を補正の上引用して説示したとおり、控訴人らにおいて、Fが、自殺前の6か月間における時間外労働によって相応の心理的負荷を受けていたことを認識し又は容易に認識することができたものであり、2月の出来事によりFが相応のストレスを受けたことも認識し又は認識することができたといえるから、このようにFの時間外労働と心理的負荷を認識し又は認識することができたことからすれば、控訴人らにおいて、Fが心身の健康を損ない、何らかの精神障害を発病する危険な状態が生ずることにつき、予見できたというべきである。」

「控訴人らの主張はいずれも採用できない。」

3.人は手のひらを返すと認識しておくことが重要

 死亡直後の故人の上司・同僚は同情的で、聞けば割と率直な認識が語られます。本件でも、勤務先の代表取締役は、労働基準監督官に対し、Fの休日・早朝出勤に感謝する言葉を口にしていました。

 しかし、遺族が損害賠償請求を訴訟を提起し、多額の損害賠償債務を負うリスクが顕在化すると、自分は時間外労働を諫めていたと供述を翻しました。

 遺族の中には、死亡直後の関係者の同情的な姿勢を見て、法的措置にも協力してくれると信じ、特段の証拠保全措置を講じない方が少なくありません。

 しかし、そうした死亡直後の関係者の態度から受ける印象を拠りどころにして証拠保全措置を怠っていると、後で法的措置をとろうと思った時に、証拠不足に苦しむことになります。

 故人の死亡直後の遺族は、あまり多くのことを考えられないのが普通です。ただ、人が手のひらを返すのは、決して珍しいことではないため、裁判という選択肢が排除できない場合には、ヒアリングを録音しておくなど、速やかに関係者の供述を保全しておくことが望まれます。