弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

始末書を根拠とする非違行為の認定が否定された例

1.始末書を出してしまったらもう終わり?

 懲戒処分に先立って始末書を徴求されることがあります。

 この始末書の徴求に対し、どのような姿勢をとるのかは、難しい問題の一つです。

 なぜなら、

無視をすると、反省の機会を与えたのに、これを省みなかったと非難され、

始末書で使用者から示された事実を争うと、不合理な弁解に終始して自らの非を省みず、自発的な改善の可能性がないと非難され、

始末書で使用者から示された事実を認めると、非違行為を犯した事実に争いはないと畳みかけられるからです。

 使用者側が始末書を徴求するのは、後に行う懲戒処分の有効性を補強するためであって、親切心からやっているわけではありません。どのようなルートをとっても、労働者側にリスクがあり、使用者側に損が生じることがない仕組みになっています。

 そのため、始末書の提出を指示された場合には、使用者の理解を得るというよりも、懲戒処分を受けた場合に、裁判所で効力を争うための足掛かりをどのように築いておくのか/裁判所での訴訟活動の自由度を保つにはどうすればよいのか、といった観点から行動を選択して行くことが重要です。

 こうした問題状況の中、自分の非を認める始末書を提出していながら、始末書を根拠とする非違行為の認定が阻止された裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。札幌地裁令4.12.7労働判例ジャーナル132-32 日本郵便事件です。

2.日本郵便事件

 本件で被告になったのは、日本郵便株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期限の定めのないる同契約を締結し、かんぽ生命から被告が委託を受けている保険募集に関する渉外社員として勤務してきた方です。不適切な契約の取り方をしたことなどを理由に懲戒解雇されたことを受け、解雇の無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の特徴は、原告が、懲戒処分に先立ち、

「平成27年4月3日から平成29年4月10日までの間、お客様にご契約して頂いた契約についてお客様のご意向に沿ったものではなく無効契約となりました。多数回に渡り訪問させて頂き沢山お話も伺ったにも関わらずお客様の変化や真の意向に気付かず、お客様に多大なご迷惑や不安を与えてしまった事をお詫び申し上げたいです。」

などと書いた始末書を提出していたことにあります。

 この事件の裁判所は、次のとおり述べて、懲戒解雇の効力を否定したうえ、地位確認等の請求を認めました。

(裁判所の判断)

争点〔1〕(懲戒事由の有無について)について

「被告は、上記第3の2(被告の主張)のとおり、原告は本契約者の意向に沿わない保険商品を提案し、乗換契約に伴う不利益を本契約者に告知せず、専ら自己の成績向上と報酬獲得のために生命保険募集人としての権限・地位を濫用したと主張する。」

「しかし、上記・・・の認定事実によれば、原告は、ご契約に関する注意事項及びご意向確認書を用いて、本契約者の意向を確認し、乗換契約に伴う不利益の説明を行い、本契約者は、ご意向確認書に、契約の締結が本契約者の意向に沿ったものである旨を記入し、乗換に伴う不利益の説明を受けた旨のチェックを入れているのであり、これらの契約締結時の説明及び書類の作成について被告における審査においても問題が指摘されたことはうかがわれないのであるから、原告としては、当時、被告において求められていた水準の顧客の意向確認及び乗換に伴う不利益の説明は履践していたというべきである。また、原告が生命保険募集人としての権限・地位を濫用したことを基礎付ける事情も見当たらない。」

「被告は、上記・・・とは異なり、ご意向確認書は、予め典型的な意向の内容が記載された各項目にチェックを付ける簡易な内容の書類であって、ご意向確認書の作成のみをもって契約者の意向を確認したと解することはできず、契約者の意向把握義務を履行したとはいえないと主張する。」

「しかし、被告における保険契約の審査の際に、ご意向確認書を含む申込関係書類を査閲し、契約者の意向と申込みを受けた保険商品の内容に疑義がある場合には、保険募集人に状況を確認することとされていたことなどに照らすと、ご意向確認書は、被告において、契約者の意向確認の手段として意味のあるものとして用いられていたというべきである。」

「また、被告は、本件乗換は、本件簡易計算方法1によれば約350万円、本件簡易計算方法2によれば約225万円の損失が生ずる不合理なものであるから、本契約者の意向に反するものであったことが事実上推定されると主張する。」

「しかし、本契約者は、上記・・・に認定のとおり、乗換契約に伴う不利益の説明を受けた上で契約を締結しているのであるから、乗換に伴う不利益の発生を根拠として本件乗換が本契約者の意向に反するものであったことを事実上推定することはできない。
・・・また、被告は、本契約者が、調査の際に、jに対して、「社員を信頼しているので言われるがままに契約していた。」などと述べていることから、本件乗換が本契約者の意向に沿うものではないことが明らかであると主張する。

