弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

審査部門のチェックを潜り抜けた不適切行為で懲戒処分を行えるのか?

1.不適切行為を防ぐための仕組み

 組織化された企業で個々の労働者が担当している仕事は、業務フローの一部分にすぎないのが普通です。そして、大抵の組織では、個々の労働者が不適切な行為をしても、それを発見、是正する仕組みがとられています。

 それでは、不適切行為がチェックシステムを潜り抜けて企業の利益が毀損されてしまった場合、企業は不適切行為をした労働者に懲戒処分を行うことができるのでしょうか?

 確かに、不適切行為が仮想・隠蔽を伴う故意行為で、チェック部門による審査が正常に働いていても発見、是正できないものであった場合には、懲戒処分が行われるのも仕方がないだろうと思います。

 しかし、不適切行為が意図されたものではなく、チェック部門による審査が正常に働いていれば発見、是正できた場合についてまで、不適切行為を行った労働者に懲戒責任を問うのは酷であるようにも思われます。人が一定の頻度でエラーを犯すのは、避けられないことだからです。このような場合、企業の利益が毀損されたのは、エラーを犯した人の側に理由があるというよりも、チェック部門による審査ミスが原因であるという見方も成り立つように思われます。

 昨日ご紹介した、東京地判令4.6.23労働経済判例速報2503-3 スルガ銀行事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.スルガ銀行事件

 本件で被告になったのは、静岡県、神奈川県の他、東京都などの首都圏を中心に、預金の預入れ、資金の貸付けなどを行っている地方銀行です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結していた方です。営業本んぶパーソナル・バンク長を務めていたところ、平成30年4月1日付けで経営企画部詰審議役への異動を命じられ、これに伴い賃金が激減しました。その後、平成30年11月27日に懲戒解雇されたことを受け(本件懲戒解雇)、本件異動命令、本件懲戒解雇がいずれも無効であるとして、地位確認や未払賃金請求訴訟を提起しました。

 本件懲戒解雇の理由は、三つの非違行為で構成されています。そのうちの一つに、

審査部門に強い圧力を加えて審査機能を形骸させた

というものがありました。

 これが非違行為として認められるのか否かについて、裁判所は、次のとおり述べて、消極と判示しました。なお、本件では、懲戒解雇自体も、無効とされています。

(裁判所の判断)

「被告は、原告が、平成16年4月から平成30年3月末までの長期間にわたり、被告の利益のほぼ全てを稼ぎ出していた部署であるパーソナル・バンク部門の長を務め、q5副社長及びq4会長から重用されていたことから、被告社内で絶大な権力を有しており、これを背景として、

〔1〕個々の融資案件について自己の権勢をもって無理やり稟議を押し通す行為を日常的に行い、

〔2〕自己の権限を越えて審査部内の人事にまで介入し、審査部がパーソナル・バンク部門からの融資案件が通りやすい人事配置になるようにし、

〔3〕本件簡素化通達及び本件新運用基準により、原本確認のプロセスを簡素化して審査によるチェック機能を弱め、

〔4〕稟議書類に『パーソナル・バンク協議済み』との記載(本件記載)を部下に記載させ、又は部下が記載することを黙認し、本件記載のある融資案件が審査を通りやすくする体制を自ら作出し、同体制を黙認するなどして、被告の審査部門に強い圧力を加えて審査機能を形骸化させた

旨を主張するので、以下検討する。」

(中略)

「被告は、上記〔1〕について、原告が、遅くとも平成26年4月以降、個々の融資案件の審査において、決裁権限を有する審査部幹部ら及び審査役を恫喝し、当該案件を無理に押し通していたと主張し、q25、q26及びq30の証言には、これに沿う部分がある・・・。」

