弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員(教諭)の懲戒処分-体罰より暴言が重いのは不均衡

1.公務員の懲戒処分の処分量定

 国家公務員に対する懲戒処分の根拠法である国家公務員法82条1項は、次のとおり規定しています。

第八十二条 職員が次の各号のいずれかに該当する場合には、当該職員に対し、懲戒処分として、免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。

一 この法律若しくは国家公務員倫理法又はこれらの法律に基づく命令(国家公務員倫理法第五条第三項の規定に基づく訓令及び同条第四項の規定に基づく規則を含む。)に違反した場合

二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合

三 国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合

 条文を参照して頂ければ分かるとおり、法は処分量定について何の定めも置いていません。ただ、非行等があったら、免職、停職、減給、戒告に処することができると規定しているだけです。

 このような建付けになっていると、処分量定の軽重をどのように論じるのかが問題になります。

 ここで重要な意味を持つのが、

懲戒処分の指針と、

平等原則

の二つです。

 懲戒処分の指針とは、人事院規則(平成12年3月31日職職-68『懲戒処分の指針について』)のことです。ここには、典型的な非違行為と、それに対応する標準的な処分量定が規定されています。

懲戒処分の指針について

 平等原則とは、国家公務員法27条に根拠があります。

第二十七条 全て国民は、この法律の適用について、平等に取り扱われ、人種、信条、性別、社会的身分、門地又は第三十八条第四号に該当する場合を除くほか政治的意見若しくは政治的所属関係によつて、差別されてはならない。

 これは国家公務員法全体を貫く原則で、懲戒の場面にも適用があります。具体的に言うと「同じようなことをした場合には、同じような処分量定が科されなければならない」という原則として、不平等な重罰主義を控制する機能を果たします。

 以上は国家公務員のついての仕組みですが、地方公務員の懲戒も、同じような制度設計がなされています。

 近時公刊された判例集に、この公務員法を貫く平等原則との関係で、興味深い判断をした裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、 鳥取地判令6.3.8労働判例ジャーナル148-18 鳥取県・県教委事件です。

2.鳥取県・県教委事件

 本件で原告になったのは公立小学校の元教諭です。授業中に複数の児童に対して行った暴言を理由に鳥取県教育委員会から1か月間の停職を内容とする懲戒処分を受けた後、その取消を求めて県を提訴したのが本件です。

 本件には様々な論点がありますが、その中の一つに他の事案との均衡がありました。

 本件の懲戒処分は指針に直接あてはまるものがなかったため、「秩序びん乱」に該当するとされたうえで、1か月の停職処分が定められました。

 しかし、鳥取県教育委員会には、別の教員に対する他の懲戒処分事例として、次のような例がありました。

「鳥取県教育委員会は、令和4年7月20日、被処分者を鳥取県内の公立小学校校長とし、処分の理由(抜粋)を下記のとおりのものとして、被処分者に対して『令和4年7月21日から減給10分の1 6月間』とする懲戒処分をした(以下『別件懲戒処分事例』という。)。」

 要するに、体罰が本件(停職1か月)よりも軽い減給処分とされていたわけです。

 これを捉え、原告は、次のとおり主張しました。

(原告の主張)

「減給処分にとどまっている別件懲戒処分事例の被処分者は、校務を掌り所属職員を監督しなければならない立場(学校教育法28条3項参照)の小学校校長であり、同事例は全国ニュースで報道され、学校名が明らかとなり、教育委員会による記者会見が行われるなど、信用失墜の度合いが大きいものである。また、別件懲戒処分事例の非違行為が強固な犯意に基づく悪質な暴行であるのに対し、原告がした発言は独り言や児童に対しての指導を目的としたもので、発言内容も児童に恐怖心を抱かせるものではなかった。このように比較すると、引き続き職務に従事でき、給料が発生する減給処分にとどまる別件懲戒処分事例に係る処分と、職務従事を一切禁じられ、その間の給料が発生しない停職処分である本件懲戒処分は、著しく均衡を欠いている。」

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を容れました。結論としても、原告の請求を認容し、懲戒処分を取消しています。

(裁判所の判断)

「前記・・・に認定の原告がした非違行為は、その原因及び動機等につき酌むべき点は見当たらず、その性質及び態様につき、教員が行う公務に対しての信用を失墜させ、小学校教諭の職責に反するものとして非難を免れないものである。その結果、現に児童の心情が傷つけられていること等に照らせば、本件授業中に原告がした発言について、これを懲戒処分に値すると認めること自体、相当というべきものである。その判断過程についてみても、本件指針を定めた上、本件指針に従って、標準例に掲げられていない非違行為についても懲戒処分の対象となり得るものとすること、その場合には標準例に掲げる取扱いを参考にすること、処分量定の目安として、行為態様に『暴言』を含んだ『秩序びん乱』・・・を参考にしたこと自体、いずれについても不合理であるとはいえず、ここに鳥取県教育委員会に与えられた裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるとはいえない。」

「しかし、既に検討したところを総合すれば、非違行為の性質及び態様につき、悪質性に対する考慮を一定程度減ずる方向の要素があるといい得ることや、処分量定の判断上、原告には懲戒処分歴がないこと等といった原告に有利に考慮すべき事情がある。」

「加えて、前記・・・の本件条例に定めがあるとおり、停職期間にはいかなる給与も支給されず(本件条例5条3項参照)、本件懲戒処分によって1か月間の収入が絶たれるという点は、対象期間において給料及び地域手当のうち最大10分の1が減じられるにすぎない減給処分に比して(本件条例4条)、生活者としての側面に相当程度大きな影響があるといわざるを得ない。」

「さらに、別件懲戒処分事例は、小学校校長が児童に対してその感情に任せて暴行をしたというものである。教育現場での体罰に厳しい目が向けられる昨今、むしろそのような事態発生を防止すべき校長という職位にある者が児童に対して暴行に及んだという点において、被処分者の職責が大きいことはもとより、非違行為の様態及び結果は悪質で、他の教職員の動揺や、教育行政に対する信用失墜を通じた社会に与える影響は、原告がした非違行為をはるかに上回るというべきである。学校内における体罰は、学校教育法により懲戒の方法としても明確に禁じられているほか(学校教育法1条ただし書参照)、前記第2・1のとおり、本件指針上、体罰は、懲戒処分の標準例にも掲げられる類型であり、かつ、その処分量定の目安には最も重い処分である懲戒免職が含まれている。これらを踏まえると、原告に対する本件処分については、授業中であるか授業外であるか等といった被告が指摘する相違を十分考慮しても、別件懲戒処分事例に係る処分との間に明らかな不均衡があるということができる(なお、被告は、本件懲戒処分と別件懲戒処分事例との間に不均衡はない旨の主張をするが、上記に説示したとおりの不均衡があるというべきであり、評価を誤るものとして採用の限りでない。)。

「以上を総合すれば、原告がした非違行為に対し、戒告ないし減給にとどまらず、停職を選択した本件懲戒処分については、懲戒処分者の裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法があると認めるのが相当である。」

3.平等原則のもう一つの面(違うものは違うように)

 公務員の懲戒処分を争う場合、類似事案ばかりに目を奪われがちです。

 しかし、平等原則には「同じものは同じように」というだけではなく「違うものは違うように」という要請も含まれます。体罰を暴言と同じように取り扱うことはできませんし、暴言を体罰よりも重く処分するのは常識的な法感覚に反します。

 公務員の懲戒処分を争うにあたっては、類似事案との均衡だけではなく、

より酷いことをしている例よりも重くなっていないか、

といった視点も忘れずに検討する必要があります。