1.情報漏洩に対する過剰反応
個人情報保護の意識が高まっているためか、近時、情報漏洩に対し、アンバランスなほど過酷な懲戒処分が行われる例が増えているように思われます。こうした傾向に対する違和感から、何か活用できる裁判例がないかと探していたところ、近時公刊された判例集に、目を引く裁判例が掲載されていました。名古屋地判令2.10.26労働判例ジャーナル107-20 学校法人梅村学園事件です。
何に目を引かれたのかというと、学生の個人情報が入ったパソコンを紛失したことについて、懲戒事由への該当性が否定されている点です。
懲戒処分の有効性は、①就業規則等に規定されている懲戒事由に該当するか、②該当する場合に当該処分を選択することが相当か、という二段階に分けて審査が行われます。懲戒事由への該当性が否定されるというのは、①のハードルをクリアできなかったということです。この場合、処分の軽重を問う以前の問題として、懲戒処分を行うこと自体が許容されません。
懲戒解雇などの過酷な処分はともかく、情報媒体を紛失した場合、軽微な懲戒処分は免れないという意識でいたため、懲戒事由への該当性を否定すると判断した点は、画期的な判断だと思われます。
2.学校法人梅村学園事件
本件で被告になったのは、中京大学を設置する学校法人です。
原告になったのは、中京大学の教授で総合政策学部の学部長の地位にあった方です(原告P1)。
被告学園は、
〔1〕原告P1が、平成25年8月31日から平成26年9月1日までの間、大韓民国・・・の延世大学を研究機関とする在外研究を申請し、承認された・・・にもかかわらず、そのうち平成25年9月5日から平成26年2月28日までの6か月の間、無断で韓国を離れてハワイに滞在していたこと(本件在外研究事案)、
〔2〕原告P1が、平成27年10月24日に学生の個人情報が入ったパーソナルコンピューター(PC)を紛失したこと(本件PC紛失事案)、
〔3〕原告P1が、平成28年2月1日に行われた中京大学の入学試験において、学部長として待機出勤義務があるにもかかわらず欠勤したこと(本件入試欠勤事案)
を理由に原告P1を懲戒解雇しました。
情報漏洩との関係で意味があるのは、解雇理由の〔2〕に関する判示です。
本件PCには、
「原告P1のゼミの履修者名簿1期生から10期生まで121名分並びに同年度春学期の『現代デモクラシー論』の履修者の氏名及び学籍番号」
が記載されていました。
被告学園は、こうした情報が収納された本件PCを紛失したことが、
「被告学園の規則又は規程を無視し、又は上司の指示に違反して被告学園の秩序を乱したとき」
に該当すると判断しました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件PC紛失事案が懲戒事由に該当することを否定しました。
(裁判所の判断)
「被告学園は、本件PC紛失事案が旧規程5条1号(被告学園の規則又は規程を無視し、又は上司の指示に違反して被告学園の秩序を乱したとき)に該当する旨主張する。」
「そこで検討するに、本件PC紛失事案で原告P1が紛失した私有のPCに記録されていた学生の氏名及び学籍番号は、いずれも中京大学個人情報保護に関する規程3条1項が定める個人情報に該当することが明らかであり、学部長でもあった原告P1は、置くべき個人情報管理者を置いていなかったのであるから、少なくとも自らが保有する個人情報の管理に当たって、不断に注意を払うべき義務があったのにこれを怠り、本件PC紛失事案を惹起したものであって、この点について責任を負うべき立場にあるといえる。」
「しかしながら、
〔1〕原告P1が個人情報管理者を置いていなかったことはともかくとして、上記PCの紛失自体は、多分に原告P1の過失によるものであって、これが被告学園の何らかの規則又は規程を無視し、あるいは上司の指示に違反したものであるとはいえないこと、
〔2〕原告P1は、上記PCについてパスワードを用いないと使用できない設定をしており、個人情報の漏洩について保護対策を講じていたこと、
〔3〕現に、上記PCに記録されていた個人情報が何らかの形で悪用されたという事案は発生していないこと
に照らすと、本件PC紛失事案が旧規程5条1号に該当すると評価することはできない。」
「よって、被告学園の前記主張を採用することはできない。」
3.規定の組み方にもよるだろうが・・・
裁判所の判断には、懲戒事由を記述している規定が、
「被告学園の規則又は規程を無視し、又は上司の指示に違反して被告学園の秩序を乱したとき」
と故意や一定の結果の発生(秩序を乱したこと)を求める体裁になっていたことが無関係ではないと思います。過失による情報媒体の紛失が、別途、懲戒事由として規定されていた場合には、懲戒事由への該当性は否定されなかったかも知れません。
しかし、そうであるとしても、過失であること、パスワードを設定していたこと、悪用の結果が生じていないことを懲戒権行使の消極的な事情として明示的に指摘したことは、過剰な懲戒処分の効力を争っていくにあたり、なお意味のある判示だと思われます。