1.傷病を理由とする解雇
労働契約法16条は、
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」
と規定しています。
一般論として言うと、疾病に罹患して労務提供義務を履行できなくなったことが、解雇理由に該当し得ることは否定できません。
他方、労働基準法19条本文は、
「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。」
と規定しています。
疾病に業務起因性が認められる場合、原則として休業期間中に解雇されることは禁止されています。
こうした法制度を前提とすると、解雇を阻止したい労働者としては、
解雇に客観的合理性、社会通念上の相当性がないこと、
あるいは、
疾病に業務起因性があること、
のいずれかを指摘すれば良いように思います。
それでは、疾病を理由とする解雇について、判断に順序はあるのでしょうか?
また、私傷病の疾病なのか業務上の疾病なのかはっきりとしない場合に、使用者にはどの程度の調査検討義務があるといえるのでしょうか?
昨日ご紹介した、水戸地判令6.4.26労働判例1319-87労働判例ジャーナル149-48 大津漁業協同組合事件は、この問題を考えるうえでも参考になります。
2.大津漁業協同組合事件
本件で被告になったのは、漁場の利用に関する事業等を事業目的とする漁業協同組合です。
原告になったのは、被告に雇用されて、
製氷係長として勤務していた方(原告A)
販売課で勤務していた方(原告B)
の二名です。
原告Aは、週刊誌記者に対し被告が放射性物質分析結果を改竄したという虚偽の情報をリークしたなどと言われ、普通解雇(本件解雇1)されました。
原告Bは、抑うつ状態により業務に耐えられない状態にあるとして、やはり普通解雇(本件解雇2)されました。
これを受けて、原告A、原告Bが共同原告となって、解雇の効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
冒頭に掲げたテーマとの関係で注目したいのは、本件解雇2に関する判示です。
裁判所は、次のとおり述べて、本件解雇2の効力を否定しました。
(裁判所の判断)
「本件解雇2が、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められないものであった場合、本件解雇2は、原告Bの疾病が労基法19条1項に規定する業務上の疾病に当たるかを検討するまでもなく、権利を濫用したものとして無効となる。そこで、争点(2)に先行して、まず、争点(3)について検討する。」
「認定事実・・・のとおり、原告Bは、令和3年2月4日以降、解雇の意思表示がされた令和4年1月23日まで、11か月以上に亘って、抑うつ状態を理由に被告に出勤しなかったことが認められる。」
「そして、認定事実・・・のとおり、原告Bは、令和3年2月6日に医師の診察を受けた際、本件アンケートやD参事からの叱責・・・のほか、仕事の負荷を以前から感じていたことや、原告Aの休職処分により被告への不信感が増したことなどを述べ、医師は職場でのストレスが強く抑うつ状態にあると診断したことが認められる。かかる事実に照らせば、原告Bの抑うつ状態は、少なくとも被告での業務と無関係に生じたものであったということはできない。その上で、認定事実・・・のとおり、原告Bは、被告に対し、同月8日、診断書を提出し、同年3月23日、自身の抑うつ状態が業務上の理由によるものと考えているとの旨伝えたことに照らせば、被告においては、原告Bの欠勤の理由が抑うつ状態にあること、かかる抑うつ状態が被告での業務に起因するものである可能性があることを認識していたものと認められる。そうすると、被告としては、原告Bの解雇を検討するに当たり、原告Bの病状の詳細を把握し、その状態に応じて配置可能な業務の有無も含め、原告Bの職場復帰の可能性を慎重に検討することが求められるというべきである。しかしながら、認定事実・・・のとおり、被告は、令和3年3月17日に原告Bに対して欠勤理由の説明を求め、同月30日に原告Bに対してE専務又はD参事に病状等を報告するよう求めたものの、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、上記のほかに、被告が原告Bに対して病状の報告や診断書の提出を求めたことはなかったことが認められる。そして、認定事実・・・のとおり、原告Bは、同月31日、労働組合に加入し、被告に対して、団体交渉を申入れ、その後原告らと被告との間で本件解雇2までに3回の団体交渉が行われており、被告としては、上記同日以降、原告Bの病状や復帰見込みについて、労働組合を通じて確認することは可能であったといえる。それにもかかわらず、被告は、同月30日を最後に、原告Bが労働組合に加入して以降、病状等の報告を一切求めることなく、原告Bが精神の障害により業務に耐えられないとして解雇しており、その判断は早急に過ぎるものといわざるを得ない。」
「以上によれば、原告Bが精神の障害により業務に耐えられない状態にあったか否かにかかわらず、本件解雇2は、社会通念上相当性を欠くものと解するのが相当である。」
「この点、原告Bは、認定事実・・・のとおり、令和3年2月8日に被告に診断書を提出し、同年3月23日に医師からまだ出勤しない方がよいと言われている旨を被告に通知したが、原告Bが、これらのほかに、診断書の提出や具体的な病状、復帰時期の見込みの報告等をしたことを認めるに足りる証拠はない。しかし、抑うつ状態にある原告Bに対して、自発的な病状の報告等を求めることは酷な面もあり、上記のとおり、被告としても労働組合を通じるなどして病状等の報告を求めることも可能であった以上、原告Bが自発的に報告等をしなかったことをもって、直ちに本件解雇2の相当性が基礎付けられるものではなく、このことは上記判断を左右しない。」
「したがって、本件解雇2は、社会通念上相当であるとは認められないものであり、権利を濫用したものとして無効である。」
3.業務上なのか私傷病なのかはっきりとしないケース
ある疾病が業務に起因するのかどうかを判断することは、必ずしも容易ではありません。よりはっきりと言ってしまえば、法的措置をとって裁判所の判断が出るまで、よく分からないことが少なくありません。
そのため、疾病を理由として解雇されるパターンでは、
疾病の業務起因性
解雇権濫用
の二本建ての主張をして行くことになります。
その際、解雇権濫用の主張を展開して行くにあたっての下位規範として、
「業務に起因するものである可能性があることを認識していたものと認められる。そうすると、被告としては、原告Bの解雇を検討するに当たり、原告Bの病状の詳細を把握し、その状態に応じて配置可能な業務の有無も含め、原告Bの職場復帰の可能性を慎重に検討することが求められる」
「原告Bが自発的に報告等をしなかったことをもって、直ちに本件解雇2の相当性が基礎付けられるものではな(い)」
とのルールは、実務上、参考になるように思われます。