「しかしながら、これらの証言は、日時や対象となった案件の具体的内容、審査部と原告との意見の具体的な対立点等が特定されているものは極めて限られており、その余については各証言を裏付ける客観証拠もなく、また、審査部に所属し、シェアハウスローンを巡る一連の問題に係る責任の所在に強い利害関係を有しており、原告に不利な証言をする動機を有する者らによるものであることを考慮すると、原告の上記主張を裏付けるに足りるものとはいえない。」

「そもそも、原告が、審査部幹部及び審査役に対し、審査を承認するよう強く求めることがあったとしても、原告は、平成16年4月以降は営業本部パーソナル・バンク本部長として、平成27年4月から平成29年3月までは営業本部長(カスタマーサポート本部長)として、同年4月からは営業本部パーソナル・バンク長として、営業を推進する立場にあったのであるから、この点において、審査部とは本来的に対立関係にあったといえ、個別の融資案件についても、原告と審査部との意見が対立することは当然に想定されるところである。審査担当者には、適正に融資審査をすべき職責があるのであるから、原告の要求について業務として正当化される程度を超える問題があると考えるのであれば、審査部長又は審査部管掌取締役に対して対応を求めたり、信用リスク委員会や経営会議、取締役会等で問題にしたりすることによって是正を図るべきなのであって、そのような措置も取らないまま、原告からの要望であることを弁解として稟議書等に記録するのみで、不適切と考える融資の審査を承認していたとすれば、当該審査担当者は職責を放棄していたといわざるを得ない。そのような審査担当者の不適切な対応の結果、原告が承認を求めた融資案件の審査が承認されたからといって、原告が『無理に押し通した』と評価することはできないというべきである。

(中略)

「被告は、原告の不当な圧力により、回収可能性に問題のある融資が次々と実行され、被告の融資審査が形骸化させられたことは、承認すべきではないと考えたものの承認せざるを得なくなった審査担当者の無念な思いが審査記録中に記録された事例が200件以上あることから裏付けられるとも主張し、資料・・・を提出する。」

「しかし、上記資料の記載内容からは、具体的にどのような融資案件が対象になっているのか(例えば、どのような点で回収可能性に問題がある案件であったのか、実際に融資を受けた顧客に債務不履行が発生した案件なのかどうか)、原告からどのような圧力を受けたのかも判然としないものであって、上記資料の記載をもって、原告の不当な圧力によって審査が歪められ、回収可能性に問題のある融資が次々に実行されたことを認定することは困難である。審査部には、融資実行に否定的な意見を有する場合には、審査を通さない権限と責任があるのであって、原告から不当な圧力を受けていると認識した場合には、審査部長又は審査部管掌取締役に対して対応を求めたり、信用リスク委員会や経営会議、取締役会等で問題にしたりすることによって是正を図るべきなのであって、それをせずに、審査部限りでの記録を残しただけでは、審査部としての責任を果たしたことにはならないというべきである。

以上によれば、原告が、審査部門に対して強い圧力を加えたことにより、回収可能性に問題のある融資を次々と実行され、融資審査が形骸化させられたとは認めるに足りず、非違行為1に関する被告の主張は採用することができない。

3.審査部門の怠慢は懲戒処分の効力を否定する材料になる

 本件では無理やり稟議を押し通す行為を日常的に行っていたことなどが、本件非違行為1を構成する事実の一つとして指摘されていました。

 しかし、裁判所は、審査担当者の不適切な対応の結果、原告が承認を求めた融資案件の審査が承認されたからといって、原告が『無理に押し通した』と評価することはできないとして、これが懲戒事由に該当することを否定しました。これは、不適切な融資案件の審査が承認されたとしても、それは審査を求めた側にあるのではなく、審査部門が機能不全に陥っていたことに原因があるという発想なのではないかと思います。

 解雇や懲戒処分の効力を争う事件において、下流工程でのチェックミスが問題にされることなく、エラーを犯した労働者だけが激しく非難されている場面を目にすることは、実務上決して少なくありません。こうした事件で解雇や懲戒処分の効力を争うにあたり、本件の判示は参考になります。