「しかし、上記・・・に認定のとおり、被告による本契約者に対する調査は、本契約者からの苦情や調査依頼を契機として開始されたものではなく、当初、調査を拒んでいた本契約者に対して、jが、解約に伴う損失が出ている可能性があると粘り強く話をして、ようやくヒアリングを開始するに至ったという経過をたどったものであることからすると、jがヒアリングの際に本件乗換に問題があったとする方向に本契約者を誘導した可能性も存するところである。また、jは、本契約者に対し、解約損の内容として、支払った保険料と返戻金の差額が損失になる旨の説明をした上で、解約損として、100万円以上の損失が出ているという説明を行っているところ、この説明内容は、被告が主張する解約損の本質(返戻率の低下による保障の対価の遡及的上昇)には触れず、解約損の金額的評価が容易ではないという留保も付けず、安易に本件簡易計算方法1を前提とした説明を行ったものであり、かつ、本件簡易計算方法1によれば約350万円の損失となるのに、100万円以上の損失が出ているという不正確な説明を行ったものであって(損失額の上限が示されておらず、この説明を聞いた本契約者が、本件簡易計算方法1によった場合に、350万円を大幅に超える損失を被っているかもしれないと誤解した可能性もある。)、問題のあるものといわざるを得ない。多数契約調査用紙(乙5)は、このように問題のある説明がされるなどの経過をたどった後に作成されたものであるから、その中に、『社員の勧奨により、勧められるままに複数の契約をした。』、『これほど契約をしては解約を繰り返していたとは思わなかった。』、『社員を信頼しているので言われるがままに契約していた。』といった記載があるからといって、本件乗換が本契約者の意向に沿うものではなかったと認めることはできない。」

「また、被告は、本件乗換は、乗換契約が一度に多数行われていること、本契約者が高齢であったこと、本件新規契約が締結後3年以内に解約されていることから、本契約者の意向に沿うものでなかったことは明らかであると主張する。」

「しかし、高齢の本契約者が多数の保険契約を締結していたのは、原告が本契約者を担当する以前からのことであり、この点に問題があるとして原告の責任を問うことはできないというべきである。また、上記・・・に認定のとおり、本契約者は、本件乗換当時、役員報酬等の収入があったところ、その後、収入の状況等に変更があった可能性もあるから、本件新規契約が後に解約されたからといって、本件乗換が本契約者の意向に沿わないものであったと認めることはできない。」

また、被告は、原告が始末書(乙7)を作成していることから、本件乗換が本契約者の意向に沿わないものであることは明らかであるなどと、縷々主張する。

しかし、原告が作成した始末書(乙7)の内容は、『お客様にご契約して頂いた契約についてお客様の意向に沿ったものではなく無効契約となりました。・・・お客様に多大なご迷惑や不安を与えてしまった事をお詫び申し上げたいです。・・・二度とこのような不始末を起こす事のないよう、お誓いいたしますので、この度限りご寛大なご措置を賜りますようお願い申し上げます。』などというものであり、本契約者の意向と契約の内容がどの点で相違していたのを具体的に述べる内容のものではない。また、原告は、この始末書の作成について、物事を穏便に済ませるために自分の非を認めるような内容にした方がいいと判断したなどと述べているところ、原告が述べる始末書作成の動機は、この始末書の内容に照らすと、必ずしも不合理なものとはいえない。そうすると、この始末書(乙7)を根拠に、本件乗換が本契約者の意向に沿わないものであったと認めることはできない。」

「また、被告は、その他にも縷々主張するが、本件記録を精査しても、本件乗換が本契約者の意向に沿わないものであったことを認めることはできず(かえって、多数契約調査用紙(乙5の5枚目)においてすら、本契約者が記憶している契約については、「その商品は、お客さまのご意向と一致するものでしたか。」という問いについて、本契約者は『一致している』と回答している。)、被告の主張は採用することはできない。」

「以上のとおり、被告の主張する懲戒解雇事由が存在するとは認められないから、その余の点について検討するまでもなく、本件懲戒解雇は無効である。」

3.始末書が足枷とならなかった

 上述のとおり、裁判所は、始末書があるからといって非違行為が認められるわけではないとの判断を示しました。

 本裁判例は、始末書を作成してしまったからといって、直ちに非違行為を争うことができなくなるというわけではないことを示しています。

 また、反省していないと足元を掬われることを防ぐため、取り敢えず認めて始末書を作成するという選択をとる場合には、その文言は可能な限り抽象的にしておくのがよく、始末書の文例という点でも、本裁判例は参考になります。