弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

退職金返納命令処分を争うにあたり、懲戒免職処分の処分事由を争えるのか?

1.懲戒免職処分と退職金返納命令処分

 国家公務員退職手当法12条1項1号は、

「懲戒免職等処分を受けて退職した者」

に退職金の全部又は一部を支給しない処分を行うことができるとしています。

 ただ、「できる」とはいうものの、昭和60年4月30日 総人第261号 国家公務員退職手当法の運用方針が、

「非違の発生を抑止するという制度目的に留意し、一般の退職手当等の全部を支給しないこととすることを原則とする」

と規定している関係で、懲戒免職処分を受けた場合、原則として退職手当の不支給処分がなされることになります。

 そして、こうした国の仕組みは、多くの地方公共団体でも、条例の形で採り入れられています。

 ここで問題になるのは、退職金の不支給処分を争うにあたり、懲戒免職処分で認定された処分事由を争うことができるのかという点です。

 懲戒免職処分と退職金不支給処分とは、運用上、基本的に連動するようになっていますが、法の規定で結びつけられているわけではありません。両者は飽くまでも別個の処分で、懲戒免職処分を争っていなかったとしても、退職金不支給処分を争い、その中で懲戒免職事由の存否や意味付けを争うことはできるのでしょうか。

 それとも、懲戒免職処分の処分事由は、懲戒免職処分の段階で争っておかなければならず、審査請求期間の徒過等によって懲戒免職処分が確定してしまった場合、後の退職金不支給処分の中で、その存否や意味付けを争うことはできなくなってしまうのでしょうか。

 懲戒処分などの不利益処分に対する審査請求は、処分説明書を受領した日の翌日から起算して3か月以内にしなければならないと、不服申立期間が極めて短く設定されています(国家公務員法90条の2)。

 そのため、退職金不支給処分だけを争い、懲戒免職処分を放置しておくと、退職金不支給処分を争う中で懲戒事由の存否や意味付けが問題になるにもかかわらず、懲戒免職処分の効力を争うことができなくなるという現象が生じることがあります。

 この場合、懲戒免職処分の処分事由の存否や意味付けを争うことができなくなってしまうとなると、退職金不支給処分の取消の依頼を受けた弁護士としては、懲戒免職処分の取消まで争っておかなければならず、これを失念した場合、弁護過誤としての責任を問われかねないことになります。そのため、懲戒免職処分と、それに続く退職金不支給処分との関係性が、弁護士にとっては大きな関心事になるのです。

 近時公刊された判例集に、地方公務員の事案ではあるものの、この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が掲載されていました。札幌地判令元.11.12判例タイムズ1471-48です。

2.札幌地判令元.11.12判例タイムズ1471-48

 本件は退職手当の返納命令(本件処分)の取消訴訟です。

 原告は北海道教育委員会の職員であった方です。定年退職により退職手当を受領した後、定年後再任用されました。

 しかし、再任用期間中、定年退職前に、偽造した校長・教頭の私印を用いて私費会計の事務処理を校長の決済を受けることなく繰り返し単独で行ったことなどが発覚し、懲戒免職処分を受けました。その後、退職手当の返納命令(本件処分)がなされ、これだけが取消訴訟の対象になったという経過が辿られています。

 この裁判の中で、原告は、

「本件処分の前提となる本件懲戒処分が違法であるから、本件処分も違法である」

という主張を展開しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり判示し、退職手当返納命令処分は懲戒免職処分とは別個独立の処分であるとして、非違の内容等を改めて考慮する可能性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件懲戒処分が違法であるから、本件処分も違法であると主張する。」

「しかしながら、本件条例12条1項1号、15条1項2号によれば、退職手当返納命令処分は、懲戒免職等処分を受けて退職した者に対し、非違の内容等を勘案して行われるものであって、その判断に当たっては、懲戒免職等処分の処分事由となった非違の内容等が改めて考慮されることになっている。そうすると、退職手当返納命令処分は、懲戒免職処分等を前提とするものではあるが、これとは別個独立の処分であるというべきであるから、前者の処分の違法性が後者の処分に承継されると解することはできない。このように解しても、被処分者としては、懲戒免職処分等を受けた時点で当該処分の違法性を争うことができるのであるから、その手続保障に欠けるところはない。」

3.分かりにくい判示にはなっているが・・・

 北海道職員等の退職手当に関する条例は、以下のような規定になっています。

-12条1項-

退職をした者が次の各号のいずれかに該当するときは、当該退職に係る退職手当管理機関は、当該退職をした者(当該退職をした者が死亡したときは、当該退職に係る一般の退職手当等の額の支払を受ける権利を承継した者)に対し、当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任、当該退職をした者の勤務の状況、当該退職をした者が行った非違の内容及び程度、当該非違に至った経緯、当該非違後における当該退職をした者の言動、当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに当該非違が公務に対する信頼に及ぼす影響を勘案して、当該一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができる。
(1) 懲戒免職等処分を受けて退職をした者

(略)

-15条1項-

退職をした者に対し当該退職に係る一般の退職手当等の額が支払われた後において、次の各号のいずれかに該当するときは、当該退職に係る退職手当管理機関は、当該退職をした者に対し、第12条第1項に規定する事情のほか、当該退職をした者の生計の状況を勘案して、当該一般の退職手当等の額(当該退職をした者が当該一般の退職手当等の支給を受けていなければ第10条第2項、第5項又は第7項の規定による退職手当の支給を受けることができた者(次条及び第17条において「失業手当受給可能者」という。)であった場合にあっては、これらの規定により算出される金額(次条及び第17条において「失業者退職手当額」という。)を除く。)の全部又は一部の返納を命ずる処分を行うことができる。
(略)
(2) 当該退職をした者が当該一般の退職手当等の額の算定の基礎となる職員としての引き続いた在職期間中の行為に関し再任用職員に対する免職処分を受けたとき。

(略)

 細かな表現の違いはありますが、基本構造としては、国家公務員退職手当法と同様の形になっており、本件の判示は、国家公務員の場合のほか、多くの地方自治体の職員に対しても、妥当する可能性があります。

 そのため、一地方条例の解釈を示す判示ではあるものの、退職金返納命令について、懲戒免職等処分の処分事由となった非違の内容等を改めて考慮することが可能との判断を示した点には、重要な意義があります。

 「被処分者としては、懲戒免職処分等を受けた時点で当該処分の違法性を争うことができるのであるから、その手続保障に欠けるところはない。」との判示は、通常、退職金返納命令の段階で懲戒免職事由の存否や内容を争うことを否定するベクトルに働く事情であることから、本件の判示は理解しづらいものになっています。しかし、別の個所で、本件の裁判所が、懲戒免職処分との関係での不服申立手続でも提出可能な事情にも踏み込んで、これを排斥していることからも、退職手当の不支給処分・返納命令の中で、懲戒解雇事由の存否や意味付けを否定することは、不可能ではないのだろうと思います。

 実務的には、退職手当の支給を受けたい場合、懲戒免職処分の効力の段階から争った方が無難だとは思いますが、何らかの理由でこれをしなかったとしても、必ずしも懲戒免職処分の処分事由の存否や意味付けを争うことを諦める必要はなさそうです。