弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

業務の拒否が解雇理由にならないとされた例

1.業務命令違反・業務拒否

 解雇理由には様々な類型がありますが、解雇に関する相談を受けていて「危ないな」と思う類型の一つに業務拒否があります。

 なぜ危ないのかというと、解雇の効力を判断して行くにあたっては、「改善の可能性」という概念が重要になるからです。新卒・中途の別で濃淡に差はありますが、指導や注意によって容易に改まる類の非違行為は、労働契約を解消しなければならないほど重大な事由になるとは認められにくい傾向にあります。

 業務拒否がなぜ危ないのかというと、労務提供が労働契約上の本質的な義務であることに加え、「改善の可能性がない」と判断され易い傾向にあるからです。過失による怠慢であればともかく、故意的な業務拒否は、指導・注意しても無駄だから、労働契約の解消を許容するよりほかないという理屈です。

 しかし、近時公刊された判例集に、業務拒否を理由とする解雇を不相当だと判示した裁判例が掲載されていました。東京地判令4.3.30労働判例ジャーナル128-26 Sparkle事件です。

2.Sparkle事件

 本件で被告になったのは、化粧品や健康食品等の輸入販売等を営む株式会社です。

 原告になったのは、平成30年12月3日に被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結し、経理業務を行っていた方です。令和元年7月31日、被告から解雇するとの意思表示をされたことを受け、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 被告は複数の解雇理由を主張しましたが、その中の一つに、職務怠慢・業務命令違反がありました。上長からの指示に従わず、指示された業務を拒否したというのが、その骨子です。

 この解雇理由について、裁判所は、次のとおり述べて、解雇理由としての相当性を否定しました。なお、結論としても地位確認請求は認められています。

(裁判所の判断)

「被告は、原告が平成31年3月頃から上司の指示に従わず、上司に対し、悪態をつくようになったことは、職務の放棄、業務命令の不遵守であり、解雇理由に該当する旨主張する。」

「認定事実によれば、原告は、平成31年3月頃、P4ないしP5から、被告のカスタマーサポート部門が担当していた被告顧客の銀行口座情報の確認・登録業務を行うよう依頼されたにもかかわらず、これを拒否したことが認められる。しかし、他方で、原告は、当該業務につき、顧客から原告が把握していない紹介料に係る報酬体系や被告商品の内容について聞かれた際に回答できないことなどから当該業務を担当することを拒否したことが認められるところ、原告が合理的な理由もなく業務を拒否したものとは認められない。また、上記出来事は、原告が入社してから約3か月が経過した頃の出来事であるところ、当該業務を指示したP4ないしP5が当該業務の具体的なやり方や必要な知識等について原告に説明したことを認めるに足りる的確な証拠はない。以上によれば、原告による上記業務の拒否は、解雇事由である被告雇用方針10条a項の『職務明細書に定められた職務、あるいはマネージメントから指示された任務を怠った場合』に該当はするものの、原告による業務拒否の理由や業務拒否に至った経緯、その時期等を考慮すると、原告の職務懈怠の程度は重大であるとはいえない。

「また、認定事実によれば、原告は、令和元年6月14日頃、P3に相談した上で、本件会社に対する同年5月分の商品仕入代金の支払の一部を保留としたものの、その後、P3が会計事務所や被告上層部に相談した結果、同支払の請求から約1週間後には保留としていた支払について全て支払ったことが認められる。このように、原告は、独断で上記支払を止めたのではなく、原告の上司にあたるP3に相談した上で支払を止めたこと、相談を受けたP3も、会計事務所に相談した結果、被告の会計上の処理において問題が生じる可能性があると考え、その旨P5等に相談しており、原告が合理的な理由なく、上記支払を止めたとまでは認められないことからすれば、上記原告の行為は、職務の放棄ないし業務命令の不遵守であるとはいえず、被告が主張する解雇理由に該当するとはいえない。なお、仮に、上記原告の行為が解雇理由に該当するとしても、原告が支払を一部保留とした経緯ないし理由、原告の行為により被告に具体的な損害が発生したとまでは認められないことに照らせば、その職務懈怠の程度は軽微なものであるといえる。」

「被告は、原告は、P4及びP3に対し悪態をついたり、P4からタイムカードを渡すよう求められたにもかかわらずこれを拒否したり、旅費精算に係る業務を拒否したりしたと主張するが、原告はこれらの事実を否認しており、当該事実を認めるに足りる的確な証拠はない。」

「また、被告は、原告は上司であるP4やP3の指示に従わず、自らが正しいと考える経理処理を行うのでなければ業務を行えないなどと主張していた旨主張する。確かに、認定事実のとおり、原告とP4の関係は、平成30年2月頃から悪化しており、必ずしも原告がP4の業務に関する指示に従っていたとはいえないことは窺われる。しかし、認定事実及び証拠・・・によれば、原告とP3の関係は良好であり、原告がP3の業務指示に従わなかったことを認めるに足りる的確な証拠はない。また、P3は、原告とのラインのやり取りの中で、P4が情報をゆがめて被告代表者社長に伝えていたことが分かった、P4は人間ではないなどと記載したメッセージを送信していること・・・、P4の業務方針について問題がある旨記載された本件文書を原告と一緒に作成し、被告代表者社長との面談において同人に見せていること・・・からすれば、原告だけでなくP3も、P4の業務に関する言動について多少なりとも疑問を抱いていたものと認められる。さらに、認定事実及び証拠・・・によれば、P4は、被告経理部での原告の言動等について被告代表者社長に報告していた旨供述しているところ・・・、被告代表者社長は、経理部内部の問題につき、P4を経理部から外すことで経理部が機能すると考え、そのような方法で問題の解決を図ろうと考えていたこと・・・、また、被告代表者社長は、令和元年7月9日の会議において、原告に対し、繰り返し、P4はこれまでのことを反省した上でやり直したいと発言した旨伝えていることが認められる。そうすると、被告代表者社長は、P4による原告の言動等に関する報告内容を踏まえた上で、原告のみに問題があるというよりは、むしろP4と原告の関係が悪いことから経理部において問題が生じていると考え、P4を経理部から外すこととしたものといえる。以上の事実によれば、仮に原告がP4の業務に関する指示に従っていなかったとしても、そのことから直ちに原告のみに問題があったと認めることは困難であるし、本件解雇が相当であったということはできない。

「以上によれば、原告による職務懈怠ないし業務の拒否は、本件解雇の解雇理由に該当はするものの、これをもって直ちに本件解雇が相当であったということはできない。

3.理由や経緯によっては争える

 業務拒否を理由とする解雇であったとしても、理由や経緯によっては争える可能性があります。

 本件は業務拒否を理由とする解雇の勝訴パターンとして参考になります。