1.職務専念義務
地方公務員法35条は、
「職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。」
と規定しています。
この公務員の職務専念義務は比較的厳格な服務規律で、最高裁は日本電信電話公社法34条2項所定の職務専念義務について、
「公社法三四条二項は『職員は、全力を挙げてその職務の遂行に専念しなければならない』旨を規定しているのであるが、これは職員がその勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い職務にのみ従事しなければならないことを意味するものであり、右規定の違反が成立するためには現実に職務の遂行が阻害されるなど実害の発生を必ずしも要件とするものではないと解すべきである。本件についてこれをみれば、被上告人の勤務時間中における本件プレート着用行為は、前記のように職場の同僚に対する訴えかけという性質をもち、それ自体、公社職員としての職務の遂行に直接関係のない行動を勤務時間中に行つたものであつて、身体活動の面だけからみれば作業の遂行に特段の支障が生じなかつたとしても、精神的活動の面からみれば注意力のすべてが職務の遂行に向けられなかつたものと解されるから、職務上の注意力のすべてを職務遂行のために用い職務にのみ従事すべき義務に違反し、職務に専念すべき局所内の規律秩序を乱すものであつたといわなければならない。」
との解釈を示しています(最三小判昭52.12.13労働判例287-26 目黒電報電話局事件)。
実害が発生していなくても職務専念義務違反になり得ますし、精神的活動の面からみて注意力のすべてが職務遂行のために用いらていなければやはり職務遂行義務違反を構成する可能性があります。
近時の公刊物に、この職務専義務の度合いを若干トーンダウンさせたような裁判例が掲載されていました。京都地判令元.8.8労働判例ジャーナル93-48京都市・京都市長事件です。
2.京都市・京都市長事件
本件で原告になったのは、京都市児童相談所において勤務していた職員の方です。
京都市内の児童養護施設で起きたと疑われる被措置園児虐待の不祥事について、原告は児童相談所が適切な対応をとっていなかったとの認識のもと京都市の公益通報処理窓口に二度に渡り公益通報を行いました。
これに対し、原告が公益通報の前後の時期にしたとされている各行為、
(1)勤務時間中に、上記虐待を受けたとされる児童と■の児童記録データ等を繰り返し閲覧した行為、
(2)上記虐待を受けたとされる児童の■の児童記録データを出力して複数枚複写し、そのうちの1枚を自宅へ持ち出した上に無断で廃棄した行為、
(3)職場の新年会及び組合交渉の場で、上記虐待を受けたとされる児童の個人情報を含む内容を発言した行為
が地方公務員法29条1項各号所定の事由・・・に該当するとして、原告は京都市長からら停職3日の懲戒処分に処せられました。
これに対して懲戒処分の取消を求めて原告が被告(京都市)を訴えたのが本件です。
最場所は次のとおり述べて懲戒処分の取消を認めました。
職務専念義務(上記(1))との関係で意味があるのは、次の判示です。
(裁判所の判断)
「前記1の認定事実・・・のとおり、原告は、平成26年10月1日頃以降、勤務時間中に、職場の業務用パソコンから、児童情報管理システム及びバックアップフォルダにアクセスして、自己の担当児童ではない本件児童及び■の児童記録データ等を繰り返し閲覧するようになり、この閲覧を通じて、■月に本件児童の■から京都市児童相談所に対して本件相談があったことを知り、同児童相談所が本件相談を受けてから約1か月半を経過しても虐待通告として受理していないことを問題視し、■に入所中の本件児童について関心を持つようになり、これ以降も、勤務時間中に、職場の業務用パソコンから、児童情報管理システム等にアクセスして、本件児童及び■の児童記録データ等の閲覧を繰り返し続けたことが認められる(以下「本件行為1」という。)。」
