1.新人指導に向かない先輩「〇〇に向いていない」
新人時代、上司や先輩から「お前は、〇〇(教師・弁護士・営業等)に向いていない。」という叱責を受けた人は少なくないと思います。
何一つ具体的な課題の解決に結びつかないうえ、経験不足から先輩の言葉を真に受けがちな新人の心を大きく傷つける言葉であり、こうした言動をとる人こそ、新人の指導には向いていないように思います。
一昔前ならともかく、こうした新人指導に向かない人材は、できるだけ新人から隔離するのが正解です。新人がメンタルヘルスを損なうようなことがあれば、組織として責任を問われることになるからです。近時公刊された判例集にも、職業人として生きて行く自信を喪失させるような先輩から新人を引き離すべき注意義務の存在を認めた裁判例が掲載されていました。仙台地判令2.7.1労働判例ジャーナル105-40 北海道事件です。
2.北海道事件
本件は北海道の公立高校の自殺した教諭(亡e)の両親が、自殺の原因は先輩教諭からのパワー・ハラスメントにあるとして、北海道を相手取って国家賠償を請求した事件です。
亡eに心理的負荷を与えたと思われる言動は幾つかありますが、一例を挙げると、次のような事実が認定されています。
「g教諭は、平成27年6月23日、亡eに対し、亡eの生徒への関与姿勢について、約36分間にわたり、『生徒の方見てるっつうのは答えひとつだべや。関わっていくしかねーべや、お前向いてねーって。うそつけって。おまえ向いてねえから答えでねえんだよ。』、『行動しろよって言われて怒られてんのに行動しないっていう選択をするの?』などと言って注意した。また、g教諭は、上記注意の際、亡eに対し、『そのスタンスを否定するわけじゃないから。』と話す一方、『何もしないことを怒られているのに、何もしないことを取るのか。』と言い、亡eの生徒に関する関与姿勢を変えるように執拗に促した。g教諭による上記注意の中には、教育の根本たる亡eの生徒への関与姿勢そのものを否定するなど、亡eの生徒指導の姿勢ないし言動を批判する言葉が多数含まれており、亡eは、従来からのg教諭による度重なる注意とあいまって、教師として生きてゆく自信を喪失した。・・・」
「そのため、亡eは、同月24日、自殺を図ろうとして稚内市内のホームセンターにおいて練炭を購入するとともに、同日、自宅において、ベルトで自分の首を絞めて自殺を図ったが、痛くなり、これを中止した・・・。」
「なお、亡eは、g教諭との上記やりとりを録音していたため、平成27年6月23日の上記注意は、亡eが自殺した後に初めて発覚した。」
こうした事実関係が積み重ねられていたことから、本件の原告らは、
「被告の設置する稚内高校の管理職員であり、公共団体である被告の公権力の行使に当たる公務員であるh校長らは、稚内高校定時制課程の教諭を管理するに当たり、勤務する教諭間の力関係によって仕事の配分が決定されて偏りが生じたり、若年教諭に対するアドバイスの域を超えた詰問や叱責により、若年教諭が心理的打撃を受けて心身の健康を害し、労働の提供が困難になり、あるいは、不可能になるような事態が発生することがないよう配慮するとともに、そのような状態が発生した場合には、速やかに改善して労働環境を整備する義務を負っていた。それにもかかわらず、h校長らは、業務の過重化及びg教諭による叱責を防止するための具体的措置を講じず、被告は安全配慮義務に違反した。」
と主張しました。
これに対し、裁判所は、次のとおり判示したうえ、h校長の安全配慮義務違反を認めました。
(裁判所の判断)
「i教頭は、亡eから、g教諭から注意を受けることにつき度々相談を受けていたところ、平成27年6月26日には、亡eから、教師として生きてゆく自信を喪失させるような注意をg教諭から受けたことについて相談を受けた上、心療内科を受診する旨告げられ、同月29日には、亡eが、心療内科においてうつ状態であると診断された旨報告を受けたのであるから、i教頭から上記報告を伝えられたh校長を含め、g教諭による注意を原因として亡eがうつ状態となっている事実を現に認識していたものと認めるのが相当である。そして、一般的に、うつ状態の患者には自殺念慮がみられるところであるから、亡eについてそのほかに自殺の兆候が見られなかったとしても、g教諭の注意により亡eが教師として生きてゆく自信を喪失して悩んでいた従前からの相談内容を踏まえると、g教諭が亡eに対する注意を再び行った場合には、未だ勤務経験2年余りにすぎない亡eが教師として生きてゆく自信を再び喪失させるなどして亡eがうつ状態を更に悪化させ、亡eに対し自殺を動機付けるなど亡eの生命又は心身の健康を損なうことになることは、h校長らにとって予見可能であったものと認めるのが相当である。
そうすると、被告に代わって亡eに対し業務上の指揮監督を行う権限を有するh校長らは、少なくとも、亡eがうつ状態であると診断された旨報告を受けた平成27年6月29日以降は、同校の教諭に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して亡eの心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負っていたものと解するのが相当である。」
「したがって、h校長らは、上記注意義務の内容に従って、g教諭に対し、亡eのうつ状態の原因が教師として生きてゆく自信を喪失させるようなg教諭の度重なる注意にあることを自覚させ、未だ勤務経験2年余りにすぎない亡eが教師として生きてゆく自信を喪失させないように、亡eにこれ以上の注意をしないよう自制を促すとともに、亡eの意向を聴取するなどして亡eの精神状態に配慮した上で亡eの意向に反しない限度で、g教諭が業務において亡eに接触する機会を減らす措置を講じる義務を負っていたというべきである。」
(中略)
「 h校長らは、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して亡eの心身の健康を損なうことがないように、g教諭に対し、亡eのうつ状態の原因が教師として生きてゆく自信を喪失させるようなg教諭の度重なる注意にあることを自覚させ、未だ勤務経験2年余りにすぎない亡eが教師として生きてゆく自信を喪失させないように、亡eにこれ以上の注意をしないよう自制を促すともに、亡eの意向を聴取するなどして亡eの精神状態に配慮した上で、亡eの意向に反しない限度で、g教諭が業務において亡eに接触する機会を減らす措置を講じる義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったものというべきである。」
「したがって、h校長らは、亡eの心理的負荷等が過度に蓄積してその心身の健康を損なうことがないよう注意する義務に違反したものと認めるのが相当である。」
3.課題の解決に役立たない先輩からの暴言は上長に相談を
冒頭に述べたとおり、新人の方は経験が不足しているため、先輩からの言葉を真に受けがちな傾向があるように思われます。
しかし、他人が他人の職業適性を正確に評価することは土台無理な話です。同じ職業でも、数年も経てば、必要な能力が変わってくることも珍しくありません。向いているか向いていないかは、何年もその仕事に取り組んでみて初めて朧気に自覚できるものでしかありません。
向いていようがいまいが新人としては目の前の課題に立ち向かうしかないのですから、課題の解決に役立つことを言えず、圧をかけることしかできない先輩を指導担当にされた時には、できるだけ速やかに上長に指導担当の変更を申し出ることが推奨されます。新人を壊す従業員は組織にとってリスク要因になる時代なので、法令遵守に鋭敏な職場であれば、適切な対応をしてくれると思います。
また、メンタルヘルスを損なったり自殺したりするよりは遥かにましなので、自分で言い出せない場合や、組織が適切な対応をしてくれない場合には、多少大げさに見えても、選択肢の一つとして、弁護士に職場との交渉を委ねることも検討してみて良いのではないかと思います。