弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

時季変更権を合理的期間内、かつ、労働者が時季指定した日の相当期間前に行使する義務が認められた例

1.有給休暇の時季変更権

 労働基準法35条5項は、

「使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。」

と規定しています。

 この条文の但書以下に規定されている「事業の正常な運営を妨げる場合」における有給休暇の時季を変更する使用者の権利を、一般に時季変更権といいます。

 時季変更権をいつまでに行使しなければならないかに関して、明文の規定はありません。しかし、時季指定を受けてから、合理的期間内に判断をしなければならないとされてはいます。

 例えば、福岡高判平12.3.29労働判例787-47 西日本鉄道(小倉自動車営業所)事件は、

一般に、年休に対する時季変更権の行使は、労働者による時季指定を受けた後、労基法三九条四項ただし書の請求された時季に有給休暇を与えることが『事業の正常な運営を妨げる場合』の要件の存否を判断するのに合理的な期間内に行使しなけれぱならないものと解される。そして、年休は、本件のような冠婚葬祭のほか、宿泊や交痛機関の予約等を伴う家族旅行等に利用されることも多いのであるから、本件のように時季変更権を三日前に行使することは、右要件の存否の判断上、やむを得ない特段の事情が認められない限り、同条が労働者に年休を保障した趣旨を没却するものであって、許されないものと解さざるを得ない。」

と判示しています。

 また、広島高判平17.2.16労働判例913-59 広島県ほか(教員・時季変更)事件は、

「特に、時季変更権の行使は適切な時期に遅滞なくされるべきであり、承認等によって労働者に休暇取得の期待を生じさせているような場合には、その期待を保護する必要がある。この意味で、時季変更権の行使に必要な合理的期間を徒過した不適切な時期における時季変更権の行使ないし一旦与えた承認の撤回は、労基法39条4項ただし書に該当する事由が客観的に認められる場合であっても、権利の濫用ないし信義則上許されないものとして違法、無効と解すべきである。

と判示しています。

 このように、時季変更権の行使時期を問題にする裁判例は従前からありはするのですが、近時公刊された判例集にも、目を引く判断を示した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令5.3.27労働経済判例速報2517-3 東海旅客鉄道事件です。何が目を引くのかというと、合理的期間内に加え、「労働者が時季指定した日の相当期間前に行使」しなければならないと判示されていることです。

2.東海旅客鉄道事件

 本件で被告になったのは、日本国有鉄道から東海道新幹線及び東海地方の在来線に係る事業等を承継して設立された株式会社です。

 原告になったのは、東海道新幹線の運転士として就労している方です。有給休暇の申請に対し、時季変更権を行使されて就労を命じられたことを受け、時季変更権行使が違法であることを主張し、慰謝料等を請求したのが本件です。

 本件の争点は多岐に渡りますが、被告による時季変更権の行使が不当に遅延してなされたものか否かという争点との関係で、裁判所は、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「労基法が措定する年次有給休暇制度の趣旨及びその重要性並びに年休の時季指定をした労働者の休暇取得に対する合理的な期待の内容等を踏まえると、労働者が年休の時季指定をした場合、使用者において『請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合』に時季変更権を行使して他の時季に年休を付与できるものとされ(労基法39条5項ただし書)、その際、時季変更権の行使時期について労基法その他の関係法令に特段の規定が置かれていないことを考慮しても、使用者が事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を超え、指定された時季の直近まで時季変更権の行使を行わないなどといった事情がある場合には、使用者による時季変更権の行使が労働者の円滑な年休取得を合理的な理由なく妨げるものとして権利濫用により無効になる余地があるものと解されるから、翻って、使用者は、労働者に対し、時季変更権を行使するに当たり、労働契約に付随する義務(債務)として、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間内に、かつ、遅くとも労働者が時季指定した日の相当期間前までにこれを行使するなど労働者の円滑な年休取得を著しく妨げることのないように配慮すべき義務(債務)を負っているものと認められる。そして、前示の事理に照らせば、使用者が上記の債務を履行したか否かの判断は、当該時期に時季変更権を行使するに至ったことにやむを得ない客観的・合理的な理由が存せず、社会通念上相当でないものとして権利の濫用となるか否かという判断と軌を一にするものと解され、具体的には、労働者の担当業務、能力、経験及び職位等並びに使用者の規模、業種、業態、代替要員の確保可能性、使用者における時季変更権行使の実情及びその要否といった時季変更権の行使に至るまでの諸般の事情を総合考慮して判断するのが相当である。」

3.問題になるのは3日前に限られない

 過去の裁判例では、福岡高判平12.3.29労働判例787-47 西日本鉄道(小倉自動車営業所)事件のように、3日前に時季変更権を行使することは特段の事情がない限り許されないと判断された例はありました。

 今回の裁判例は、これを一歩推し進め「労働者が時季指定した日の相当期間前に行使するなど」しなければならないと、より一般的・抽象的なレベルにまで義務の内容を引き上げました。

 金額規模が小さいので有給に関する紛争は単体では事件になりにくいのですが、解雇の効力をあらそうついでや、残業代を請求するついでなど、付随的な問題として扱ってゆくことは実務上も少なくありません。その意味で、裁判所の上記規範は覚えておいて損のない判示だと思います。