「・・・ところで、京都市児童相談所においては、平成26年当時、支援する児童の情報に関しては、児童情報管理システム及びバックアップフォルダにおいてデータ管理されていたところ、被告において、これらの児童情報管理システム等にアクセスして担当外の児童の情報について閲覧することを禁止することは指導されておらず、これを禁止する根拠規定も存在していなかった・・・。この点について、被告は、担当外の児童の情報を閲覧してはならないことは職員であれば当然であるなどと主張するが、京都市児童相談所においては、過去の児童情報を取得するために児童情報管理システムやバックアップフォルダを利用することが予定され、現にこれらを利用していた職員が原告以外にも存在したことがうかがわれることに加え、担当者しか知り得ないパスワードの設定等の措置も講じられていなかったことからすると、同児童相談所の職員において、児童情報管理システム等を担当外の児童の情報について閲覧することが禁止されていたとは認められず、かえって、これらを閲覧することも許容されていたものと認めるのが相当である。」
「そして、原告が本件行為1に係る閲覧をするきっかけとなったのは、原告が平成26年10月1日に■がd所長らから事情聴取を受けている現場をたまたま目撃し、自己の職務経験に基づき、また■で不祥事が起きたのではないかとの関心を抱いたことによるものであることが認められる・・・。原告が児童情報管理システム等の閲覧を開始した理由が、京都市児童相談所の職員としての職務上の関心に起因したことからすると、原告による児童情報管理システムの閲覧行為は、児童情報管理システム等による担当外の児童の情報の閲覧が禁止されていなかった当時の同児童相談所の体制下においては、必ずしも直ちに非難されるべきものではない。また、原告の上記閲覧行為は、同日頃から長期間にわたるもので、かつ、閲覧頻度も相当程度の回数であったことが認められるものの、これによって、原告の担当児童に関わる業務が疎かになったことはうかがわれず、かえって、原告の平成26年度の人事評価はいずれの評価項目も優良な評価がされていることからすると・・・、原告の上記閲覧行為により、原告の担当業務に支障が生じるなど、京都市児童相談所の公務が害されることがあったとは認められない。」
「この点について、被告は、原告の児童情報管理システム等による児童記録データ等の閲覧は、自己の担当外の児童について、私的な興味に基づいて行われたものであり、職務専念義務違反や勤務態度不良に当たるなどと主張する。確かに、原告は、平成27年11月10日に実施されたf部長からの事情聴取の際に、上記閲覧の理由が「興味半分」であった旨の回答をしているものの・・・、原告が本件児童の児童情報データ等を閲覧するきっかけとなったのは上記の認定、説示のとおり、原告の京都市児童相談所の職員としての職務上の関心に起因したものであり、このような閲覧のきっかけに照らせば、『興味半分』との発言の趣旨は、必ずしも自己の私的な興味を優先して閲覧をしていたことを意味するものではなく、閲覧当初は本件虐待事案が生じていることを認識していなかったことを前提とした上で、自己の職務上の関心に基づき、閲覧を開始したことを述べたものと解するのが相当である。したがって、被告の上記主張は採用できない。」
「以上によれば、本件行為1に関しては、地方公務員法35条の職務専念義務違反や,本件懲戒指針・・・所定の勤務態度不良といった非違行為として評価することはできない。したがって,本件行為1は,地方公務員法29条1項各号のいずれの懲戒事由にも該当しない。」
3.職務専念義務の緩和?
京都市・京都市長事件は実害が生じたか否かを明らかに気にしていますし、「興味半分」と発言したとしても私的な興味を優先させて閲覧を開始する趣旨ではなく自己の職務上の関心に基づく措置であれば問題ないとしています。
しかし、最高裁は実害は要件ではないと言っていますし、職務上の関心に基づいていたとしても自己の担当職務以外の情報にアクセスすることは注意力の全てを職務遂行のために用いていることにはならなそうです。
最高裁の示す職務専念義務違反の判断基準に忠実に従えば、京都市・京都市長事件は職務専念義務違反が認められても不思議ではない事案だったと思います。
しかし、裁判所は職務専念義務違反を認めませんでした。
最高裁の判示は精神活動にまで踏み込むものであるなど、公務員について酷なのではないかとの有力な批判がなされてきました。
本判決は従来厳格に捉えられていた職務専念義務を緩和する動きを示すものとしても位置付けられるのではないかと思います。