1.マスク不着用をめぐる紛争
最近は下火になりつつありますが、新型コロナウイルスが流行する中、マスクの着用に応じない従業員を配転することができるのかという問題がありました。
近時公刊された判例集に、この問題を扱った裁判例が掲載されていました。大阪地判令4.12.5労働判例1283-13 近鉄住宅管理事件です。
これは、以前、下記の記事の中で言及した裁判例と同じ事件です。
退職の意思表示の慎重な認定-口頭での発言は迅速な介入により覆せる可能性がある - 弁護士 師子角允彬のブログ
マスク不着用を理由とする解雇の可否 - 弁護士 師子角允彬のブログ
通勤手当の不正取得を理由とする普通解雇が否定された例 - 弁護士 師子角允彬のブログ
別の判例集(労働判例)に目を通していたところ、マスク不着用を理由とする配転命令の可否を検討するうえでも参考になる判断が示されていたので、ご紹介させて頂きます。
2.近鉄住宅管理事件
本件で被告になったのは、分譲マンション、賃貸マンションの管理等を業とする株式会社です。
原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、マンション(本件マンション)の管理員として働いていた方です。
本件の被告は、本件マンションの住民から新型コロナウイルスが流行しているにもかかわらずマスクをしていないと苦情が届いていることを告げたうえ、原告に対し、他のマンションの清掃業務への配置転換の話をするとともに、本件マンションに立ち入らないように告げました。この配転転換は、管理員として週5日勤務・給与月額16万3000円であったものを、清掃員として週3~5日勤務、給与月額6万円にするというものでした。
その後、被告は、
原告から電話で退職することにしたという連絡を受けたこと(合意退職の成立)、
新型コロナウイルス対策の不履行と通勤手当の不正受給を理由に原告を解雇したこと
を理由に原告を退職したものと扱いました。
これに対し、原告は、
合意退職の不成立や解雇の無効を主張して、地位確認や賃金の支払等を求めるとともに(ただし、係争中に定年に達したため、地位確認請求は取り下げています)、
一方的な配置転換を迫り、これを拒否すれば自主退職するしかないと迫ったことなどが不法行為に該当するとして、損害賠償を請求する
訴訟を提起した事件です。
裁判所は、配転命令の不法行為該当性について、次のとおり判示し、これを否定しました。
(裁判所の判断)
「既に説示したとおり、新型コロナウイルス禍においては、管理するマンションの住民に不安を与えないようにする必要があること、本件マンションの住民から、原告がマスクを着用していないことが常態化している旨の連絡(苦情)がなされたこと・・・に照らせば、原告を本件マンションから異動させるという判断をすることは首肯できるものである。そして、原告の年齢に照らせば、配転命令の発令時点において定年までの期間が約6か月しかなく、管理員として継続的な業務を行うことができない状態であったことになるから、ほかのマンションの管理員に配転することができず、清掃員に配転するとの判断をすることも首肯できるものといえる。そうすると、配転命令について、業務上の必要性があったということができる。」
「また、不当な動機・目的があったことを認めるに足りる証拠もない。」
「そして、清掃員の具体的な業務内容は専門的な清掃ではなく、日常清掃であり・・・、特殊な器具を用いたり、特殊な技能が必要となるものではなく、日常的な清掃の範囲にとどまり、肉体的負担が大きいものとはいえないこと、転居を要するものではないことなどからすれば、管理員から清掃員への配転が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものとはいえない。」
「以上からすると、確かに、管理員から清掃員に配転されることで、月額賃金が減少することとなることなどから、配転命令が無効となることはあり得るものの、一見して明白に不当であることが明らかであるとはいえない。そうすると、被告による配転命令が発令されていたと仮定しても、同命令について、不法行為法上、違法な行為であるとまでは評価することができない。」
3.賃金減額を伴わない場合、基本的には有効か
上述のとおり、裁判所は、
業務上の必要性があること、
不当な動機、目的があったとはいえないこと、
仕事の変更が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせないこと、
のいずれも肯定しました。消極要素として指摘されたのは、月額賃金の減少だけです。
業種や職務内容によって判断が変わる可能性はありますが、こうした判断を見ると、賃金減額などの目に見える労働条件の不利益変更が認められない限り、マスク不着用をめぐる配転命令の効力を争うのは難しそうに思われます。