弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

携帯電話機のメモ欄による立証-すぐにとったメモは有効打になりえる

1.メモによる立証

 ハラスメントでも出退勤時刻でも、メモによる立証が奏功することは、あまりありません。証拠としては「ないよりはまし」程度であることが殆どです。

 その背景には、

「すぐにとっているわけではないこと」

「すぐにとったと立証し切れないこと」

があります。

 一日前のことであったとしても、何時何分に誰と会って何を言われたのかを文字上で正確に再現できる人は少ないと思います。言い換えると、時間を置いたメモには高確率で誤りが混入します。

 この誤りを客観的証拠(客観証拠)との不整合として指摘されると、メモ全体の信用性が減殺され、鵜呑みにはできないと判断されることになります。

 また、運よく客観的証拠との不整合がなかったとしても、「いつとったのか?」という問題が生じます。すぐにとったことがきちんと立証できないと、

結局、法廷供述と同じことをリフレインしているだけではないか、

⇒ 復唱回数が増せば増すほど信用できるという経験則はない、

⇒ 裏付けのない法廷供述があるのと同じである、

⇒ 言葉だけでは立証(間違いないと信じられる)には至らないね、

という思考過程のもと、メモが威力を発揮することはありません。

 しかし、商談中、面談中に話を聞きながらリアルタイムでとったメモが比較的正確であることからも分かるとおり、

事象から近接して作成したメモであり、

それを立証することができる場合、

メモであったとしても、立証方法として威力を発揮することがあります。

 紙媒体のメモだとこれは難しいのですが、近時公刊された判例集に、携帯電話のメモ機能を利用することで、立証の壁を乗り越えた裁判例が掲載されていました。札幌地判令7.3.6労働判例ジャーナル160-32 ほくでんサービス事件です。

2.ほくでんサービス事件

 本件で被告になったのは、

電気及びガスの利用、電化普及に関する業務等を目的とする株式会社(被告会社)、

D株式会社から被告会社に出向していた方(被告B)

の2名です。

 原告になったのは、被告会社のE支店料金センターで勤務していた方です。休職期間満了により退職扱いとされています。

 本件の原告は、被告Bから火のついたタバコを近づけられたり、暴言を受けたりしたとして、被告らに対して損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 被告側は一部行為の存在を否定しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、対象行為を事実として認定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告Bが、

〔1〕令和2年5月又は6月頃、職場の屋内喫煙所(以下『本件屋内喫煙所』という。)で、2度にわたり原告の顔に火のついたタバコを近づけた、

〔2〕同年8月17日頃から同月21日頃までの間のいずれかの時点において、職場の屋外喫煙所(以下「本件屋外喫煙所」という。)で、原告の左手の甲に火のついたタバコを近づけた、

〔3〕同年10月5日、本件屋外喫煙所で、原告のスーツの左足部分に火のついたタバコを近づけた、

〔4〕同月7日、本件屋外喫煙所で、2度にわたり原告の左耳に火のついたタバコを近づけた、

〔5〕同月から同年12月までの間のいずれかの時点において、原告の顔に火のついたタバコを近づけた旨主張し、原告も概ね同旨の供述をする(甲48〔4~5頁〕、原告本人〔9~10頁〕)ところ、

〔2〕の事実については当事者間に争いがない。一方、

〔1〕及び〔3〕~〔5〕の事実は争いがあることから、

これらの事実に係る原告の供述の信用性等について、以下検討する。」

〔1〕及び〔4〕の事実に係る原告の供述の信用性について

「まず、〔1〕の事実に係る原告の供述については、証拠(甲10〔5頁〕)によれば、原告は、令和4年12月16日、札幌地方検察庁において、被告Bが、令和2年5月又は6月頃、原告に対して火のついたタバコを近づけた旨供述していることが認められるところであり、〔1〕の事実について原告の供述は、被告Bによるタバコを近づけるという問題が発覚してから一貫しているといえる。」

「また、〔4〕の事実に係る原告の供述については、証拠(甲19〔4~5枚目〕)によれば、原告が、同年10月13日までの間のいずれかの時点において,自身の携帯電話機のメモ欄に、『タバコの火を近づけたり、継続して数回あった。やめてください、危ないし熱いので!といったにも関わらず、同じ事をさらに数回された。2020.10.7』と記載したことが認められるところであり、〔4〕の事実に係る原告の供述を裏付ける客観的な証拠があるということができる。

「他方で、被告Bの供述について検討すると、原告の左手の甲及び左頬に火のついたタバコを近づけた旨供述している上(被告B本人〔2~3頁〕、タバコを近づけた回数についても2、3回などと供述するなど(被告B本人〔2~3頁〕)、原告に対して複数回近づけたことを認めており、その回数の根拠についても明確にはなく、被告B自身も曖昧であることを認める旨の供述をしており(被告B本人〔23頁〕)、このような点等を踏まえると、被告Bの供述は、必ずしも〔1〕及び〔4〕の事実に係る原告の供述と矛盾するものではない。」

