弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公益通報-不正な目的で通報したと言われないためには、どのような目的で通報したと言えば良いのか?

1.公益通報

 公益通報者保護法で保護される公益通報であるといえるためには、

「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的」

ではないことが必要になります(公益通報者保護法2条)。

 この「不正の目的」の解釈について、消費者庁が作成している逐条解説には、次のように書かれています。

「本項にいう『不正の目的』とは、公序良俗に反する目的をいい、

① 不正の利益を得る目的 

 公序良俗に反する形で自己又は他人の利益を図る目的。なお、報奨金や情報料を得る目的であっても、それが公序良俗に反する不正な利益といえるようなものでない場合には、ここにいう「不正の利益を得る目的」には当たらない。

② 他人に不正の損害を加える目的

 他の従業員その他の他人に対して、社会通念上通報のために必要かつ相当な限度内にとどまらない財産上の損害、信用の失墜その他の有形無形の損害を加える目的。

の通報など社会通念上違法性が高い通報が考えられる。

なお、『不正の目的でない』というためには、上記のような『不正の利益を得る目的』や『他人に不正の損害を加える目的』の通報と認められなければ足り、専ら公益を図る目的の通報と認められることまで要するものではない。単に、交渉を有利に進めようとする目的や事業者に対する反感などの公益を図る目的以外の目的が併存しているというだけでは本項にいう『不正の目的』であるとはいえない。 」

逐条解説 | 消費者庁

https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/overview/annotations/assets/overview_230315_0003.pdf

 それでは、抽象的に上記のように言えるとして、現実に公益通報の適否をめぐり職場と紛争になった場合、通報をした労働者側としては、どのような目的で通報をしたと言えば良いのでしょうか?

 一昨日、昨日とご紹介している、横浜地判令4.4.14労働判例1299-38 パチンコ店経営会社A事件は、この問題を考えるうえでも参考になります。

2.パチンコ店経営会社A事件

 本件で被告になったのは、遊技場の経営等を目的とする特例有限会社です。

 原告になったのは、死亡した代表取締役Bの親族(Bの弟の双子の兄弟)です(原告①、原告②)。被告で勤務していたところ、減給処分を受け、その後、解雇されました。これを受けて、減給処分や解雇の無効を主張し、地位確認や未払賃金を請求する訴えを提起したのが本件です。

 減給処分との関係でいうと、パチンコ代の遊戯釘の調整を警察に告発して被告の経営を阻害したことなどを理由に、本件の原告らは部長職から降格され、それに伴って減給処分を受けました。減額幅は、原告①が基本給月額71万1140円⇒40万円で、原告②が基本給月額72万0000円⇒40万円でした。

 裁判所は、

「部長職から解任されたことを理由として賃金を減額できることを定める就業規則等の定めは証拠上見当たらないのであるから、本件各減給処分が有効となる余地はない」

ことを措くとしても、次のとおり述べて、本件各減給処分は公益通報者保護法にいう公益通報に該当するとして、その効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「前記・・・のとおり、原告②は、本件動画を撮影した上で、原告①とともに、これを■■警察署に提出し、風営法違反として告発した。そして、本件店舗に対する営業停止処分が、平成29年2月24日の遊技釘の調整の事実を根拠としていることからすると、本件強制捜査及び営業停止処分は、原告②が提出した本件動画を根拠の一つとしてされたものと認めることができる。」

「本件動画において撮影されたD及びCによる遊技釘の調整は、神奈川県公安委員会の許可を得ずに行われたものであるから、風営法20条10項の準用する同法9条1項に違反し、同法違反の犯罪構成要件にも該当するものであって(同法50条1項1号、56条)、公益通報者保護法2条3項1号に定める通報対象事実に該当する(同法別表8号、公益通報者保護法別表第8号の法律を定める政令34号)。原告らは、被告に雇用される労働者として、原告②において当該行為を現認した上で、当該事実が発覚することによる処分を軽減することを目的として、当該事実について捜査等の権限を有する警察署に対し、当該事実について通報を行ったものであるから、かかる通報は同法2条1項1号に定める公益通報に該当する。したがって、被告がかかる通報を理由として原告らに対する降格や減給等をすることは許されないというべきである(同法5条1項、3条2号)。」

「これに対し、被告は、本件動画は、原告②がD及びCに対して遊技釘の調整を指示し、同人らがその指示どおりに調整を行っているところを撮影したものであり、被告による不正行為自体が、原告②によって作出されたものである旨主張する。しかしながら、原告②がそのような指示を行ったことを直接示す証拠はないばかりか、A、C及びDの警察官の取調べに対する供述・・・においても、原告②による撮影については言及されているものの、遊技釘の調整自体が原告②の指示によるものであった旨の供述は見当たらず、かえって、A及びCは、被告の利益のために遊技釘の調整をした旨供述していたのであるから、原告②の上記指示があったと認めるに足る証拠はないというほかない。」

「また、被告は、原告らが本件動画の撮影及び警察への告発を行ったのは、A及びCを被告から排除するという『不正の目的』のためのものであった旨主する。しかしながら、前記・・・のとおり、原告らが、告発に先立ってAに遊技釘の調整をやめるよう要請していたことや、そもそも告発によって本件店舗が営業停止処分等を受けることによって当然にA及びCを排除することにつながるものではないことからすれば、少なくとも、本件動画の撮影及び告発の主要な目的が、被告の主張する不正の目的であったとはいえない。」

「したがって、この点をもって、本件各減給処分の理由とすることはできない。」

3.「不正な目的」に該当しない範囲は広い/事前に職場内で要請した方が無難

 裁判所は、

「当該事実(犯罪 括弧内筆者)が発覚することによる処分を軽減することを目的として」

行った通報は「不正の目的」による通報ではないと判示しました。

 この程度の認識で問題がないとされるのであれば、「不正の目的」があると判断される範囲は極めて限定的だといえます。裁判所の判示は、使用者側から「不正の目的」を指摘された場合に、どのような反論をすれば良いのかを考えるにあたり参考になります。

 また、裁判所は、告発に先立って不正行為を止めるように要請していたことを「不正の目的」を否定するための事情として指摘しています。この部分に係る判示も、公益通報を行うまでの手順として、覚えておいて損はないように思います。