弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

退職勧奨時の「厳しい処分が待っている」は解雇のサイン?

1.退職勧奨と非違行為

 退職勧奨が行われる背景には、様々なものがあります。

 整理解雇の前段階として行われる場合や、単なるハラスメントとして行われる場合など、労働者に帰責性のないものがある反面、職務適格性の不足や、非違行為の存在など、労働者に問題があって行われる場合もあります。

 非違行為の存在を背景として退職勧奨が行われる場合、退職しないという選択をとると、懲戒処分が予想されます。懲戒処分は、譴責・戒告のような軽微な処分から、懲戒解雇のような重大な処分まで、段階的に設けられているのが普通です。

 問題は、退職勧奨を断ってみるまで、どのような処分が行われるのかが分かりづらいことです。断っても懲戒解雇にならなければ雇用は維持されるのですが、非違行為の内容によっては懲戒解雇されることがあります。懲戒解雇の効力を覆すには法的措置をとる必要がありますし、法的措置をとったからといって確実に効力が覆るとも限りません。

 なぜ、断ってみるまでどのような処分が行われるのか分からないのかというと、使用者側で口を濁すことが多いからです。懲戒解雇事由がないにもかかわらず、懲戒解雇を示唆して合意退職を迫ると、合意が成立したとしても、その効力を否定されることがあります。これを警戒してか、高い確度で裁判所の判断を予測できる場合を除き、断った場合にどのような処分を行うかは明確にされないのが普通です。

 それでは、使用者側から「厳しい処分が待っている」という趣旨の発言を伴う退職勧奨を受けた場合、労働者側としては、これをどのように受け止めれば良いのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。札幌高判令4.10.21労働判例1319-159 医療法人A病院従業員ら事件です。

2.医療法人A病院従業員ら事件

 本件で原告(控訴人)になったのは、病院(本件病院)で臨床検査技師として勤務していた方です。

 被告(被控訴人)になったのは、

本件病院の事務部長(被告事務部長・被控訴人事務部長)と

原告の上司であった方(被告科長・被控訴人科長)です。

 原告の方は、不当な退職勧奨を受け、真意に基づかない合意退職を強要されたなどと主張して、被告らに対して損害賠償を請求しました。

 原審が原告の請求を棄却したことを受け、原告側で控訴したのが本件です。

 この事件の特徴的なところは、内部協議及び外部弁護士への相談の結果、直ちに超過い解雇とすることは困難という判断に至りながらも、

厳しい処分を検討しているが、

合意退職をするのであれば処分をしない、

といったことが告げられて退職勧奨が行われたことにあります。

 この事案で本件控訴審裁判所は、次のとおり述べて、退職勧奨の違法性を否定しました。

(裁判所の判断)

退職勧奨自体は当然に不法行為を構成するものではないし、仮に労働者に対して懲戒処分の対象となる旨を告知した上で退職を勧奨する場合であっても、それが、例えば、解雇事由が存在しないにもかかわらずそれが存在する旨の虚偽の事実を告げて退職を迫り、執拗又は強圧的な態様で退職を求めるなど、社会通念上自由な退職意思の形成を妨げる態様・程度の言動をした場合に当たらなければ、意思決定の自由の侵害があったとはいえず、かえって、当該労働者としては、懲戒処分の当否を争うのか否か、すなわち、懲戒処分を受ける危険にさらされることと自主退職してこれを避けることとの選択をする機会を得られるという利益を享受することができる場合もあるといえる。そうすると、懲戒処分の対象となる旨を告知した上で行う退職勧奨が原則として不法行為を構成するということはできないというべきである。

「控訴人は、被控訴人事務部長が控訴人に対して自主退職しなければ解雇を含む何らかの懲戒処分がされる旨を告げたと認定すべきであり、懲戒権を背景とした退職勧奨をしたから、被控訴人事務部長による退職勧奨行為は不法行為を構成する旨主張する。」

