弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

マスク不着用を理由とする解雇の可否

1.新型コロナウイルスの流行によって生じた諸問題

 新型コロナウイルスの流行は、労働者の働き方にも多大な影響を与えています。従前は意識されてこなかった様々な問題が議論されています。

 そうした問題の一つに、会社が命じる新型コロナウイルス対策の不履行を理由に労働者を解雇できるのかという論点があります。従来はワクチン未接種との関係で議論されることが多かった論点ですが、最近はマスク着用の拒否との関係で議論されるようにもなっています。

 ワクチン未接種との関係では、厚生労働省が、

「新型コロナウイルスワクチンの接種を拒否したことのみを理由として解雇、雇止めを行うことは許されるものではありません。」

という見解を出したことにより、解雇は不可というのが通説的な見解を占めるようになっています。

新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)|厚生労働省

 それでは、マスク着用との関係での可否は、どのように考えられるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この論点を扱った裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令4.12.5労働判例ジャーナル131-1 近鉄住宅管理事件です。

2.近鉄住宅管理事件

 本件で被告になったのは、分譲マンション、賃貸マンションの管理等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、マンション(本件マンション)の管理員として働いていた方です。

 本件の被告は、本件マンションの住民から新型コロナウイルスが流行しているにもかかわらずマスクをしていないと苦情が届いていることを告げたうえ、原告に対し、他のマンションの清掃業務への配置転換の話をするとともに、本件マンションに立ち入らないように告げました。この配転転換は、管理員として週5日勤務・給与月額16万3000円であったものを、清掃員として週3~5日勤務、給与月額6万円にするというものでした。

 その後、被告は、

原告から電話で退職することにしたという連絡を受けたこと(合意退職の成立)、

新型コロナウイルス対策の不履行と通勤手当の不正受給を理由に原告を解雇したこと

を理由に原告を退職したものと扱いました。

 これに対し、原告は、合意退職の不成立や解雇の無効を主張して、地位確認や賃金の支払等を求める訴えを提起しました(ただし、係争中に定年に達したため、地位確認請求は取り下げています)。

 裁判所は、合意退職の成立を否定したうえ、次のとおり述べて、マスク不着用は解雇理由にならないと判示しました。なお、結論としても、解雇は無効だと判示しています。

(裁判所の判断)

「被告の業務はマンションの管理等であるところ・・・、新型コロナウイルス禍においては、被告が管理するマンションの住民に不安を与えないようにすることが業務の遂行において必要であるといえ、被告が従業員に対して、感染防止対策の徹底を求める通知を繰り返し発出し、マスク着用等の徹底を求めていること・・・も、その表れであるといえる。そうすると、被告の従業員としては、使用者である被告の指示に従って、業務を遂行する際には、新型コロナウイルス感染防止対策を徹底しながら職務を遂行する義務を負っていたことになる。ところが、本件マンションの住民から、原告に関して、『マンション内や通勤途中でお見かけした時は、マスクをされていません』、『いつお見かけしても、マスクをされていない』との連絡がなされているところ・・・、その文言に照らせば、同住民は、原告がマスクを着用しないことが常態化していると認識していたこと、原告の主張・供述を前提としても休暇を取得していた令和3年5月6日に本件マンションの管理事務所を訪問した際もマスクを着用していなかったこと・・・、管理事務所でマスクを外しており、着け忘れた状態で管理事務所の外に出たこともあること・・・、通勤途中にたばこを吸うためにマスクを外していたこともあること・・・などからすれば、原告は、本件マンションで管理員として業務を遂行する際や、通勤の際に、日常的にマスクを着用していなかったことがうかがわれる。そうすると、原告は、本件マンションの管理員として職務を遂行する際に、使用者である被告からの業務上の指示に従っていなかったことになる。

しかし、原告が過去にも被告から同様の行為について注意を受けていたというような事情はうかがわれないこと、潜在的には認定事実・・・の連絡をした住民以外にもマスクを着用しない原告について不快感や不安感を抱いた本件マンションの住民がいたことがうかがわれるものの、現実に被告に寄せられた苦情は1件にとどまっていること、原告の行為が原因となって、本件マンションの管理に係る契約が解約されるというような事態は生じていないこと、E課長も原告に対してマスク未着用に関する注意をしていないことを認めており・・・、ほかに、被告が原告に対してマスク未着用に関する注意をしたことを認めるに足りる証拠もないこと、原告が新型コロナウイルスに感染したことで、本件マンションの住民あるいは被告内部において、いわゆるクラスターが発生したというような事態もうかがわれないことなどからすれば、新型コロナウイルス対策の不履行に関する一連の原告の行動が規律違反(パートタイマー就業規程45条2号)に当たるとはいえるものの、同事情をもって、原告を解雇することが社会通念上相当であるとまではいうことができない。

3.義務付けは可能、解雇の可否は一律には決まらない

 上述のとおり、裁判所は、感染防止対策としてマスクの着用を義務付けることは可能だと判示しました。しかし、マスク不着用を理由に直ちに解雇することまでは認めず、本事案との関係では解雇の効力を否定しました。

 ワクチンとマスクは身体への侵襲度合いから並列には論じられないだろうとは思っていましたが、今回、それが裁判例としても確認されたことになります。

 本件は、マスク不着用と解雇の可否という新しい論点を扱った裁判例として、実務上参考になります。