弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

裁判所に冗談は通じない

1.脈絡によって真逆の意味を持つ言葉

 脈絡によって真逆の意味を持つ言葉があります。

 例えば、「夜道は気を付けて帰れよ」という言葉があります。

 塾講師が、生徒である小中学生に対し、講義終了後にこの言葉を言ったとしても、通常、それが法的に問題になることはありません。

 しかし、暴力団員が、一般人に対し、凄んでこの言葉を使ったとしたら、それは脅迫として民事的にも刑事的にも問題になります。

 こうした日本語表現の多義性は、冗談としても良く使われます。

 有名な例として「押すなよ!絶対に押すなよ!」と言った後に押され、熱湯の中に落とされることをネタを思い浮かべる人もいるのではないかと思います。

絶対に押すなよとは (ゼッタイニオスナヨとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

 このネタは応用が利くからか、お笑いを生業としてない人の間でも、冗談として広く用いられています。

 よく使われているネタですし、このようなものを使ったからといって大事になることは普通ないと思っていたのですが、近時公刊された判例集に、これと類似した冗談を言って大学教授が国立大学法人の教育研究評議会の評議員への推薦を受けられなくなった事件が掲載されていました。奈良地判令4.12.20労働判例ジャーナル132-60 国立大学法人奈良国立大学機構事件です。

2.国立大学法人奈良国立大学機構事件

 本件で被告になったのは、奈良女子大学を設置、運営する国立大学法人です。

 原告になったのは、奈良国立大学生活環境学部の教授です。生活環境学部教授会における選挙により、次期教育研究評議会の評議員候補に選ばれたのですが、教職員グループの集会において、学長選考会議長に不当な圧力を加えるよう呼びかけたとして、学長Cから評議員への氏名を拒否されました(本件指名拒否)。

 「教育研究評議会」というのは、国立大学法人法21条に根拠のある国立大学の教育研究に関する重要事項を審議する機関のことです。

 国立大学法人の仕組みはやや独特で、経営に関する重要事項を審議する機関に「経営協議会」があります(国立大学法人法20条)。

 国立大学法人の学長は、この経営協議会と教育研究評議会から選出された者で構成される「学長選考・監察会議」という機関が学長を先行し、これに基づく国立大学法人の申出により、文部科学大臣によって任命されます(国立大学法人法12条)。

 本件で問題視されているのは、この「学長選考・監察会議」の議長に圧力を加えようとしたことです。

 具体的に何をやったのかというと、意向投票を実施しない学長選考方法に異論を唱える教職員の有志グループが開催した集会でのプレゼンです。

 元々、国立大学における学長の選考は、教員・教職員の意向調査の結果を重視して行われていました。奈良女子大学においても、意向調査の結果を考慮して学長が選考されていましたが、令和2年8月17日の学長選考会議は、意向調査を実施しないことを合意しました。有志グループによる集会は、これに異論を唱えるためのものでした。

 原告の言動について、裁判所では、次の事実が認定されています。

(裁判所の事実認定)

「意向投票を実施しない学長選考方法に異論を唱える教職員の有志グループは、令和2年12月1日、『緊急フォーラム 奈良女子大学の未来を考える-新しい学長に求められる課題-現場からの声』と題する集会(本件集会)を開催した。原告は、本件集会に報告者として参加し、『未来志向の工学教育~お茶の水女子大学の戦略との比較~』というテーマでプレゼンテーションを行った・・・。」

「原告は、上記プレゼンにおいて、資料をスライドで表示しながら、国立女子大学において工学部設置構想が進められているお茶の水女子大学と奈良女子大学について、設置に向けた動きの説明、戦略の比較、提案をした上で、いずれも学長主導で工学部新設が進められているのに内容が大きく異なるのは学長の選出方法が違うからだと説明し、他の国立大学における学長選考に教員の不満が続出している旨の新聞記事を紹介した後、意向調査を実施しない学長選考を『排他的学長選考』と表現し、奈良女子大学は、令和2年度の『排他的学長選考レース』の先頭を切って走っていると指摘し、最後に、我々職員はせめて学長選考会議に『公明正大な選出をお願いします』と手紙を出すことしかできないと述べた。」

原告がプレゼンの最後に表示したスライドには、『学長選考会議』の見出しの下、民間企業の代表取締役を務める学長選考会議の議長の氏名、肩書、会社住所を表示し、『議長に激励の手紙を出しましょう』『不透明な選考すると(中略)新聞の(中略)記者にタレこむぞ、とか書いたらダメです』『公明正大な選考をお願いしましょう』と記載されており(・・・以下、このスライドを『本件スライド』という。)、原告は、本件スライドを表示しながら、『公明正大な選出をしなければ新聞記者に垂れ込むぞとか書いたら駄目ですよ』どと、本件スライドの記載と同様の発言をした(以下『本件プレゼン発言』という。)。

