1.労働事件と「アンケート」
労働事件を処理していると、至るところで「アンケート」が出てきます。
例えば、大学教員等に対する解雇・雇止め事件を処理していると、しばしば「学生アンケート」が登場します。これは「学生からの評判が芳しくないから、労働契約を解消する」といったように使われます。
ハラスメント事件を処理していると、「従業員アンケート」が出てきます。労働者側がハラスメントとして主張する事実について「従業員アンケートをとってみたけれど、現場を目撃した人はいなかった」という使われ方がされます。
従業員アンケートに関して言うと、攻撃的に使われることもあります。特定の従業員を念頭にアンケートをとり「このとおり、みんなが迷惑している」といったように、目障りな労働者に圧力をかけるためにも利用されることもあります。
このように、アンケートには、実に様々なバリエーションがあります。そして、その中には、攻撃的なアンケートのように問題があるものも少なくありません。近時公刊された判例集にも、アンケートの問題を取り上げた裁判例が掲載されていました。水戸地判令6.4.26労働判例1319-87労働判例ジャーナル149-48 大津漁業協同組合事件です。
2.大津漁業協同組合事件
本件で被告になったのは、漁場の利用に関する事業等を事業目的とする漁業協同組合です。
原告になったのは、被告に雇用されて、
製氷係長として勤務していた方(原告A)
販売課で勤務していた方(原告B)
の二名です。
原告Aは、週刊誌記者に対し被告が放射性物質分析結果を改竄したという虚偽の情報をリークしたなどと言われ、普通解雇(本件解雇1)されました。
原告Bは、抑うつ状態により業務に耐えられない状態にあるとして、やはり普通解雇(本件解雇2)されました。
これを受けて、原告A、原告Bが共同原告となって、解雇の効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
アンケートとの関係で注目したいのは、原告Bに対する解雇(本件解雇2)です。
原告Bの主張の骨子は、
抑うつ状態となったのは、被告での業務における精神的ストレスが原因であった、
本件解雇2は、業務上の疾病の療養のための休業期間内にされた解雇として、労基法19条1項に反し、無効である。
という点にありました。
Bは精神的ストレスの原因として幾つかの事実を主張しましたが、その中の一つに、アンケートの問題がありました。具体的な主張の内容は、次のとおりです。
(Bの主張)
「令和2年8月12日、原告Bは、原告Aを含む他の職員らと共に、被告組合長宅を訪問し、組合長の妻との間で、被告における不正等の問題について話し合いをした。これに関し、E専務及びD参事は、同月20日、原告Bを呼び出し、『自分の意思で行ったのか』と大声を出して詰問し、『もし自分の意思で行ったなら処分を考える』などと脅した。」
「また、被告は、職員らに対し、令和3年1月20日、『昨年の一部職員による、争議についてお尋ねいたします。』などと、被告内部での不正等を改善しようと活動していた原告らを非難する内容のアンケート(以下『本件アンケート』という。)を実施した。原告Bは、自身も非難されていると心理的圧迫を受けた。」
ここで言われている「本件アンケート」は、次のようなものであったとされています。
(裁判所が認定した「本件アンケート」の内容)
「アンケートには、冒頭部分に『昨年の一部職員による、争議についてお尋ねいたします。』と記載され、『上司に対する反感からの行為をどう思いますか?』『同僚・上司に対しての根拠のない誹謗中傷をどう思いますか?』『確たる証拠のない事に対しての部外者への噂の流布をどう思いますか?』などの質問項目があり、『1.良いと思う・2.悪いと思う・3.どちらとも思わない』との回答の選択肢が設けられていた。また、『これ等の行為を長年に亘り繰り返す職員がいたとしたら』という質問項目には『1.これからも仲良く付き合いたい・2.付き合いたくない・3.どちらとも言えない』との回答の選択肢が設けられていた。なお、上記『一部職員』とは、原告A及びF課長を指すものであった」
この事案で、裁判所は、本件解雇2を無効としたうえ、次のとおり述べて、原告Bが働けなかったのは、被告の責めに帰すべき事由によると判示しました。
(裁判所の判断)
