弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

管理職として部下の長時間労働を是正すべき職務義務を果たさなかったことが懲戒処分の対象となるとされた例

1.長時間労働の是正

 法は長時間労働を是正し、労働時間管理義務を強める方向で改正が重ねられてきました。長時間労働に対する社会的意識の変化もあり、昨今では、長時間労働を防ぐことにかなり意を払っている使用者も少なくありません。

 そのためか、近時公刊された判例集に、部下の長時間労働を是正しなかったこと等を理由とする懲戒処分の可否が問題になった裁判例が掲載されていました。東京地判令4.11.18労働判例ジャーナル136-50 学校法人専修大学事件です。

2.学校法人専修大学事件

 本件で被告になったのは、専修大学等の市立学校を設置・運営する学校法人です。

 原告になったのは、昭和57年4月1日に大学事務員として被告に採用され、平成25年5月1日以降、大学院事務部長を務めていた方です(令和2年3月31日定年退職)。

 平成29年10月16日、大学院事務部のDキャンパス事務課に所属していたE掛長が、うつ状態のため今後1か月の休養が必要である旨の意思の診断を受けました。

 E掛長は同年10月18日から休養に入り、同年12月11日までは有給休暇を取得し、同年12月12日からは欠勤に入りました。その後、E掛長は平成30年4月4日に若年性認知症と診断され、令和2年6月20日に死亡しました。

 平成30年7月以降、被告は、E掛長の欠勤が長期化している理由の調査に入りました。その後、平成31年3月28日付けで、以下の事由に基づいて、次長に降職する懲罰処分を行いました(本件降職処分)。

〔1〕E掛長は、平成28年4月頃から長時間労働を行っていたところ、上司であった原告は、管理職として同掛長の出退勤状況を管理する責務があり、同掛長の長時間労働を知り得たにもかかわらず、長時間労働の是正など管理職として行うべき職務を怠った。

「〔2〕F課長は、平成28年5月頃から、E掛長に業務指導を行うに際して、同掛長の背後に立ち、威圧的な姿勢で指導するなどして精神的苦痛を強いた。また、同掛長が業務を円滑に遂行できないことについて、その原因を究明し、改善を図るなど適切な対応をとることなく、単に業務遂行ができないことを繰り返し詰問、非難した。」

「〔3〕G掛長は、平成29年5月頃から、E掛長に業務引継ぎ等を行うに際して,同掛長に対し『馬鹿か、死ね』などの精神的苦痛を強いるような人格否定的発言を繰り返し行った。」

「〔4〕原告は、F課長及びG掛長を管理監督すべき立場にあるにもかかわらず、上記〔2〕及び〔3〕の事実を知りながら、F課長及びG掛長に対する指導改善を行うことなく、管理職として行うべき職務を怠った。」

 その後、原告の方が、本件降職処分の効力を争い、降職によって減額された賃金額等の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 長時間労働を是正すべき職務義務違反との関係では、原稿は、次のとおり述べて、義務違反の事実を争いました。

(原告の主張)

「原告は、平成28年秋頃にE掛長の業務が停滞していることを認識し、その後、他の課員らと協力してE掛長の業務を代わりに行ったり、平成29年度にはE掛長の担当業務を前年度の15業務から4業務に減らし、これまで経験のある教務関係業務に従事させるなどの業務量の軽減を図る方策を講じたほか、人事担当部署に課員の人員補充を要請するなどの対応もしていた。」

「これに対し、被告は、原告がE掛長の業務量の削減等の具体的な対策を講じなかった旨を主張するが、Dキャンパス事務課の所管業務やその業務量を原告の判断や努力で軽減することは不可能であって、むしろ、原告は、度重なる人事異動により経験豊富な課員が転出したり、時間外労働に制約がある課員がいた一方で人員の補充も適わないなど事務課全体の繁忙度が解消できない中で、E掛長に対し可能な限り業務量の軽減措置を講じていた。」

「E掛長がタイムカードの退勤打刻後に残業をしていたことを原告が知ったのは、人事担当部署からその旨の報告を受けた平成29年6月19日である。この点、原告は、Dキャンパス事務課の事務室の鍵の返却時間等を確認する立場にはなかったから、上記の報告を受ける以前に、E掛長がタイムカードの退勤打刻後に時間外勤務をしていたことは把握し得なかった。しかして、原告は、平成29年6月19日以降は、前記アのとおりE掛長の業務軽減を図るとともに、E掛長に対し、タイムカードに退勤打刻をした後に残業するといったことは止めるよう注意したり、長時間労働の削減に向けて業務遂行方法の見直しを指導していた。」

「以上のとおり、原告は、E掛長に対し、その業務遂行の状況に応じて、業務負担の軽減等の対応措置を講じていたから、懲罰事由〔1〕に係る管理職としての職務義務の懈怠はない。」

 裁判所は、「昇級及び昇格停止」はともかく「降職」は重過ぎるとして本件降職処分は無効だと判示しましたが、次のとおり述べて、懲罰事由〔1〕の懲戒事由該当性は認めました。

(裁判所の判断)

