弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

営業秘密を侵したというためには、一般情報から合理的に区分されている必要があるとされた例

1.不正競争防止法上の営業秘密を侵したことを理由とする懲戒処分

 不正競争防止法という法律があります。

 これは、

「事業者間の公正な競争及びこれに関する国際約束の的確な実施を確保するため、不正競争の防止及び不正競争に係る損害賠償に関する措置等を講じ、もって国民経済の健全な発展に寄与すること」

を目的とする法律です(1条)。

 不正競争防止法が規制する不正競争行為には、幾つかの類型があるのですが、その中の一つに「営業秘密の侵害」という類型があります。これは、営業秘密を不正に取得したり、不正に取得した営業秘密を開示したりすることに対する規制です。

 不正競争防止法というと、労働事件と関係があるのかと思われる方がいるかも知れません。しかし、企業が保有する情報の持ち出し等が理由で懲戒処分が行われる場合、しばしば不正競争防止法に違反したことが懲戒事由として構成されます。会社に対して違法行為に及んだから懲戒処分を行うといったようにです。その関係で、私のように労働事件を専門とする弁護士であったとしても、不正競争防止法上の条文を参照することは少なくありません。

 不正競争防止法上の「営業秘密」は、

秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう

と定義されています(不正競争防止法2条6項参照)。

 この定義規定からも分かるとおり、営業秘密であるためには、

①秘密管理性

②有用性

③非公知性

の三つの要件が必要になります。

 このうち「秘密管理性」について、経済産業省知的財産政策室編『逐条解説 不正競争防止法』〔令和元年7月1日施行版〕43頁以下は、

「『秘密として管理されている』という秘密管理性要件の趣旨は、事業者が秘密として管理しようとする対象(情報の範囲)が従業員や取引先(従業員等)に対して明確化されることによって、従業員等の予見可能性、ひいては、経済活動の安定性を確保することにある。したがって、営業秘密を保有する事業者(営業秘密保有者)が当該情報を秘密であると単に主観的に認識しているだけでは十分ではなく、保有者の秘密管理意思(特定の情報を秘密として管理しようする意思)が、保有者が実施する具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要がある」

「例えば、紙媒体であれば、ファイルの利用等により、一般情報からの区分を行った上で、当該文書に『マル秘』などの秘密表示をすることなどが考えられる。電子媒体の場合には、USB メモリや CD-R 等の記録媒体への『マル秘』表示の貼付や、電子データのヘッダー等への「マル秘」の付記、又は当該電子媒体の格納場所へのアクセス制限といった措置が考えられる。また、従業者の頭の中に記憶されている情報など媒体が利用されない形の情報であっても、事業者が営業秘密となる情報のカテゴリーをリスト化することや、営業秘密となる情報を具体的に文書等に記載することといった秘密管理措置を通じて、従業員等の認識可能性が担保される限りにおいて『営業秘密』に該当し得る。」

と記述しています。

不正競争防止法の概要 (METI/経済産業省)

https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/20190701Chikujyou.pdf

 こうした記述を素直に読むと、秘密管理性が認められるためには、

「一般情報からの区別」

が行われている必要があるように思われます。要するに、一つのフォルダ内に、重要な情報とそうではない情報とが雑然と保管されているような場合、重要な情報の持ち出しが行われているからといって、それを「不正許防止法違反だ」(営業秘密の侵害だ)とは言えないということです。

 しかし、営業秘密の侵害を理由に懲戒処分を受けた人から相談を受けていると、一般情報との区別可能性を厳密に検討することなく、ただ単に重要な情報を持ち出していることなどを理由に不正競争行為(不正競争防止法違反)を認定したとしか思えない事案を目にすることがあります。

 こうした緻密さに欠ける営業秘密の侵害(不正競争防止法違反)を理由とする懲戒処分に対抗するにあたり、近時公刊された判例集に参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令4.12.26労働判例ジャーナル134-20 伊藤忠商事ほか1社事件です。

2.伊藤忠商事ほか1社事件

 本件で被告になったのは、

国内外において幅広い事業を展開する大手商社(被告会社)と、

被告会社を退職した者を対象とした企業年金基金(被告基金)

です。

 原告になったのは、被告の総合職であった方です。被告の社内システムにアクセスし、原告の仮想デスクトップ領域に保存されてたデータファイル3325個が入ったフォルダ等をGoogle Driveの原告のアカウント領域にアップロードしたことしたこと(本件アップロード行為)を理由に懲戒解雇されました。