 原告は、上記発言等を理由とする本件指名拒否をパワーハラスメントと構成したうえ、損害賠償を請求する訴訟を提起しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件指名拒否の違法性を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件プレゼン発言は、学長選考会議議長の氏名及び経営する会社の住所を明記した上で、同人に対して公明正大な選考を依頼する旨の激励の手紙を出すように呼び掛けるものであるところ、これが教職員に対する意向投票を廃止した奈良女子大学の学長選考を批判した後にされたことからすると、本件集会の参加者は、学長選挙の結果に対して影響を及ぼすために、直接議長に働き掛けることを煽動したものと理解するのが通常である。また、不透明な選考をすると新聞記者にたれ込むぞ、とか書いたらダメです、との部分は、同参加者において、脅迫的言辞を記載した手紙を送って議長に圧力を掛けることができることを示唆するものと理解するのが通常である(なお、原告は、本件スライドは、新聞記者への密告をやめるよう呼び掛けるものだと主張するが、本件スライドの文言全体から見ると、上記のような煽動の婉曲的表現と読み取ることが自然である。)。」

「国立大学法人の学長選考会議は、国立大学法人のミッションを踏まえた明確な理念に基づく責任のある法人の長を選考するため、国立大学法人ガバナンス・コードにおいて、意向投票によることなく、自らの権限と責任において慎重かつ必要な議論を尽くし、適正に選考を行うこととされ(3-3学長選考会議、補充原則3-3-1〔1〕)、奈良女子大学においても、これを受けて、学長選考会議における選考過程の見直しが行われたところである。このような学長選考会議の在り方からすると、各委員は、外部からの不当な働きかけや学内の圧力を受けることなく、公正な立場で選考に望むことが期待されているといえる。」

「本件プレゼン発言は、教職員らを中心とする本件集会の参加者に対して、『激励』と称して、議長の職場に大量の手紙を送り付けて議長又は会議に圧力を掛けることを煽動するものであり、学長選考会議の在り方に照らして、著しく不適切であることは明らかである。また、手紙の宛先とされた議長は学外の有識者であり、学内の教授によるこのような行動は、被告が主張するように、議長に対する萎縮的効果を招くのみならず、学長選考会議委員の選出母体である経営者会議の他の有識者らの被告又は奈良女子大学に対する信頼を損ねることになりかねないものである。さらに、実際に議長の会社に対して、そのような内容の手紙が大量に届けば、議長の会社における本来の業務が妨害されることは明らかである。」 

これに対し、原告は、本件プレゼン発言は冗談のつもりであり犯罪行為の意図はなく、実際に本件集会の参加者も冗談の趣旨を理解していた旨述べる・・・。しかし、仮にそうだとしても、本件プレゼン発言は本件集会の参加者には上記・・・の趣旨とも理解されるものであるから、原告が奈良女子大学の学長選考会議の在り方を批判したプレゼンにおいて本件プレゼン発言をしたことについて、学長選考会議の委員の選出母体である教育研究評議会の評議員としての適格性の欠如を根拠付ける事情と評価されてもやむを得ない。

そうである以上、原告による本件プレゼン発言を知ったC学長が、原告は大学の教育研究に関する重要事項を審議する機関である教育研究評議会の評議員には相応しくないと評価したことには、相応の理由があるから、本件指名拒否について、評議員指名についての学長の裁量権の範囲の逸脱又は濫用があったということはできない。

以上のことからすると、本件指名拒否は、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものではないから、パワハラに当たらず、国家賠償法1条1項の適用上、違法との評価を受けるものではない。

3.裁判所に冗談は通じない

 失うものの大きい国立大学の教授が、多数の人の参加している集会で、威力業務妨害罪にも該当しかねない行為を本気で扇動したというのは考えにくいように思います。

 実際、判決においても、学長選考会議議長宛てに手紙が送り届けられたという事実は認定されてません。おそらく、原告大学教授自身も、真に受けて手紙を送る人間などいるはずがないと思っていたはずであり、単に内輪受けを狙った冗談というのが実体に近いように思われます。

 しかし、裁判所は、冗談だろうが評議員としての適格性の欠如とみられる事情と評価されてもやむを得ないとして、本件指名拒否の適法性を認めました。

 個人的には、大量に手紙が届くなど実害が発生したのであればともかく、発言だけで学部から信任された大学教授を評議員候補から外すのは、些か強権的であるようにも思いますが、裁判所に冗談は通じませんでした。

 裁判所は良くも悪くも生真面目な組織なので、今後は、内輪の集会であったとしても、この種の言動は控えておいた方が良さそうです。