弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

常時、代替要員の確保が困難な状況にある場合には、有給休暇の時季変更権の行使が許されないとされた例

1.有給休暇の時季変更権

 労働基準法35条5項は、

「使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。

と規定しています。

 この条文の但書以下に規定されている「事業の正常な運営を妨げる場合」における有給休暇の時季を変更する使用者の権利を、一般に時季変更権といいます。

 時季変更権の行使について、最三小判昭62.9.22労働判例503-6 横手統制電話中継所事件は、

「使用者としての通常の配慮をすれば、代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能であると認められるにもかかわらず、使用者がそのための配慮をしなかった結果、代替勤務者が配置されなかったときは、必要配置人員を欠くことをもって事業の正常な運営を妨げる場合に当たるということはできない」

との理解を示しています。つまり、代替要員を確保できるのに、代替要員を確保するための配慮をしなかった場合、有給休暇の取得を認めることにより必要配置人員が欠けるとしても、「事業の正常な運営を妨げる」ことを理由に時季変更権を行使することはできないという意味です。

 それでは、人員不足により、代替要員を確保できない場合は、どのように理解されるのでしょうか?

 代替要員を確保できない以上、時季変更権は認められると判断されるのでしょうか?

 それとも、代替要員を確保できないのは使用者側の責任であるとして、時季変更権を行使する理由にはならないと判断されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令5.3.27労働経済判例速報2517-3 東海旅客鉄道事件です。

2.東海旅客鉄道事件

 本件で被告になったのは、日本国有鉄道から東海道新幹線及び東海地方の在来線に係る事業等を承継して設立された株式会社です。

 原告になったのは、東海道新幹線の運転士として就労している方です。有給休暇の申請に対し、時季変更権を行使されて就労を命じられたことを受け、時季変更権行使が違法であることを主張し、慰謝料等を請求したのが本件です。

 本件の争点は多岐に渡りますが、恒常的な要員不足下における時季変更権の行使に関する使用者の債務について、裁判所は、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

労基法39条5項が年休の時季の決定を第一次的に労働者の意思にかからしめていること、同規定の文理に照らせば、使用者による時季変更権の行使は、他の時季に年休を与える可能性が存在していることが前提となっているものと解されることに照らせば、使用者が恒常的な要員不足状態に陥っており、常時、代替要員の確保が困難な状況にある場合には、たとえ労働者が年休を取得することにより事業の運営に支障が生じるとしても、それは労基法39条5項ただし書にいう『事業の正常な運営を妨げる場合』に当たらず、そのような使用者による時季変更権の行使は許されないものと解するのが相当である。そうすると、使用者である被告は、労働者である原告らとの関係でも、労働契約に付随する義務(債務)として、年休の時季指定をした乗務員に対して時季変更権を行使するに当たり、恒常的な要員不足の状態にあり、常時、代替要員の確保が困難である場合には、そのまま時季変更権を行使することを控える義務(債務)を負っているものと解するのが相当である。」

3.慢性的な人手不足から有給がとれない会社は多い

 人手不足を人材採用ではなく残業で賄っている会社は少なくありません。

 こうした会社では慢性的に人が足りないため、代替要員が確保できず、有給休暇が極めて取りづらい雰囲気が醸し出されています。

 このような場合に「人手が不足しており、正常な事業の運営に支障が生じるから、有給休暇を(その日に)取得することは認められない」という論法で有給休暇の取得を妨げることを阻止した点に本裁判例の意義があります。