 これを受けて、懲戒解雇の無効を主張し、自分は被告を自主退職したものであるとして、

被告会社に変動給の按分支払いを、

被告基金に退職金等の支払いを、

請求する訴えを提起しました。

 この事件でも、原告による本件アップロード行為が不正競争防止法上の「営業秘密」を侵害したと言えるのかが問題になりました。

 結論として原告の請求を棄却しながらも、裁判所は、次のとおり述べて、営業秘密として認められるためには、一般情報からの区別可能性が必要であると判示しました。

(裁判所の判断)

「営業秘密につき、秘密管理性が、有用性及び非公知性とは別に要件とされる趣旨は、事業者が営業秘密として管理しようとする対象(以下『対象情報』という。)が明確化されることによって、当該対象情報に接した者が事後に不測の嫌疑を受けることを防止し、従業員等の予見可能性、ひいては経済活動の安定性を確保することにあると解される。そうすると、秘密管理性要件が満たされるためには、対象情報に対する事業者の秘密管理意思が、具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置によって、従業員に明確に示され、結果として、従業員が当該秘密管理意思を容易に認識できる必要があるものと解される。」

「被告会社においては、被告社内システム及びBoxに保存された情報にアクセスする場合、ユーザーID及びパスワードによる認証が必要とされており、社外からのアクセスが制限されているほか、Box内の各フォルダについては、さらに、所属部署ごとのアクセス権限が設定されるという、物理的ないし論理的な秘密管理措置がとられている。また、被告会社では、社内ルールにより、従業員が、業務情報を業務目的以外で利用することを禁止し、電子化情報を保管保存する場合には会社が一元管理するシステムを利用すべきこと、個別にクラウドサービスを導入する場合には、リモートワイプ(遠隔消去)が可能な仕組み等を利用すべきこと、機密保持違反に対しては厳正に対処する等が定められ、規範的な秘密管理措置もとられているほか、社内体制や従業員教育面での対処もされており、被告会社の従業員は、被告社内システム及びBoxに保存された情報の少なくとも一部が、秘密として管理されていることを認識すること自体は可能であったということができる。」

「もっとも、営業秘密は、不正競争防止法において、刑罰法規の構成要件の一部をなすものであって、事業者の秘密管理意思の対象は、従業員にとって明確でなければならない。このような観点からは、秘密管理措置として十分なものであるといえるためには、対象情報が、営業秘密ではない情報(以下『一般情報』という。)から合理的に区分されている必要があるというべきである。

「これを本件について見るに、本件データファイル等は、ファイル数が合計3326個に及ぶものであるにもかかわらず、有用性及び非公知性があると認められる本件詳細主張ファイル群のファイル数は136個に留まり、原告が本件デスクトップフォルダに保存していた情報のうち、大部分は一般情報であって、その中に、それと比較して相当に少量の有用性及び非公知性がある対象情報が含まれる状況にあったと認めることができる。そして、デスクトップ領域のみならず、被告社内システム及びBoxの中で、有用性及び非公知性がある情報を一般情報と区別して保存すべき規範は存在しなかったことからすると、上記原告による情報の保存方法が、他の従業員のものと比して特異なものではなかったことが推認される。

「そうすると、被告社内システム及びBox内に保存されている情報に含まれている対象情報は、量的に大部分を占める一般情報に、いわば埋もれてしまっている状態で保存されているのが常態であり、被告会社の従業員において、個々の対象情報が秘密であって、一般情報とは異なる取扱いをすべきであると容易に認識することはできなかったというべきである。したがって、前記被告会社のとっていた秘密管理措置では、対象情報が一般情報から合理的に区分されているということはできないから、本件データファイル等については、秘密管理性を認めることはできない。」

「なお、被告らは、従業員が、フォルダ内に営業秘密は一切ないとの認識を持つことの方が不自然であり、営業秘密が含まれていることをフォルダ単位で認識することは容易であると主張する。しかし、本件デスクトップフォルダの内容を除けば、被告社内システム及びBoxの個々のフォルダの内容を明らかにする的確な証拠はないから、前記被告社内システム及びBox内に保存されている情報全体と同様に、各フォルダの内容も大部分が一般情報であって、その中に、それと比して相当に少量の対象情報が含まれる状態であったことが推認される。そうすると、そのようなフォルダの全体が対象情報であったとして扱うのは相当ではなく、被告らの上記主張は採用することができない。」

3.一般情報との区別可能性

 上述のとおり、裁判所は、ある情報が営業秘密であると認められるためには、一般情報と区別できる形で情報が管理されていることが必要だと判示しました。

 逐条解説からも同様の趣旨が導かれはすると思いますが、裁判所の判示は、不正競争防止法上の営業秘密該当性を争うにあたり参考になります。