弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

指導教授の単著論文(交際関係にあった学生の修士論文と約70%の表現が同一)が「盗用」に該当するとされた例

1.指導教授等による研究業績の剽窃

 労働事件におけるハラスメントと構造的に類似することや、大学教員の方の労働事件を比較的多く受けている関係で、アカデミックハラスメントは個人的な興味研究の対象になっています。

 アカデミックハラスメントに関する相談の一つに、指導教授や上位の研究者に研究成果を盗用されたというものがあります。

 アカデミックハラスメントを対象とする裁判例ではありませんが、近時公刊された判例集に、研究不正の一態様である「盗用」の解釈が示された裁判例が掲載されていました。大阪地判令6.1.11労働経済判例速報2541-18 学校法人関西大学事件です。

2.学校法人関西大学事件

 本件で被告になったのは、関西大学等を運営する学校法人です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、教授の職位にあった方です。職員研修制度により、大学院の博士課程前期課程の院生となったAの指導教員として、修士論文作成を指導していました。また、原告の方はAとは交際関係にありました。

 作成した単著論文(本件論文)の約70%の表現が、Aの作成した修士論文(先行論文)の表現と同一であったにもかかわらず、先行論文を引用した旨の表示がなかったとして、原告の方は、停職3か月の懲戒処分などのペナルティを受けました。これに対し、懲戒処分の無効確認等を求め、訴訟提起したのが本件です。

 原告の方は、

Aの了解を得ていた、

指導教員として通常の指導を超え、Aとの共著と評価できる程度の寄与をした、

などとして、本件論文は先行論文を「盗用」したものではないと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、「盗用」への該当性を認めました。

(裁判所の判断)

「令和2年3月27日、原告は、Aと飲食店で食事をして別れた後、帰りの電車内において、LINEにより、『ところで修論ですが、かなり削り、ボクのオリジナルを足して、論文に仕上げて単著で出したいと思っていますが、構いませんか? 国際化戦略ではなく、新しい時代に対応した高等教育の模索というテーマになります。』とのメッセージを送信した。これに対し、Aは、『今日の件もそうですが、突然帰り無理やり呼び出されて支払いもと言われたり、論文も自分が書いてあげるからとさんざん言っていたのを結局私が書いたものについて単著で出しますが構いませんかと言われても、私には理解もできませんし、もう一気に気持ちが冷めたというのが正直なところです。単著でもなんでも好きにしてもらって構いませんので、今日でお別れしてもらいたいというのと、今までのデータは必ず消去してください。』とのメッセージを返信した。」

(中略)

「本件ガイドライン(文部科学大臣決定による『研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン 括弧内筆者)及びこれを受けて定められた本件取扱規程は、『盗用』について、『他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を当該研究者の了解又は適切な表示なく流用すること』と定義しているところ・・・その文言上、『当該研究者の了解』と『適切な表示』のいずれか一方のみを欠いた場合も『盗用』に該当すると解することが可能である。」

(中略)

「他の研究者の論文の内容を適切な表示なく流用することは、他の研究者の業績とこれを流用した研究者による研究成果(自分自身の省察・発想・アイディア等に基づく新たな知見)との区別を困難なものとし、流用した研究者による研究成果でないものまで同人の研究成果であるかのように科学コミュニティの中で誤解され、同研究者による研究成果に対する的確な吟味・批判が妨げられるほか、同研究者の研究実績に対する評価が不当に歪められる結果を招くおそれがあり、科学コミュニティの正常な科学的コミュニケーションを妨げる行為に当たるというべきである。そして、以上のことは、他の研究者が流用を了解していたか否かによって左右されるものではない。」

以上によれば、本件ガイドライン及び本件取扱規程が研究活動における不正行為として定める『盗用』には、『当該研究者の了解』と『適切な表示』のいずれか一方のみを欠いた場合も含まれると解するのが相当である。

・・・本件論文は、その表現の70%が先行論文の表現と同一であるにもかかわらず、先行論文を引用した旨の表示がなかったのであるから、適切な表示なく流用したものとして、『盗用』に該当すると認めるのが相当である。

