弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

会社に対する労働審判や訴訟で敗訴したことは、解雇理由になるのか?

1.解雇の可否と不当訴訟の要件は一致するのか?

 不法行為を構成するような不当な訴えの提起を「不当訴訟」といいます。

 ただ、訴えの提起が不当訴訟として違法になる場面は、極めて限定的です。

 具体的に言うと、最三小判昭63.1.26民集42-1-1は、不当訴訟の成立要件について、

民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下『権利等』という。)が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。」

と判示しています。

 少し噛み砕いて言うと、

そもそも負けなければ不当訴訟にはならない、

負けたとしても、ただ負けただけでは不当訴訟にはならない、

不当訴訟になるには、請求が事実的、法律的根拠を欠いていただけではなく、そのことを知ったうえで、あるいは、容易に知り得たのに敢えて提起したといった例外体な事情が必要である、

ということです。

 では、この不当訴訟の成立要件と、労働審判の申立てや訴えの提起が解雇理由になるのかの判断は、一致するのでしょうか?

 会社は違法行為がなければ労働者を解雇できないというわけではありません。例えば、職務怠慢や能力不足は法に触れるわけではありませんが、こうしたことも会社が解雇権を行使する理由にはなり得ます。

 そうであれば、労働審判の申立てや訴訟提起が不当訴訟としての要件を満たさなかったとしても、法的措置をとって負けた場合、信頼関係の毀損を理由に解雇される可能性があるのではないかという疑問が生じます。

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる判断を示した裁判例が掲載されていました。東京地判令4.11.22労働判例ジャーナル136-46 一般財団法人あんしん財団事件です。

2.一般財団法人あんしん財団事件

 本件で被告になったのは、厚生労働省から特定保険業の認可を受けている一般財団法人です。

 原告になったのは、被告の事務職として勤務していた方2名です(原告P1、原告P2)。事務職から営業職への職種転換を伴う配転命令のほか、数度の配転命令を経た後、解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の論点は多岐に渡りますが、その中の一つに、平成27年に行われた転勤内示(平成27年転勤内示)の違法性を主張して裁判を提起したこと(対峙行動)がP1を解雇(本件解雇1)する理由になるのかという問題がありました。

 この問題について、裁判所は次のとおり判示し、訴えの提起等が解雇事由に該当し得るのは、不当訴訟が成立するような場合に限られると判示しました。なお、結論としても、P1の地位確認請求等は認容されています。

(裁判所の判断)

「被告は、上記の各転勤拒否のほかに、原告P1が、詐病の疑いのある適応障害の診断書を提出して平成27年転勤内示に係る転勤を拒否したのみならず、P5部長らと共謀して、他の女性職員に対し、転勤を拒否する行動をとるよう唆すメールを送付した上、平成27年転勤内示は違法であると主張して理由のない裁判を提起したなどとして、これらが上記・・・の各解雇事由に該当するとも主張するようである。」

「しかしながら、前記認定事実・・・のとおり、平成27年転勤命令は、平成27年7月24日、被告により、原告P1の私傷病による就労不能を理由として、撤回されている上、原告P1がP9医師から診断を受けた適応障害が詐病であることを認めるに足りる証拠はないことにも照らせば、原告P1が適応障害を理由に上記転勤を拒否したことをもって,解雇事由に該当するといえないことは明らかである。」

「また、原告P1が、原告P1と同様に遠隔地への転勤の内示を受けた女性職員に対し、心療内科を受診して診断書を取得し、休職することを勧めるかのような内容のメールを送信するなどしたことは前記認定事実・・・のとおりであり、これらは職員の服務規律上、不適切な行為といわざるを得ないものの、上記の行為は、本件解雇1から4年以上も前のものであり、原告P1がその後も同種の行為を繰り返したことはうかがわれず、むしろ、本件復職1後は、上記認定説示のとおり、被告の指示に従っておおむね誠実に業務遂行していたことなどにも鑑みると、少なくとも、本件解雇1の時点で直ちに労使関係を解消させなければならない重大な事由であるとはいえない。」

「さらに、原告P1が、P5部長らとともに、平成25年職種転換命令、平成27年転勤命令等が違法であるなどと主張して別件訴訟に係る労働審判を申し立て、訴訟移行後、最終的に、敗訴の確定判決を受けたことは前記認定事実・・・のとおりであるけれども、法的紛争の当事者が紛争の解決を求めて訴えの提起又は労働審判の申立て(以下『訴えの提起等』という。)をすることは、原則として正当な行為であり、訴えの提起等が解雇事由に該当し得るのは、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。そして、前記認定事実・・・のとおり、別件訴訟の一審判決においては、平成27年転勤命令が違法であるなどとして原告P1の請求が一部認容されていることに照らせば、原告P1が、その主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠いていることを知りながら、あるいは通常人であれば容易にそのことを知り得たのに、あえて訴えの提起等をしたものでないことは明らかであり、原告P1の訴えの提起等が、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものであったなどということはできない。」

「以上によれば、平成27年転勤内示を受けた際の原告P1の行動をもって、就業規則所定の上記解雇事由に該当するということはできない。」

3.労働審判申立、訴訟提起は基本的に解雇理由にならない

 以上のとおり、裁判所は、訴えの提起等が解雇理由になる範囲を不当訴訟の成立要件と結びつける判断を示しました。

 在職中に法的措置をとると、信頼関係を毀損したなどと言われ、会社から解雇されたり雇止めを受けたりすることがあります(流石に露骨すぎるのか、訴え提起等をしたこと単体で解雇されたり雇止めを受けたりすることは稀ですが、他の問題行動と併せて主張されることはままあります)。そうした場合に活用できる裁判例として、実務上参考になります。