弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

有効性に疑義のある訴訟活動-あまりにも古い事実を解雇理由として主張すること

1.古い事実の掘り起こし

 解雇の効力を争う時、使用者側からは、しばしば大量の解雇事由が主張されます。当該従業員にどれだけ問題があったのかを主張・立証するためか、かなり昔の事実まで遡って問題にされることもあります。

 しかし、そうした訴訟活動の有効性は常々疑問に思っています。古い事実は当該従業員を解雇するという意思決定に本質的な影響を与えているとは思われないからです。言ってみれば、解雇事由ではない理由を無理やり解雇事由だと言っているに等しく、こうした主張を裁判所が重視するとは思えません。

 近時の公刊物にも、問題の行為から時間が経過していることを解雇の客観的合理的理由・社会通念上の相当性を否定する要素として指摘した裁判例が掲載されていました。

東京地判平31.4.26労働判例ジャーナル93-42ズツカ事件です。

2.ズツカ事件 

 本件で被告になったのは、日本の雑誌、ファッションショー、テレビCM、広告等において外国人ファッションモデルが必要となったときに、当該モデルの紹介、仲介等を行う株式会社です。

 原告になったのは被告の従業員として勤務していた方です。被告が原告に普通解雇の意思表示をしたところ、原告が解雇の有効性を争い、被告に対して地位確認等を求める訴えを起こしたのが本件です。

 本件で被告は類例に漏れず、たくさんの解雇事由を主張しました。被告からは合計で10の解雇事由が主張されています。

 裁判所はこのうち、解雇事由1(同僚Bが執務用に使用していた机の椅子を蹴り、その上に置かれていたノートパソコン及び電話機を落下させたこと)、解雇事由2(交通反則金の不納付により逮捕されて同日夜まで身体拘束を受けたこと)、解雇事由5(会社の金庫に保管してあった現金80万円を自己の鞄の中に入れて保管していたこと)、解雇事由6(源泉所得税の納付懈怠を起こした事実)、解雇事由7(顧問料の過誤払いをした事実)に相当する事実を認めましたが、次のように述べて、結論として解雇の有効性を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件解雇については、本件解雇事由1、2、5ないし7の存在が認められるところ、このうち、本件解雇事由5ないし7は平成23年から平成26年の出来事であって、本件解雇の意思表示がされるまでの間に2年以上の時間が経過している上、本件解雇事由5ないし7はいずれも経理処理業務に関連する事項であるところ、本件解雇事由5については実害が発生しておらず、本件解雇事由6及び7については一定額の金銭的損失が被告会社に存在するものの、このうち本件解雇事由7にかかる損害は被告会社の判断も相まって生じているものであること、本件解雇事由6については金銭的損害以外に被告会社の業務内容に関する実質的な損害が生じていないこと(被告会社は、準優良法人の格付けを外されたことをことさらに問題視するが、被告会社代表者も供述するとおり、このことが被告会社の主要業務であるモデル派遣等の業務に与える影響は皆無であるか存在するとしても極めて限定的なものと認められるから、この点をことさらに強調することは相当でない。)、本件解雇事由5ないし7が発生した当時、原告Aは被告会社の代表取締役又は取締役の地位にあったところ、原告Aは、本件解雇事由5ないし7が生じたことにより被告会社あるいはCからその責任を問われ、代表取締役又は取締役の地位を辞任する形で責任をとり、かつ、経理業務からは外れていることからすれば、本件解雇事由5ないし7を本件解雇に係る解雇理由とすることは、その合理性に疑義があるものと言わざるを得ない。また、本件解雇事由1は、その行為のみを見れば、暴行罪にも該当し得るものであるからもとより許されるべき行為ではないものの、他方で、上記1の認定事実によれば、原告Aが本件解雇事由1にかかる行為に及んだ背景には、・・・被告会社の株式に関する合意をしていたにもかかわらず、原告Aとの間で真摯な話合い等を行わなかったCや被告会社にも原因の一端があるものと評価できる上、その行為態様は机を蹴るというものにすぎず、直接身体等に対する攻撃を加えるものではないことからすれば、同種行為の中で比較すれば軽微な部類に入るものと評価し得る。また、本件解雇事由2についても、道路交通法規に対する遵法精神に欠ける行為ではあるものの、他方で、原告Aが逮捕による身柄拘束を受けていた時間は1日にも満たず、かつ、そのことによって具体的に被告会社の業務に回復困難な損害を与えたといった事情も認められない。これらの点に加え、上記認定、判断からうかがわれる原告Aの業務遂行状況や被告会社の原告Aに対する指導状況等の諸般の事情を考慮すると、本件解雇事由1及び2の存在をことさらに重く見ることは、社会通念に照らし、適切であるとは評価できない。」
「以上によれば、本件解雇が客観的に合理的な理由があるものと評価することも社会通念上相当であると評価することもできないから、本件解雇は、権利濫用として無効である。」

3.何年も前の事実まで掘り起こさなければならない時点で、既に旗色が悪いのではないだろうか

 何年も前の事実まで掘り起こさなければ解雇事由を構成できない事件は、その時点で既に使用者側から見て負け筋であることを意味しているのではないかと思います。

 それならば、あまり生産的でない粘り方はせず、早期の紛争解決の途を模索した方が当事者双方にとって好ましい解決であるように思われます。

 解雇事件で復職が困難になる背景には、紛争の長期化があると思います。長期間に渡り主張を応酬させることは感情的な溝を大きくしますし、その人が職場にいない状態が長期間続けば復職しようにも居場所がなくなってしまいます。復職を望む労働者にとって紛争の長期化は決して好ましい事態ではありません。

 使用者側にとっても、解雇無効・地位確認が認められてしまったら、働いてもいない従業員に解雇の意思表示をした時にまで遡って賃金を支払う必要が生じます。つまり、紛争の解決期間が長期化すればするほど無駄な出費を強いられることになります。

 使用者側からの大量の解雇事由の主張を見るたび、このような主張・立証の在り方は是正されるべき時に来ているのではないかとの印象を強くしています。