1.懲戒解雇と退職金
国家公務員の場合、懲戒免職処分を受けたことは退職手当の支給制限事由とされています(国家公務員退職手当法12条1項1号参照)。
懲戒免職処分を受けた場合、基本的には退職手当は全部不支給となります。しかし、情状によっては一部不支給に留められることもあります。
(国家公務員退職手当法の運用方針 昭和 60 年 4 月 30 日総人第 261号 最終改正 平成 28年 2月 19 日 閣人人第 67号参照)。
https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/s600430_261.pdf
こうしたルールは民間でも同様です。懲戒解雇を退職金の支給制限事由と結びつけた仕組みを有している会社は少なくありませんが、懲戒解雇になったからといって、必ずしも退職金の全てを受給できなくなるわけではありません。
昨日紹介させて頂いた、東京地判令2.1.29労働判例ジャーナル99-32 みずほ銀行事件は、懲戒解雇された場合でも、必ずしも退職金を諦めなければならないわけではないことを示した事案でもあります。
2.みずほ銀行事件
本件は社外秘である行内通達等を無断で多数持ち出し、出版社等に漏洩したことを等を理由として懲戒解雇された原告が、その効力を争って被告銀行を訴えた事件です。
原告は地位確認等を主位的な請求として掲げましたが、懲戒解雇が有効とされた場合に備え、予備的に退職金も請求していました。
裁判所は、懲戒解雇の有効性は認めましたが、次のとおり述べて、退職金の全部不支給は行き過ぎだと判示しました。
(裁判所の判断)
「退職金は、通常、賃金の後払い的性格と功労報償的性格とを併せ持つものであり、職員が懲戒処分を受けた場合に退職金を不支給とする条項があったとしても、当然に退職金を不支給とすることは相当ではなく、これを不支給とすることができるのは、労働者が使用者に採用されて以降の長年の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為がある場合に限られると解するのが相当である。」
「これを本件についてみると、前判示のとおり、本件各違反行為は、情報資産の適切な保護と利用を重要視する被告の企業秩序に対する重大な違反行為であり、被告の社会的評価を相応に低下させたものといえる。しかし、本件各違反行為により、顧客へのサービスに混乱を生じさせたり、被告の決済システムに重大な影響を及ぼす等顧客に損失が発生する事態が発生したとの事実は認められず、被告に具体的な経済的損失が発生したことを示す的確な証拠もない。また、前記認定に係る平成14年の情報持ち出し及び平成27年のけん責処分以外には、原告の30年以上に上る勤続期間中の勤務態度や服務実績等が格別不良であったとする事情はうかがわれない。」
「以上を総合すると、本件各違反行為は、被告に採用されて以降の原告の長年の勤続の功を相応に抹消ないし減殺するものといえるが、これを完全に抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為であったとまで評価することは困難であり、本件不支給決定は、本件退職一時金及び本件退職年金をそれぞれ7割不支給とする限度で合理性を有するとみるのが相当である。」
3.退職金全部不支給のハードルは懲戒解雇よりも更に高い
以上のとおり、懲戒解雇が有効な場合でも、必ずしも退職金の全部不支給が正当化されるわけではありません。
大企業の退職金となるとかなりの金額になることが少なくありません。相当部分が不支給になったとしても、それなりの規模の経済的利益に繋がります。みずほ銀行事件でも、7割不支給とされてなお、367万0440円もの退職金の支給が認められています。
退職金がなくなると現実問題、老後の生活設計に深刻な影響を受けてしまう方は珍しくないだろうと思います。
裁判例が指摘するとおり、退職手当には賃金の後払い的な性格もありますし、功労報償という観点からも全ての功労を吹き飛ばすことを正当化するような非違行為は限られています。
幾ら何でも過酷ではないかと思った時には、あまりためらわず、弁護士に相談してみると良いと思います。