弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

危険な作業を指導する者の注意義務-指導どおりに作業できなかったら声を掛けるよう注意喚起するだけでは足りない

1.危険な作業を指導する者の注意義務

 危険な作業に従事していると怪我をすることがあります。完全に自業自得である場合は仕方がないのですが、指導、監督する立場にある方の指導方法等に問題がある場合は少なくありません。こうした場合、怪我をした方は、指導、監督する立場にある人の過失を捉えて損害賠償を請求することがあります。

 しかし、このような損害賠償請求事件では、しばしば、

「作業工程で問題があったら声をかけるように注意喚起していた。報告がなかったのだから事故は防ぎようがなかった。」

という反論が行われます。

 それでは、このような言い分には理由があるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪高判令5.1.12労働判例ジャーナル133-44 加古川市事件です。

2.加古川市事件

 本件で原告(控訴人)になったのは、図画工作(図工)の授業を受けていた際、同級生が木材に打ち込まれた釘を抜くために使用していたマイナスドライバーの先端が当たって左目を負傷した小学生です。負傷の原因が市職員(公務員)である教諭の指導、監督の在り方にあるとして、加古川市を相手取り、国家賠償請求訴訟を提起しました。

 原審が原告の請求を棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 本件控訴審裁判所は、原判決を破棄し、教諭の義務違反を認め、市側に2000万円以上の損害賠償の支払いを命じる判決を言い渡しました。

 この判決は、教諭の負う注意義務や、教諭が児童の行動及び立ち位置を監視すべき義務に違反したのかどうかを判断するにあたり、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「工具を使う図工の授業においては、工具それ自体が児童の生命や身体に危害を及ぼす危険性のある刃物類や工具の通常の使用によっては危険性を生じさせないとしても、その使用方法によっては危険を生じさせる可能性のある金属類が含まれているから、児童がこれらを適切に使用することができるように、児童の理解度や習熟度に応じて、教諭が適切に指示した上これを監督すべき注意義務がある。小学生は、一般に工具に対する理解度や習熟度が低く、その危険性を認識せずに工具を使用し、また工具を使用する場所で行動するおそれが高くなるから、教諭は、より一層児童に対する指導監督に配慮すべき注意義務を負うことになると解される。

(中略)

「本件方法は、前記・・・で説示したとおり、小学4年生の児童にとっては難易度が高く、他の児童の身体に対する危険性を伴うものである。」

「したがって、本件方法(マイナスドライバーを釘抜きのために用いる方法 括弧内筆者)を小学4年生に指導する教諭としては、釘の頭と木材との間にマイナスドライバーを差し込むことができない児童がいないか、また、本件方法による作業をしている児童の周辺や正面に児童が近づいていないかを監視するべき注意義務があったというべきである。」

「原判決引用に係る認定事実のとおり、控訴人とfは、向かい合って、一方が木材を押さえ、一方が片手でマイナスドライバーを持って本件方法による作業に取り組み、しかも、本件方法によって釘の頭を起こすことができなかったため、本件方法を交互に複数回行っていたにもかかわらず、e教諭は、控訴人とfの上記の行動に気付かなかったものである。本件事故そのものが発生したのは一瞬のことであったとしても、e教諭が、図工室全体の児童の動静を注視していれば、控訴人とfとが向き合って本件方法による作業を行っていることに気付くことは可能であり、本件方法による作業の中断を指示するか,向き合って作業をしないよう指示することによって本件事故の発生を防ぐことができたと認められる。」

「なお、被控訴人は、e教諭は指導どおりに作業ができないときにはe教諭に声を掛けるよう注意喚起していたから、注意義務違反はない旨主張するが、e教諭の上記注意喚起は作業を円滑に進めるためのものであって、本件方法に伴う事故を防ぐためのものではないから、上記注意喚起をもってe教諭に注意義務違反がなかったとはいえない。

「以上によれば、e教諭は、児童の行動及び立ち位置を監視すべき注意義務に違反したことが認められる。」

3.労働者が受傷した事案ではないが・・・

 本件は学校事故の事案であって、労働者が仕事中に受傷した事案ではありません。

 また、被害者が小学生であること、工具を本来的な用法とは異なる用法で用いたことなど、注意義務を加重されたとしても仕方がない事情もあります。

 それでも、

「e教諭は指導どおりに作業ができないときにはe教諭に声を掛けるよう注意喚起していたから、注意義務違反はない旨主張するが、e教諭の上記注意喚起は作業を円滑に進めるためのものであって、本件方法に伴う事故を防ぐためのものではないから、上記注意喚起をもってe教諭に注意義務違反がなかったとはいえない。」

という部分は、労働事件にも応用可能な判示だと思います。特に、非熟練労働者が危険な作業に従事していた場合や、機械工具類が本来的でない用法で使われている事案において、「声を掛けるよう注意喚起していた」といった反論が出てきた場合に、本件は活用できる可能性があります。