「しかしながら、上記・・・において引用・説示したとおり、被控訴人事務部長は控訴人に対して処分の内容等をいまだ検討中であるという旨を告げたにとどまり、虚偽を告げて控訴人を誤信させるなど控訴人の意思決定の自由を侵害したとはいえない。控訴人が(懲戒)解雇となることを恐れる旨の発言をし、被控訴人事務部長がこれを否定しなかったことは認められる・・・ものの、被控訴人事務部長が控訴人の誤解を招く言動をしたとはいえず、控訴人が自らそのような危惧感を持ったにすぎない。上記控訴人の主張はその前提とする事実を認定することができず失当である。」

「控訴人は、本件退職勧奨の際、被控訴人事務部長が控訴人の非違行為として挙げた各行為は事実として存在せず、又は本件病院の就業規則上の譴責基準及び懲戒解雇基準に該当せず、本件法人が控訴人に懲戒処分を行うことは客観的にあり得ない状況であった旨主張する。また、控訴人は、外部弁護士から同部長がまとめた非違行為に基づいて控訴人を懲戒解雇することはできない旨の見解を示されていた同部長には、本件法人の就業規則を検討すれば、控訴人の非違行為とされた行為が譴責基準にすら該当しないことが判明し、1回目の面談前に、解雇以外の懲戒処分もすることができないことを認識できたにもかかわらず、2度の面談において、控訴人に対して懲戒処分が行われると主張し続けた過失がある旨主張する。」

「しかしながら、被控訴人事務部長が控訴人の非違行為として挙げた各行為についてみるに、無断無償発注行為については、被控訴人事務部長が当該行為によって本件法人に生じる損害に誤解があったことは認められるものの、控訴人が病院職員の地位を利用して取引業者から便宜を受けたことに変わりはなく、就業規則21条1)、12)及び13)の定めに違反するものとして、同規則72条4)、11)、17)及び18)所定の懲戒解雇基準に該当するとみることも可能であり、少なくとも譴責基準に該当することは否定することができない。情報漏洩等行為及びパワハラ行為については、被控訴人事務部長は1回目の面談前にはこれらを認定する根拠となる臨床検査科所属の職員ないし所属していた退職者ら及び取引業者に対するヒアリング調査結果を得ており、うち一部については、裏付けとなる客観的資料も得ていた・・・。他院誹謗中傷行為については就業規則21条13)の定めに、無断出張行為については同条1)及び13)の定めにそれぞれ違反するものとして、他の事由と相まって少なくとも譴責基準に該当すると判断される余地は十分あったといえる。以上のとおり、被控訴人事務部長は、本件法人が控訴人に対して懲戒処分を行うことが十分にありうる状況のもとで懲戒処分を検討している旨告げて退職を勧奨しており、被控訴人事務部長が控訴人の非違行為として挙げた各行為が事実として存在しないとの上記控訴人の主張はその前提を欠く。また、以上のような事実関係の下では、被控訴人事務部長に過失があったとはおよそいえない。」

控訴人は、被控訴人事務部長が、控訴人を本件病院から排除する意思をもって、控訴人に退職勧奨を受け入れさせるために、退職しないのであれば『厳しい処分』が待っていると根拠のない懲戒処分の可能性を指摘した上で退職勧奨を行ったから、その退職勧奨は、説得のための手段、方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した違法なものというべきである旨主張する。

しかしながら、被控訴人事務部長が控訴人を本件病院から排除する意思をもって退職を勧奨したとの事実を認めるに足りる証拠はなく、また上記説示のとおり、本件病院が控訴人に対して少なくとも譴責処分を行うことが十分にあり得たことに照らせば、『厳しい処分』との表現が虚偽であるとはいえず、また、根拠のない懲戒処分の可能性を指摘したなどともいえない。

(中略)

「以上のとおり、上記控訴人の各主張はいずれも失当であって採用することができない。」

3.「厳しい処分が待っている」のブラフが違法とされなかった

 以上のとおり、裁判所は「厳しい処分が待っている」というブラフを違法とは判断しませんでした。

 こうした裁判例が出ると、法人内部では懲戒解雇は困難との判断をしていながらも、同様の手法で退職を迫るような手法の増加が懸念されます。

 退職勧奨が行われた時、使用者側のブラフに流されて早まった判断をしないためには、断った場合に解雇に至りそうなのか、事前に弁護士に相談しておくことが推奨されます。