「認定事実・・・のとおり、原告Bは、原告Aを含む他の職員らとともに、令和2年8月頃から、被告の職場環境等を改善することを目的とした活動を行っていたところ、認定事実・・・のとおり、令和2年11月30日には、原告Aが理由を示されることなく被告から休職処分を受け、その後、令和3年1月末から2月初め頃には、原告A及びF課長のことを指した本件アンケートが被告により実施された。そして、本件アンケートは、その内容に照らして、被告の業務や職場環境の改善等の正当な目的の下に行われたものとはいい難く、原告A及びF課長を非難し、あるいは、他の職員らから孤立させるよう促す内容のものであったと評価されてしかるべきである。このように、原告Bにとっては、活動を共にしていた原告Aが休職とされ、その約2か月後には、原告Aを非難する内容のアンケートが実施されたのであるから、自らもなにがしかの処分を受けるかもしれないとの不安や、被告に対する不信感を感じてもやむを得ないものであって、本件アンケートによる原告Bの精神的ストレスは小さくなかったものと解される。その上で、認定事実・・・のとおり、原告Bは、令和3年2月6日に医師の診察を受けた際に、原告Aの休職や本件アンケートについて述べていたことを踏まえると、本件アンケートによる精神的ストレスが、原告Bの抑うつ状態の発症に相当程度寄与したものと考えられる。」
「また、認定事実・・・のとおり、D参事は、原告Bが被告に出勤することができなくなった日の前日である令和3年2月3日、原告Bに対して大声を出して叱責したこと、その理由には、少なくとも、原告Bが勤務時間中にゲームをしていたことが含まれていたことが認められる。そして、原告Bの本人尋問における供述中には、上記叱責を受けた際、他の職員2名と共にゲームをしていたとの旨の供述部分があり、D参事の証人尋問における証言中にも、上記叱責をした際、同じ場に原告Bの他に2名の職員がいたとの旨、原告B以外の職員2名が何をしていたのかは覚えていない、わからないとの旨の証言部分があることからすると、上記叱責の際、原告Bは、他の職員2名とゲームをしていたものと考えられる一方で、D参事が、原告B以外の職員2名に対しても同様に注意や叱責をしたとの事情はうかがわれない。そうすると、D参事による上記叱責は、原告Bに対して、自己のみが叱責を受けたとの不公平感を感じさせるものであったというべきであり、叱責の前提として、原告Bが職務に専念していなかったことを踏まえても、その方法及び態様が、全く相当性を欠くものではなかったとまではいえない。そして、上記叱責の日の翌日から原告Bは出勤することができなくなったのであるから、上記叱責が、原告Bの抑うつ状態の発症に相当程度寄与したことは明らかである。」
「以上によれば、原告Bが、抑うつ状態により令和3年2月4日以降令和5年2月に至るまで被告での就労が不能であったのは、本件アンケートを実施し、上記叱責をした、被告の責めに帰すべき事由によるものと解するのが相当である。」
(中略)
「したがって、原告Bは、改正前民法536条2項により、令和4年3月1日以降も、遅くとも毎月25日限り、上記・・・と同額の本給及び各手当の合計25万円の支給を受ける権利を失わない。」
3.自分をターゲットとしたアンケートではなくてもストレス因となる
本件で興味深く思ったのは、本件アンケートが原告Bをターゲットとしたものではなかったことです。令和5年9月1日 基発0901第2号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」は、
「業務に関連し、悲惨な事故や災害の体験、目撃をした」
という具体的出来事との関係で、
「業務に関連し、本人の負傷は軽症・無傷で、生命等に支障はないような悲惨な事故等の体験、目撃をした」
「特に悲惨な事故を目撃したが、被災者との関係は浅く、本人が被災者を救助できる状況等でもなかった 」
といった場合を中等度の心理的負荷要因として位置付けています。
https://www.mhlw.go.jp/content/001140931.pdf
認定基準に掲げられている心理的負荷評価表には他人がハラスメントを受けている場面を目撃したという記載はないのですが、精神疾患(抑うつ状態)の発症への寄与が認められていることからすると、原告Aをターゲットとしたアンケートに触れたことについて、悲惨な事故や災害の体験・目撃に準じるようなものとして受け止められたのかも知れません。
同僚がハラスメントを受けている場面は、見ていて気分が良いものではありません。従業員攻撃型のアンケートは、ターゲットとされている従業員以外にもストレスを与えます。今回、そのことが裁判所で認められたのは、画期的な判断であるように思われます。