「以上によれば、〔1〕及び〔4〕の事実に係る原告の供述は信用することができ、〔1〕及び〔4〕の事実があったものと認められる。」

(中略)

被告Bが原告を叱責した事実の有無

「原告は、被告Bが、令和2年10月13日、原告に対し、50名ほどの職員のいる中で『なんだその態度は。あん?こらぁ。なあ、他に言うことはないのか。』と大声で怒鳴り、原告が『後で話をすると聞きましたので。』と答えると、『そんな態度とるならもういい』、『あっちいけ』と言いながら手で追い払うような素振りをした旨主張し、原告も同旨の供述をする(甲48〔6頁〕、原告本人〔12頁〕。以下、この原告の供述を「本件叱責に係る原告供述」という。)ところ、被告らは、同供述に係る事実を否認していることから、以下、本件叱責に係る原告供述の信用性について検討する。」

本件叱責に係る原告供述を裏付ける証拠としては、原告の携帯電話のメモ欄の記載(甲19〔5枚目〕)がある。同メモ欄は同日午後10時43分が最終更新日時であり、同メモ欄には、『自分がミスをして、ミスした事に関して、迷惑をかけ上司に謝罪後、後で話すといわれたにもかかわらず、私はわかりました。と答え、席に戻った瞬間、大きな声で社員、契約社員、派遣がみんな聞いている中、なんだその態度は!あん?こら。なぁ。他に言う事ないのか?と言われ私は後で話をすると聞きましたのでと答えると、そんな態度とるならもういいと言われ手であっち行けとやられ精神的に苦痛を感じた。2020.10.13』旨の記載(以下「本件叱責に係るメモ欄の記載」という。)がある(本件叱責に係るメモ欄の記載の最終更新日時は、令和2年10月13日午後10時43分である。)。

上記メモ欄の記載は具体的であり、本件叱責に係る原告供述の内容となっている事実と整合しており、本件叱責に係る原告供述は客観的な裏付けがあるものといえる(もっとも、上記メモ欄の最新更新日時は、同日午後10時43分であり、同日に行われた本件叱責に関する記載がされていること等も踏まえると、最新更新日時の少し前の時間帯である同日午後10時30分頃に、原告がメモ欄に追記をしたものと認めることが相当であるところ、証拠(甲19〔5枚目〕、原告本人〔11頁〕、被告B本人〔5頁〕)によれば、被告Bが原告の態度について原告に注意をしたのは同日の朝礼前であるのに対し、原告が上記のとおり携帯電話のメモ欄に記載したのは同日午後10時30分頃であり、被告Bが原告に注意をしてから原告が携帯電話のメモ欄に記載をするまでの間に一定の時間的な間隔があったと認められるから、上記メモの記載をもって、被告Bの具体的な発言内容についてまで裏付けるものとまでは言い難い。)。

「この点に関して、被告Bは、顧客から原告に対するクレームがあったことから、同日、原告に対し、同クレームの件について話をしようと述べたところ、原告が不満そうな顔をしていたことから、原告に対し、そういう態度はないだろうという話を通常より大きな声でした旨供述しており(被告B本人〔5頁〕)、被告Bが原告の態度について原告に注意をしたという点等で本件叱責に係る原告供述と整合するものということができる。」

「このような被告Bの供述内容及び原告の携帯電話のメモ欄への記載内容等を踏まえると、被告Bが、令和2年10月13日、原告に対し、被告会社の他の職員がいる中、顧客からの原告に対するクレームについて後で話をする旨伝えたところ、それに対する原告の言動や態度に被告Bが腹を立てて、被告Bは、原告に対して、その言動や態度を非難して、それに対して、原告が後で話をすると聞いたのでという趣旨の回答をすると、被告Bは、原告に対して、どこかに行くように言いながら、原告を手で追い払うような素振りをしたことが認められる。」

3.携帯電話のメモ機能の活用

 ハラスメントの証拠は、携帯電話の録音機能等を利用するなどの方法で、従来よりも取得しやすくなっています。しかし、ICレコーダーにしても、携帯電話の録音機能にしても、のべつ幕なく作動させているわけには行きませんし、録音し損ねることは決して少なくありません。

 そうした場合には、即時、携帯電話のメモ機能を活用して記録してみることが考えられます。書き込んだ日時が記録されるタイプのアプリケーションを用いれば、内容的な誤りを排しつつ、時間的に近接した時期に作成したことまで記録化できるからです。

 朝礼の言動⇒午後10時30分ころ記録といった経過でも時間的間隔があるとして発言内容の立証まで認められていないのはやはり厳しいなとは思いますが、本件はメモが有効打になった事案として実務上参考になります。