(中略)

「上記・・・で説示したとおり、本件論文は『盗用』に当たるが、原告は、Aが、本件論文で先行論文を引用することを了解していたから、『盗用』に当たらない旨を主張するので、念のためにこの点について検討する。」

「まず、原告は、令和2年3月27日にAの了解を得たと主張し、これに沿う陳述・・・及び供述・・・をする。」

「しかし、同日の本件LINEのやりとり・・・によれば、Aは、『結局私が書いたものについて単著で出しますが構いませんかと言われても、私には理解もできませんし、もう一気に気持ちが冷めたというのが正直なところです。』とのメッセージに続けて、『単著でもなんでも好きにしてもらって構いませんので』とのメッセージを送信しており、およそAが原告に対して先行論文の引用を真摯に了解したと評価することはできない。加えて、原告は、Aによる上記メッセージの前に、『修論ですが、かなり削り、ボクのオリジナルを足して、論文に仕上げて単著で出したいと思っていますが、構いませんか? 国際化戦略ではなく、新しい時代に対応した高等教育の模索というテーマになります。』とのメッセージを送信しているところ・・・、実際は、本件論文の表現の約70%が先行論文の表現と同一であり、そのテーマも同様のものであったと考えられるのであるから、Aが原告による先行論文の引用範囲や程度等について正しく認識していたかについても疑わしい。

「したがって、上記各証拠を採用することはできず、原告の上記主張は採用することができない。」

「次に、原告は、令和2年7月6日にもAから先行論文の引用について了解を得たと主張し、これに沿う陳述・・・及び供述・・・をする。」

「しかし、同日に原告とAとが飲食し、本件論文に関する何等かのやり取りがなされたとしても、本件LINEのやりとりに現れたAの先行論文の引用に対する態度がその後に変化したような事情はうかがわれず、原告がAに対して一度も本件論文の内容を確認する機会を与えたことがないこと・・・等も考慮すると、Aが原告に対して先行論文の引用を真摯に了解したとは考え難い。したがって、上記各証拠を採用することはできず、原告の上記主張は採用することができない。」

「なお、証拠・・・によれば、本件本調査における事情聴取の際、Aが原告に対して先行論文を使ってよいと言ったことがある旨述べたことが認められるが、本件LINEのやり取りのことを指している可能性があるし、上記のとおり、その後、Aの態度が変化するような事情はうかがわれないことからすると、上記判断を左右しない。」

「さらに、原告は、先行論文について、指導教官として通常の指導を超えてAとの共著と評価できる程度の寄与をしたから、『盗用』に該当しないと主張する。」

「この点、原告がAの指導教員として、先行論文の作成当初から積極的に関与したことは認められるが・・・、先行論文は、飽くまでAが作成した修士論文であり、本件研究科委員会もA個人の研究成果として承認し、修士号を授与したものである・・・。」

「以上によれば、先行論文は、Aの単著として認められたものであり、原告が指導教員として関与したからといって、原告とAとの共著となるとは到底いえないから、原告の上記主張は採用することができない。」

3.了解・同意の真摯性

 裁判所の判示で個人的に気になったのは、「真摯な了解」「正しく認識」といったフレーズが「了解」の欠如を判示する脈絡で用いられていることです。

 職場のセクシュアルハラスメントが問題となる事案では、外形的に了解・同意がされているように見えても、了解・同意は認められないと判示されることが少なくありません。

 本件はハラスメントを理由とする損害賠償請求事件ではないものの、院生の指導教授に対する研究業績の流用との関係でも、了解・同意の真摯性が問題になることが示された点は、注目に値する判断だと思います。事案は違っても、裁判所の判示は、外形的に流用を認めてしまった院生、下位の研究者が、論文の盗用を問題視して行くにあたり活用できる可能性があるからです。

 本件は労働事件として意義のある判断が示されているだけではなく、アカデミックハラスメントに関連する事件を取り扱っていくうえでも参考になります。