弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

変な髪型にされない権利-中学校教諭が生徒の髪を切ったことに違法性が認められた例

1.素人によるヘアカット

 子どもの頃、親や学校の教師から髪を切られて不本意な思いをした方は、少なくないのではないかと思います。

 素人が切るのであるから、当たり前のことです。理容師は理容師法で、美容師は美容師法で、それぞれ国家資格として位置付けられています。素人でもきちんと切れるのであれば、国家資格による規制は必要ありません。

 それでは、学校の教師から髪を切られ、変な髪型いされてしまった場合、慰謝料を請求することはできるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。甲府地判令3.11.30労働判例ジャーナル121-30 山梨市事件です。

2.山梨市事件

 本件で被告になったのは、原告が通っていた中学校(本件中学校)を設置する地方公共団体です。

 原告になったのは、本件中学校に在学していた方です。同級生からいじめられていることを認識していたにもかかわらず適切な対応がとられなかったこと、体臭に問題があるとして衛生指導を受けたこと、教員によって髪を切られたことが、それぞれ違法であるとして、慰謝料等の支払いを求めて国家賠償請求訴訟を提起したのが本件です。

 いじめへの対応、体臭の件では違法性が否定されましたが、教員によって髪を切られたことに関しては、次の事実認定のもと、これを違法だと判示しました。結論としても、慰謝料10万円と弁護士費用1万円の合計11万円の限度で原告の請求を一部認容しています。

(裁判所の認定した事実)

「原告は、本件衛生指導の翌日の平成28年6月7日夜、寝ている原告母を起こし、髪を肩くらいまで切ってほしい旨を伝え、原告母に髪を切ってもらった。背中の真ん中くらいまであった原告の髪は、原告母が髪を切ったことにより、肩にかからないくらいの長さになったが、原告母は、原告の前髪を切っておらず、原告の前髪は目に掛かっている状態であった。また、原告母が髪を切った後に洗髪すると、原告の髪は毛先がはね出してくるなど整っていない状態であった。そのため、原告母は、原告に対し、前髪及びはね出してくる毛先は翌朝整える旨を伝えた。・・・」

「原告は、平成28年6月8日朝、時間がなかったため原告母に前髪及びはね出してくる毛先を切ってもらうことなく、本件中学校へ登校し、同日行われた東山梨中学校総合体育大会(以下『総体』という。)に出場する生徒の見送りのために正面玄関前にいたE教諭に対し、原告母に髪を切ってもらったことや、原告母から続きをE教諭に整えてもらうよう言われたことを伝え、総体の救護役員として出掛けようとしていたG教諭に対しても、同様のことを伝えた。」

原告は、吹奏楽部の部活動を行った後、下校までの間自習をしていた同日午後3時頃、E教諭から、髪を整えるか尋ねられ『はい』と答えた。E教諭は、本件中学校2階の多目的室前の廊下に原告を案内し、原告に椅子を持ってこさせてその椅子に座らせ、底に穴をあけたポリ袋を頭から原告に被せ、鏡のない場所で、霧吹き、くし及び工作用のはさみを用いて原告の前髪及び毛先が飛出している部分を切った。E教諭は、下校のスクールバスの発車時刻前、原告の髪を切り終え片付けを始めた。」

「そうしたところ、総体から戻り別件でE教諭を探していたG教諭は、原告がにこにこしながらE教諭に髪を切ってもらっているのを見付けた。G教諭は、E教諭が学校で生徒の髪を切っていることに驚いたが、原告母に連絡した上でやっているのであろうと考え、原告に対し、左右の長さが整っていない部分があるのでもう少し切ったらどうかと言った。E教諭は、原告に聞いた上で、更に原告の髪を切った。G教諭は、E教諭が原告の髪を切っている間、スマートフォンのインカメラ機能で原告に髪の状態を見せ、E教諭に対し、『カリスマ美容師みたいですね』と言った。原告は、本件ヘアカット行為の間、笑顔を見せており、髪を切ることを拒絶するような言動をすることはなかった。また、本件中学校の数人の生徒が本件ヘアカット行為を見た。」

