弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

派遣労働者や派遣先会社との雇用禁止合意と「正当な理由」

1.雇用禁止合意

 労働者派遣法33条は、1項で、

「派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者又は派遣労働者として雇用しようとする労働者との間で、正当な理由がなく、その者に係る派遣先である者・・・又は派遣先となることとなる者に当該派遣元事業主との雇用関係の終了後雇用されることを禁ずる旨の契約を締結してはならない。」

と、2項で、

「派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者に係る派遣先である者又は派遣先となろうとする者との間で、正当な理由がなく、その者が当該派遣労働者を当該派遣元事業主との雇用関係の終了後雇用することを禁ずる旨の契約を締結してはならない。」

と規定しています。

 簡単に言うと、派遣会社は、正当な理由がない限り、派遣労働者との間、あるいは、派遣先会社との間で、派遣契約の終了後、派遣先会社と派遣労働者とが直接雇用契約を締結することを妨げるような契約をしてはならないという意味です。

 それでは、ここでいう「正当な理由」とは一体どのような理由を指すのでしょうか?

 この問題を扱った裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判平28.5.31 労働判例1275-127 バイオスほか(サハラシステムズ)事件です。

2.バイオスほか(サハラシステムズ)事件

 本件で被告になったのは、

コンピュータのソフトウェアの開発及び設計等を業務とする株式会社(被告会社)、

被告会社の従業員3名(被告E1~被告E3)

です。

 原告になったのは、コンピュータのソフトウェアの開発及び設計、労働者派遣事業等を業務とする株式会社です。

 元々、原告は、被告E1~被告E3を派遣労働者として雇用し、被告会社のもとに派遣していました。

 しかし、原告と被告E1~被告E3との間の雇用契約では、原告との雇用契約終了から1年後までの間、派遣先である被告会社との間で業務に関する仕事を引き受けたりすることが禁止事項として定められていました。また、原告は、被告会社との間でも、相手方の書面による承諾を得ることなく、受け入れる派遣労働者(被告E1~被告E3)との間で雇用契約を締結してはならないとの約束を交わしていました。

 本件は、これら約束等を根拠とした原告が、被告に対し、債務不履行に基づく損害賠償等を求めて裁判所に出訴した事件です。ここでは、労働契約法33条の「正当な理由」の解釈が問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、「正当な理由」の意味内容を明確にしました。なお、本件で「正当な理由がある」とは認めないとされ、結論として、原告の請求は全て棄却されています。

(裁判所の判断)

「ところで、労働者派遣法は、労働力の需給の適正な調整を図るため労働者派遣事業の適正な運営の確保に関する措置を構ずるとともに、派遣労働者の保護等を図り、もって派遣労働者の雇用の安定その他福祉の増進に資することを目的とする(1条参照)。そして、労働者派遣法33条1項は『派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者との間で、正当な理由がなく、その者に係る派遣先である者に当該派遣元事業主との雇用関係の終了後雇用されることを禁ずる旨の契約を締結してはならない。』と、同条2項は『派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者に係る派遣先である者との間で、正当な理由がなく、その者が当該派遣労働者を当該派遣元事業主との雇用関係の終了後雇用することを禁ずる旨の契約を締結してはならない。』とそれぞれ規定するところ、これらの規定の趣旨は、派遣元事業主と派遣労働者との間又は派遣元事業主と派遣先との間で、派遣元事業主との雇用関係の終了後に派遣労働者が派遣先であった者に雇用されることを制限する趣旨の契約を締結することが無制限に認められることになると、派遣労働者の就業の機会が制限され、憲法22条により保障される派遣労働者の職業選択の自由が実質的に制限される結果となって、労働者派遣法の立法目的にそぐわなくなることから、派遣元事業主と派遣労働者の間又は派遣元事業主と派遣先との間において、そのような契約を締結することを禁止し、もって派遣労働者の職業選択の自由を特に雇用制限の禁止という面から実質的に保障しようとするものであって、労働者派遣法33条に違反して締結された契約条項は、私法上の効力が否定され、無効であると解される。
「もっとも、その一方で、派遣先であった者が派遣労働者であった者を無限定に雇用できることとすると、派遣元事業主が独自に有し、他の事業主は有しない特殊な知識、技術又は経験であって、派遣労働者が派遣就業をする上で必要であるため当該派遣元事業主が特別に当該派遣労働者に習得させたものがある場合にも、雇用契約終了後は当該派遣労働者が派遣先と雇用契約を結んでそうした特殊で普遍的でない知識等を勝手に利用することが可能となる結果、特殊で普遍的ではない知識等を有することによる当該派遣元事業主の利益が侵害される事態が発生しかねない。そこで、労働者派遣法33条は、そうした知識等を有することによる当該派遣元事業主の利益を保護するといった正当な理由がある場合に限り、上記の雇用制限の禁止を解除することとしたものと解される。
以上によれば、上記の雇用制限をすることは原則として禁止され、これに反して結ばれた雇用制限条項は無効であるが、当該雇用制限条項を設けることに正当な理由があることの主張立証があった場合に限り、例外的にその禁止が解除されて当該雇用制限条項の効力が認められることになると解される。

3.「正当な理由」の解釈が示された裁判例

 労働者派遣法33条1項及び2項の「正当な理由」の意義を判示した公刊物掲載裁判例は、本件が初めてなのではないかと思います。

 従前、裁判所がどのように判断するのかが不分明であった論点が、多少なりとも明確になった意義は大きく、本件は同種事案を進めるにあたり参考になります。