1.消滅時効と権利(債務)承認
債権には「消滅時効」という仕組みがあります。ごく簡単にいえば、一定期間、権利行使をしないでいると、権利自体が消滅してしまう仕組みです。
現行民法上、一般債権は「債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間」で消滅してしまいます(民法166条1項1号参照)。また、賃金債権の消滅時効は3年とされています(労働基準法115条前段、附則143条3項)。
この時効制度には「更新」という概念があります。これは、一定の事由があると、それまでの時効期間の進行がリセットされ、また一から時効期間の進行が始まるとする仕組みです。
時効には幾つかの更新事由がありますが、その中の一つに「権利(債務)の承認」があります。債務者自身が債務を負っていることを承認した場合、時効期間の進行は一旦リセットされます(民法115条1項)。
労働事件に限った話ではありませんが、一定のボリュームの請求をかけた時に、会社側から少額での和解を打診されることがあります。
こうした少額での和解の申出は、時効の更新事由としての権利承認・債務承認に該当するのでしょうか?
この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.6.24労働判例ジャーナル131-52 サンライズフーズほか1社事件です。
2.サンライズフーズほか1社事件
本件で被告になったのは、小麦その他農作物を原料とする物品及び飼料の製造等を目的とする株式会社(被告ニップン)と、飲食店の経営等を目的とする株式会社(被告サンライズフーズ)の二社です。被告サンライズフーズは、被告ニップンの孫会社に相当する関係にあります。
原告になったのは、被告サンライズフーズの元取締役の方です。平成20年4月30日に行われた被告サンライズフーズの解散が偽装解散であるとして、平成29年6月6日、債務不履行に基づく損害賠償請求権に基づき、損害金5000万円のうち500万円を請求する民事調停を申立てました。
この調停の場で、被告は、和解金15万円を支払うと提案しました。
しかし、原告はこれを受け容れず、平成29年8月22日、民事調停事件は不成立終了しました。
その後、令和3年になって、被告らに対し、本件とほぼ同様の請求(当時の年俸900万円の5年分である4500万円の一部である500万円の請求)を行いました
被告らは、
解散が偽装解散であることを争うとともに、
改正前民法に定められていた10年間の時効期間の定めに従い、消滅時効を援用を主張しました。
原告は、民事調停手続において権利(債務)の承認が行われていると主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、時効の更新を認めませんでした。
(裁判所の判断)
「被告ニップンが、本件調停事件において、原告に対し、和解金15万円を支払う旨の提案をしたことは当事者間に争いがないが、一部請求金額の3%、損害額全体の0.3%にすぎない少額の和解金・・・の提案をしたからといって、直ちに被告ニップンが債務承認をしたとは認め難く、ほかに被告ニップンが債務承認をしたことを認めるべき事実の主張立証はない。」
「したがって、改正前民法147条3号による時効の中断は認められない。」
注)時効の更新は改正前民法では「時効の中断」という言い方がされていました。
3.少額の解決金支払いの申出は権利(債務)承認にならないことがあるので注意
上述のとおり、裁判所は、少額の解決金・和解金の支払いの申出に、権利承認・債務承認としての意義があることを否定しました。
消費者金融が時効間際の債権について一般消費者から少額の弁済を得た場合に、それが権利承認・債務承認に該当するのか否かには争いがあります。裁判例の中には、権利承認・債務承認の効力を制限的に理解するものも散見されます。
今回の裁判例は、個人が会社に請求を行った事案ですが、その場合であっても、少額の解決金の支払いに権利(債務)承認としての効力が認められるとは限らないことを明らかにしたものといえます。
請求額に比して少額の提案しか受けられていない場合、権利(債務)承認とは理解されず、普通に時効期間が徒過してしまう可能性があるため、時効切迫事案では、速やかに訴訟提起するなど完成猶予措置を取っておくことが必要です。