原告は、本件ヘアカット行為が終わった後スクールバスで帰宅したが、その際、先輩に『変ですか。』と尋ねると『うーん。』と言われ、同級生から『キモい』などと言われ、自宅近くの建物の鏡に映った自身の姿を見てショックを受けた。・・・

「原告母は、平成28年6月8日、帰宅した原告が『学校でE教諭に髪を切られた』『泣きたい』などと言ったので、F教諭に電話し、E教諭と原告が仲の良いことは知っているので、いじめるつもりで髪を切ったとは思っていないが、連絡はしてほしかったと伝えた・・・。E教諭は、原告母に電話し、原告母に連絡しなかったことを詫びた・・・。」

「原告は、平成28年6月9日、本件中学校を欠席し、同月10日、登校してE教諭の顔を見たところ気分が悪くなり、美術室で休み、連絡を受けた原告母が、昼頃迎えに行った・・・。」

「原告の中学2年時の出席状況は、授業日数179日のところ、出席日数は58日であった・・・。原告の中学3年時の出席状況は、授業日数198日のところ、出席日数は63日であり、うち32日が保健室への短時間の登校であり、うち17日は被告の〇〇での学習であった・・・。」

(裁判所の判断)

「E教諭は、原告母が原告の髪を切った翌日の平成28年6月8日朝、原告母に前髪及びはね出してくる毛先を切ってもらうことなく本件中学校に登校した原告から、原告母から続きをE教諭に整えてもらうよう言われたと伝えられたことを契機として、原告の同意を得ながら本件ヘアカット行為を行ったと認められる。」

「しかし、女子中学生にとって、髪の毛をどのように切るかは容姿や個性にも関わる重大な関心事であり、また、一旦切った髪の毛はすぐには元に戻らないという意味で不可逆性を伴うことなどからしても、理美容師でもない教諭が、中学校で生徒の髪の毛を切ること自体、教育の過程においておよそ想定されていない行為である。

加えて、上記認定事実・・・のとおり、E教諭が行った本件ヘアカット行為の態様は、他の生徒に見られる可能性のある廊下で、底に穴をあけたポリ袋を頭から原告に被せるという、他の生徒に見られることにより自尊心が傷つけられる可能性のある方法によるものであって、鏡もない場所で工作用のはさみを用いて行われた本件ヘアカット行為は、その態様や方法において不適切であったといわざるを得ない。

「また、原告が、原告母から続きをE教諭に整えてもらうよう言われたと述べていたことや、E教諭が、原告の前髪及び毛先が飛び出している部分を切ったにすぎないことを踏まえても、原告は、本件ヘアカット行為当時14歳の中学生であり、一般的に教師に逆らえない立場にある上、発達特性やその場の空気を読んで行動してしまう側面等に起因して正確に意思を伝えられていない可能性があることをも考慮すれば、E教諭には、保護者である原告母に髪を切ることの当否を事前に確認する必要があったものと認められる。そして、本件ヘアカット行為に当たって連絡を受けることによって、原告母が本件ヘアカット行為の当否等の検討をする機会が与えられる利益は、本件ヘアカット行為の当事者である原告にとっても法的利益であるというべきである。

「以上によれば、E教諭は、本件ヘアカット行為に先立ち保護者に原告の髪を切ることの当否を確認する義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったというべきであり、髪を切る方法や態様も適切であったとはいえず、原告に対して負う職務上の法的義務に違反したものと認められる。」

3.迎合的な態度が重視されていない点も重要

 上述のとおり、裁判所は、学校教諭が髪を切ったことについて違法性を認めました。

 被侵害利益としてヘアカットの当否を検討する機会が認められたことも重要ですが、児童の迎合的な態度が違法性を認定する妨げになっていないことも重要です。ここで示された経験則は、生徒対学校の訴訟に広く応用できる可能性があります。迎合を重視しない経験則はセクシュアルハラスメントに関する事案などで発展してきたものですが、この経験則がどこまで広がりを見せるのか、今後の裁判例の動向が注目されます。