弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

精神的に辛い状態を職場に打ち明けることの意義

1.精神的に辛い

 精神的な不調を抱えていても、その後のキャリアに響くことを考えて、職場に伝えることを躊躇する方は少なくありません。

 確かに、精神的な不調を訴えると、業務負荷を軽減するという名目で、重要な仕事から外されてしまう可能性があることは否定できません。

 それでも、個人的には、きちんと職場に相談しておいた方がいいと思います。

 その理由としては、

精神的な不調を軽視したまま働くと、重篤な精神障害(精神疾患)を発症したり、深刻な場合には死亡(自殺)に至ったりするなど、取返しのつかない事態になりかねないこと、

職場にきちんと相談していれば、その後、深刻な被害が生じたとしても、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求を行うなど、被害の填補に向けた法的措置を取りやすくなること、

などを挙げることができます。

 後者の法的措置との関係ですが、これは損害賠償請求に限ったことではありません。労災認定との関係でも意味を持ちます。怪我や病気の業務起因性を判断するにあたっては、予見可能性という概念が重要な役割を果たすからです。

 近時公刊された判例集にも、職場に精神的不調を伝えていたことが、心理的負荷の強弱を判断するうえでの考慮要素として指摘された裁判例が掲載されていました。大分地判令4.4.21労働判例ジャーナル127-52 国・大分労基署長事件です。

2.国・大分労基署長事件

 本件で原告になったのは、自動車の販売や損害保険代理店業務等を目的とする株式会社で、マネージャーとして各拠点に対する自動車保険等の管理、促進及び指導等の業務に従事していた方です。上司らによる勤務中のパワーハラスメント等により強い心理的負荷を受けて精神障害(当時の診断名:鬱病)を発症したとして療養補償給付の支給を申請しました。しかし、労働基準監督署長は、精神障害と業務による精神的負荷との間に相当因果関係が認められないとして不支給決定を行いました。これに対し、審査請求を行い、棄却決定の後に不支給決定の取消訴訟を提起したのが本件です。

 本件では幾つかの心理的負荷要因が主張されましたが、その中の一つに、ガイドラインの策定に関する出来事がありました。ここで言うガイドラインとは、

「本件会社に係る保険会社の代理店業務について、複数の保険会社間の公平を図りながら業績を拡大していくために設定される評価基準のこと」

であるとされています。

 原告は、ガイドライン策定をめぐり、直属の上司f(親会社の役員であり、勤務先の取締役統括部長の地位にあった方)から強い指導・叱責を受けたなどと指摘し、これが強い心理的負荷を生じさせる出来事でったと主張しました。

 裁判所は、心理的負荷の強さを「強」とは認定しませんでしたが、原告が精神的不調を職場に相談していたことなどを考慮し、次のとおり述べて、心理的負荷を「中」と評価しました。結論としても、この出来事のほか、もう一つ心理的負荷「中」の出来事が認められるとして、療養補償給付の不支給処分の取消請求を認めました。

(裁判所の判断)

「ガイドライン策定に係る上司らの対応は、別表1の30『上司とのトラブルがあった』に該当し、その内容は、平成24年度からガイドライン策定に関与してきた原告に対し、上司らがその内容を確認したり、説明を求めたりするものであって、怒鳴ったり、原告の人格を否定する旨の発言があったりするものではなく、それ自体は日常的な業務の範囲を逸脱するものとは認め難い。しかしながら、原告は、平成28年6月16日に行われたeとの間のガイドライン説明会の打合せにおいて、fからの叱責等によりノイローゼ気味であり、夜眠れない状態にあること等を打ち明けており・・・、少なくともeにおいて、原告がfとの間でトラブルないし精神的な問題を抱えていることを認識し得る状態であったと考えられる。にもかかわらず、fは、同月18日には、eが同席する場で、原告に対し、約2時間にわたってガイドラインの内容に係る説明を求めるなどしたものであり、その対応は業務上の指導として必ずしも適切であったとは言い難く、『業務をめぐる方針等において、周囲からも客観的に認識されるような対立が上司との間に生じた』に準ずるものとして、その心理的負荷の強度は『中』に該当すると認めるのが相当である。

3.「中」とはいえ軽視できない

 業務起因性が認められるためには強い心理的負荷が生じていなければなりません。心理的負荷「中」の出来事単体では、これに届きませんでした。しかし、「中」の出来事は、他の「中」の出来事と結びついて強い心理的負荷を発生させたと認められる場合があります。

 心理的負荷が「中」の出来事は重要な事実です。甘く見て良い出来事ではありません。労災認定を受けることを視野に入れるためにも、精神的不調は早目に職場に相談しておくと良いように思われます。