「・・・前提事実及び・・・認定事実(以下,これらを併せて『前提事実等』という。)によれば、E掛長は、平成28年4月以降、担当業務を停滞させることが増え、それに伴って休日出勤やタイムカードの退勤打刻をした後に事務室に戻って残業をするといった態様で長時間の時間外労働時間を恒常的に続けるようになり、殊に、平成28年10月以降は、ほとんどの日において事務室の鍵の最終返却者となっていたほか、平成29年4月から6月までの間は合計9日にわたって深夜0時を超える残業をしていたこと、原告は遅くとも平成28年秋頃にはE掛長の担当業務が滞っていることを認識し、同年中にはE掛長が作成した本件自己申告書の記載内容から同人が業務量の過多と恒常的な長時間労働により精神的・身体的な負担を感じていたことを認識したことが認められる。」

「以上の事情に照らせば、原告は、Dキャンパス事務課を含む大学院事務部の事務を統括する大学院事務部長として、速やかに自ら又は部下の管理職であるF課長を通じてE掛長の業務停滞の実情とその原因を調査し、その調査結果に応じてE掛長の業務量の軽減又は組織的な対応の要否を検討し対応する職務義務があったものと認められる。しかるに、前提事実等によれば、原告は、

〔1〕平成29年3月に人事担当課にDキャンパス事務部の課員の増員要請を行う、

〔2〕同年5月頃に同事務課全体の担当業務の改編をするに当たってE掛長の担当業務数を前年度よりも減らしたり、E掛長の担当業務を代わりに行う、

〔3〕平成29年6月20日以降はE掛長に長時間の時間外労働を控え、業務改善を行うように注意・指導するなどしていたこと

は認められるものの、E掛長が本件自己申告書の提出により業務量の過多と恒常的な長時間労働により精神的・身体的な負担を感じていたことを認識した後も、E掛長の長時間勤務の実態や長時間労働を続けていた理由及びE掛長の身体的、精神的負荷の程度や同人が感じていた業務上の負荷を軽減させるために取り得る組織的あるいは医学的な対応の要否について調査・検討を行った形跡に乏しく(なお、E掛長が平成29年10月16日にうつ状態と診断されて休業に入り、また、平成30年4月4日に若年性認知症と診断されていることに照らせば、これに先立つE掛長の業務遂行の停滞やこれに伴う長時間労働の継続がE掛長の身体的・精神的不調を原因とするものであったこともうかがわれるところである。)、そうすると、前記〔1〕ないし〔3〕の対応もE掛長の長時間労働の実態を踏まえた適切な時期、内容のものであったとは評価し難いものといわざるを得ない。

「これに対し、原告は、平成29年6月19日にN庶務課長から本件報告を受けて驚いた旨を供述しているところ・・・、これは、原告において、Dキャンパス事務課の事務室の鍵の管理簿(返却状況)について確認する職務義務はなく、E掛長がかねてからタイムカードの退勤打刻をした後に残業をするといったことを繰り返していたことを承知していなかったとしても職務義務の懈怠とはならない旨を述べる趣旨と解されるが、遅くとも本件自己申告書が提出された平成28年10月以降の時点でE掛長の業務実態について調査していれば、同人の残業の態様も容易に判明し得たといえるから、原告においてE掛長の業務実態を平成29年6月19日までに知り得なかったとはいい難く、むしろ、原告の上記供述は、同年5月頃の担当業務の変更後にE掛長及び事務部の業務遂行が適切に改善されたか否かすら原告が十分に検証していなかったことをうかがわせるものといわざるを得ない。

以上の諸事情を総合すれば、E掛長の勤怠管理や鍵の管理簿の確認等が直接的には同人の上司であるF課長において実施すべきものであったものと解されること、大学院事務課の業務は毎年決まった時期に行われる定型業務が多く、原告がその裁量で業務量を調整することには困難が伴ったこと・・・、Dキャンパス事務課の課員には家庭の事情等で残業できない職員が複数おり、人員の補充も困難であったため、他の課員にE掛長の業務を分担させることも容易ではなかったこと・・・などの事情を十分考慮しても、平成28年4月以降のE掛長の長時間労働の実態と原因の調査、把握及び対応策の策定に関する原告の管理職としての対応には不十分な部分があったものといわざるを得ず、これによりE掛長の長時間労働は解消されず、Dキャンパス事務課の事務遅滞等が発生したものと認められるから、このことに関し、原告には本件就業規則44条1号所定の『職務を怠り、(中略)業務に支障を生じたとき。』に該当する懲罰事由(懲罰事由〔1〕)があるものと認められる。

3.管理職に課された義務は案外厳しい

 本件は原告の方が何もしていなかったという事案ではありません。長時間労働を是正するために一定の措置をとっていたことは認定されています。また、知らなかった(報告を受けて驚いた)という趣旨の弁解に対しては、業務遂行の状況を十分に検証していなかったからだと切り返されています。その他、諸々考慮したという原告に有利な事情を見ると、長時間労働を是正すべき職務義務には、かなり高度なものが要求されているように思われます。

 今回、懲戒処分の効力が否定されたのは、処分として重すぎるということが理由になっているため、より軽い処分であれば、懲戒処分の効力を覆すのは困難だったといえます。

 本件のような事案もあるため、管理職の方は、部下の長時間労働には十分に気を配っておく必要があります。