弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

「もう勤まらない」と発言し、貸与された携帯電話等を置いて以降出勤しなかったことが辞職ではないとされた例

1.自暴自棄的な発言

 労使関係が悪化してくると、労使間で、しばしば、辞める/辞めないといった緊張した会話が交わされます。

 こうした会話の中で、使用者から言葉尻を捉えられ、辞職の意思表示を行った/合意退職の申込みをしたなどとして、強引に雇用契約を終了させられることがあります。

 しかし、売り言葉に買い言葉が飛び交う中で、自暴自棄的な発言がなされた程度であれば、雇用契約終了の効力を争える可能性は十分に残されています。そのことは、近時公刊された判例集に掲載されていた裁判例、東京地判令5.3.28労働経済判例速報2538-29 永信商事事件からも分かります。

2.永信商事事件

 本件で被告になったのは、貨物運送業を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない雇用契約(本件雇用契約)を締結し、貨物自動車の運転手として働いていた方です。

 本件では、原告が被告代表者と話合いをしている中で、

「もう勤まらない。」

と発言したところ、被告代表者から、

「勤まらないのであれば、私物を片付けて。」

と言われました。

 その後、原告は貸与された携帯電話や健康保険証を置いて被告の事務所を立ち去り、翌日以降、出勤をしませんでした。

 被告は、これを辞職ないし合意退職の申込みとして扱い、本件雇用契約を終了したものと扱いました。

 これに対し、辞職ないし合意退職の申込みの意思表示をしていないとして、原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位の確認等を請求したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、辞職ないし合意退職の申込みの意思表示をしたということはできないと判示しました。結論としても、地位確認請求を認容しています。

(裁判所の判断)

「被告は、令和3年12月27日、被告代表者が、原告がC大へフローリング材を搬送した際にガードマンに暴言を吐くなどしたと聞き及んだことから、原告に問い質したところ、原告が『もう勤まらない。』と発言した(本件発言)ため、『勤まらないのであれば、私物を片付けて。』と返答したところ、原告が、貸与された携帯電話及び健康保険証を置いて被告の事務所を立ち去り、翌日以降出勤しなかったことを指摘して、原告が辞職又は退職合意申込みの意思表示をした旨を主張する。」

「しかし、被告が主張する原告が本件発言をするに至った経緯を前提としても、原告が被告における就労意思を喪失したことを窺わせる事情は見当たらず、本件発言は、被告代表者からC大の案件について問い質されたことに憤慨した原告が、自暴自棄になって発言したものとみるのが自然であり、これを辞職又は退職の意思をもって発言したものとみるのは困難である。

「また、原告が本件発言をした後、健康保険証等を置いて被告の事務所を去り、翌日から出勤しなかったとする点も、被告代表者の『勤まらないのであれば、私物を片付けて。』との返答を受けての行動であって、かかる発言は、社会通念上、原告の退職を求める発言とみるのが自然であること(当該発言について、被告代表者は、文字どおり原告が使用していた私物を整理することを求めたにすぎない旨を供述するが、採用できない。)からすると、これを解雇と捉えた原告がとった行動とみて何ら不自然ではなく、その約3週間後(年末年始を挟んでいるため、近接した時期といえる。)である令和4年1月15日に、原告が被告に対し解雇予告手当の支払などを求める書面を被告に送付していること・・・もこれを裏付けるものといえる。

「そうすると、被告主張の事実から原告が辞職又は退職合意申込みの意思表示をしたということはできない。

「また、この点を措いても、原告が本件発言をした事実を認めるべき証拠は、被告代表者の供述のみであって、これを裏付ける証拠は提出されていない。」

「被告は、本件発言を否定する原告本人の供述に対する弾劾証拠・・・を提出するが、本件発言がなされたとする原告と被告代表者のやり取りに先立つ原告の就労状況について客観的事実と異なる点があったとしても、当該やり取りに関する原告本人の供述が弾劾されるとはいい難く、かつ原告本人の供述(反対証拠)が弾劾されたからといって、直ちに裏付けを欠く被告代表者の供述の信用性が増強されるともいい難いのであって、結局のところ、原告が本件発言をした事実を認定することは困難である。」

「したがって、原告が辞職又は退職合意申込みの意思表示をしたとは認められず、本件雇用契約は現在(本件口頭弁論終結時)も存続している。」

3.多少言い過ぎても問題ない

 辞職や合意退職の意思表示など、重要な意向の表明は、慎重に認定される傾向にあります。売り言葉に買い言葉が飛び交う中で、多少の言いすぎがあっても回復できることが少なくありません。貸与品を置いて帰ったり、出勤を控えるようになったりしたことも同様です。

 早計に辞めると言ってしまった-そうしたお悩みをお抱えのかあは、一度、弁護士のもとに相談に行って診ても良いかも知れません。もちろん、当事務所でも相談はお受付しています。