弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

供述の変遷を突かれるリスク-事実関係の確認は正確に

1.主張書面の確認

 訴状や準備書面など、当事者の言い分を記載した書面を「主張書面」といいます。

 主張書面を裁判所に提出するにあたっては、事前に依頼者に送り、記載された事実関係の正誤を確認してもらうのが普通です。

 この確認作業は、かなり入念に行ってもらうことが必要です。なぜなら、主張した事実が誤っていたとして、後日、主張を訂正する場合、そのこと自体が不合理な主張の変遷として、裁判で不利に取り扱われる危険があるからです。

 近時公刊された判例集にも、供述の変遷が一因となって、原告労働者の主張が排斥された裁判例が掲載されていました。大阪地判令4.7.20労働判例ジャーナル129-32 ONE CHOICE事件です。

2.ONE CHOICE事件

 本件で被告になったのは、不動産の管理、賃貸借、売買、仲介及びコンサルティング等を主たる事業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、主に中国人向けの不動産の売買契約又は賃貸借契約の仲介に係る営業業務に従事していた方です。未払の歩合給があるとして、その支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では、歩合給を支給する合意の有無及び内容が争点となりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、主張の変遷を一因として挙示したうえ、歩合給合意の存在を否定しました。

(裁判所の判断)

(1)原告の主張及び原告本人の供述等

「原告は、平成30年1月に、本件歩合給合意が成立したと主張し、原告本人の供述等には、bが、平成29年12月末の忘年会で、原告に対し、原告について歩合給を導入することを予定しており、歩合給は15%にする予定である、これまでの原告の営業実績からすると、総支給額は増える、などと述べ、その後、bは、平成30年1月初旬、被告の会議において、原告及びcを対象として歩合給を導入する旨を告げ,その際に配布されたメモには、売上実績の15%が歩合給となる旨が記載されていた、歩合給は、原告が担当する客について契約が成立した場合に支払われることになっていた。などと、原告の主張に沿う部分がある。」

(2)原告本人の供述を裏付ける客観的証拠がなく、被告代表者の反対供述があること

「しかしながら、原告本人の供述を直接裏付けるに足りる客観的な証拠はないところ、被告代表者は、平成28年12月分以降の賃金において、原告の最低保証給を月額25万円とし、原告が不動産取引の新規の顧客を連れてきた場合、新規の対象物件を取り付けてきた場合、被告に利益が出るようなアドバイスをした場合などで、被告に利益が発生した場合には、ボーナスを支給していた、『ボーナス分割』若しくは『売上協力』又は『歩合給』名目の金員には、固定給である25万円と基本給の18万円との差額7万円が含まれている、歩合給を支給する合意はなかった旨供述するところ、確かに、原告の賃金台帳の内容によれば、平成29年1月分の役職手当が1円単位の金額となり、同年2月分以降は、同年5月分から同年8月分までを除き、ボーナス分割の項目に1円単位の相当額の金員が計上されていて、これらの合計が原告に支払われているのであって、被告代表者の供述が一定裏付けられている。」

(3)原告が主張し、原告本人が供述等する合意内容が不明確であり、合理性にも疑問があること

「一方、原告本人の供述等の内容についてみると、原告本人が供述等する歩合給の支給要件は、自らが担当する取引において契約が成立したこと以外には定まっておらず、その内容が具体的に書面化されてもいないというのであり、とりわけ、他の営業担当者に協力した場合の歩合給については、細かいルールはなく、原告は、自らが協力してもらったと認めた営業担当者の氏名を記載していた、というのであって、非常に曖昧なものである。」

「また、原告は、本件歩合給合意の適用が開始される時期という重要な事実について、令和元年9月2日付け訴状において、平成29年1月に同年2月分以降の賃金から歩合給を支給するとの合意が成立した旨被告代表者の供述に沿う主張をしていたが、その後、令和3年12月6日に提出した同日付け準備書面において、平成30年1月に同年2月分の賃金から歩合給を支給するとの合意が成立した旨主張を訂正している(なお、原告は、令和4年5月17日の口頭弁論期日で、平成30年1月に同月分以降の賃金から歩合給を支給するとの合意が成立した旨訂正の上で同準備書面を陳述している。)ところ、そのように訂正するに至った理由は不明であって、かかる経過からは、原告本人の供述等の信用性を慎重に吟味せざるを得ない。

「そして、仮に、原告本人が供述等するように、自らが担当者として関与し、又は別の担当者に何らかの形で協力した取引において契約が成立するに至ったことのみによって、その利益(仕入価格と売却価格の差をいうものと解される。)の15%もの歩合給が支給されるとすると、g店舗住宅のように自社で仕入れてこれを転売し、多額の転売差益が発生した場合には、仲介契約の場合に比べて非常に歩合給が高額となる可能性がある(仲介の場合、仲介手数料は販売額の3%程度(原告本人))。しかも、転売の場合、被告は、売却するまでの間に発生する税金や諸費用を負担する必要があるほか、仕入れ及び転売に際しても、それぞれ一定の諸費用が発生するはずであって、にもかかわらず、このような費用等を考慮せず、転売差益の多寡を問わず、仲介手数料と同様に転売差益すなわち仕入価格と売却価格の差額の15%もの額を歩合給として支払うというような賃金条件は合理的なものとは言い難く、そのような賃金条件を被告が定めるとは直ちには考えにくい。」

「むしろ、原告本人の供述等によれば、各営業担当者は、獲得した売上実績を記載した売上計算書を作成して被告に提出するものの、歩合給の支給対象となるかどうかは、最終的にbが決めることになっていて、具体的な支給基準は定められていなかったというのであって、かかる供述等によれば、具体的な歩合給の支給の有無及びその額の決定はbの裁量に委ねられていた可能性が高く、原告が、cから、100万円以上の歩合給が支給されるような大きな売上実績を上げたにもかかわらず、手取額が数十万円しかなかったとの話を聞かされていたこと(原告本人)もこのような判断を裏付けるものであるといえる。そして、このような性質の歩合給は、むしろ、被告代表者が供述するように被告が会社の業績や従業員の実績等を踏まえて査定し、決定するボーナスすなわち賞与としての性格が強いものといえる。」

3.主張変遷のリスクに注意

 本件は主張の変遷だけで敗訴した事案ではありません。

 しかし、主張の変遷は、色眼鏡となって、供述の信用性等を慎重に吟味検討しなければならない根拠として指摘されるなど、裁判全体に好ましくない影響を与えています。

 主張の変遷は、このように裁判全体に悪影響を与える可能性もあるため、事実関係の正誤のチェックは、できるだけ入念に行ておくことが推奨されます。