弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

子どもの看護休暇は直前の申し込みでも大丈夫か?

1.権利であることと行使時期の関係

 権利があることと、いつ権利を行使することができるのかという問題とは、概念上、切り離して考えられています。

 例えば、労働者には年次有給休暇の時季指定をする権利がありますが、

「時季変更権行使の要否・・・の判断をするために、年休予定日の一定日数前までに時季指定を行うよう求める定めを就業規則等に置くこと」

は合理的なものである限り有効だと理解されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕731頁)。

 それでは、育児介護休業法16条の2所定の子の看護休暇はどうでしょうか?

 育児休業法16条の2第1項は、

「小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者は、その事業主に申し出ることにより、一の年度において五労働日(その養育する小学校就学の始期に達するまでの子が二人以上の場合にあっては、十労働日)を限度として、負傷し、若しくは疾病にかかった当該子の世話又は疾病の予防を図るために必要なものとして厚生労働省令で定める当該子の世話を行うための休暇(以下『子の看護休暇』という。)を取得することができる。」

と定めています。

 本条に規定されている子の看護休暇に関しては、突然行使しても、何の問題もないと考えて良いのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。横浜地判令5.1.17労働判例1288-62 学校法人横浜山手中華学園事件です。

2.学校法人山手中華学園事件

 本件で被告になったのは、横浜市において横浜山手中華学校を運営する学校法人です。

 原告になったのは、中華人員共和国生まれで日本国籍を取得した方です。被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、児童・生徒の教育、指導等の業務に従事していた方です。被告から、

「自己都合による幾多の行為により、業務全体の遂行に甚だしく支障があること」

「業務に対する責任感、勤務態度および職務遂行能力が著しく劣り、また向上の見込みがないこと」

を理由に解雇されたことを受け、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の被告は五つの解雇事由を掲げましたが、その中の一つに、次のような事実がありました。

(解雇事由4)

「原告は、年間の学校行事で最大ともいえる運動会につき、令和元年度及び令和2年度、いずれも当日朝になって欠勤の連絡をした(以下『解雇事由4』という。)。」

「これにより、被告は、同各年度につき、急遽定年退職していた非常勤嘱託教員に連絡して原告が担当するはずの業務を担当してもらうなどの対応をすることとなった。原告において、当初から参加する意思がなかったのであれば参加を前提にして準備に加わることは無責任である。」

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、解雇事由4を理由とする解雇を否定しました。結論としても、原告の地位確認請求は認容されています。

(裁判所の判断)

「原告は、令和元年度及び令和2年度の被告の運動会について、当日朝に欠勤の連絡をして看護休暇を取得し運動会を欠席したものである・・・。看護休暇に関しては、就業規則50条1項及び育児介護休業法16条の2第1項に定めがあるところ、看護休暇の申請について時期の制限は設けられていない(かえって、看護休暇の性質上、その申請が、申請に係る休暇の直前となることも想定されているとさえいえる。)。そのため、原告が運動会の当日朝に連絡をして看護休暇を取得し、それにより被告に業務上の支障が生じたとしても、それをもって解雇事由に該当するものとすることは、育児介護休業法16条の4、同法10条に違反するものであって許されない。

「以上より、原告が上記各看護休暇を申請したこと(及びその時期)は、就業規則59条2号の『職務遂行能力または能率が著しく劣り、また向上の見込みがないと認められるとき』に該当しない。」

「これに対し、被告は、原告は当初から運動会に参加する意思がなかったのに参加を前提として準備に加わっていたと主張するが,本件全証拠によっても、原告が当初から運動会に参加する意思がなかったとの事実は認められない。」

「また、被告は、運動会の不参加につき、子どもや保護者からすれば毎年不参加という事実が印象に残るところ、原告は、子どもや保護者だけでなく他の教員に対する事前又は事後にフォローをしていない旨主張する。しかし、これ自体が解雇事由として主張されているものではない上、仮に原告がこのような事前又は事後のフォローをしていないとしても、それのみをもって職務遂行能力又は能率が著しく劣っていることを裏付けるものとはいい難く、就業規則59条2号の『職務遂行能力または能率が著しく劣り、また向上の見込みがないと認められるとき』に該当するということはできない。

3.直前行使しても問題ない

 上述のとおり、裁判所は、子どもの看護休暇に関しては、その性質上、申請が直前になることは想定済みであるとして、解雇事由にはならないと判示しました。

 直前に行使しても大丈夫かと思われる方がいるかも知れませんが、子の看護休暇は直前行使が認められています。報復をしたりペナルティを科したりすることは禁止されているため、仕方のない時は、直前に取得しても、法的な問題はありません。

 権利行使したことによる事後フォローも、裁判所が判示するとおり、法的には必要ないのだろうと思います。ただ、人間関係における軋轢を回避するため、簡単な事後フォロー程度のことは、しておいて良かったのかも知れません。