弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

佐々木氏が渡部氏の浮気相手を訴えたらどうなるか

1.夫の浮気相手を訴えるべき?

 ネット上に、

「佐々木希さんは『夫の浮気相手を訴えるべき』家族問題評論家・池内ひろ美氏が説く意義とは」

という記事が掲載されています。

https://news.yahoo.co.jp/articles/f4b57cd376c1d9c0b1df31822bcf9739baacd9b5

 記事には、家族問題評論家の方の見解として、

「佐々木はこのようなゲス不倫が世の中にはびこらないよう、警鐘を鳴らす意味でも、『浮気相手の女性に損害賠償請求をすべき』だという。

「浮気夫は浮気相手がいる限りやめることができない性分なので、訴えられるとわかれば女性が近寄らなくなり、浮気のチャンスがなくなります。佐々木さんが裁判を起こせば、賠償額など経過は詳細に報道されますから、女性側も訴えられるリスクを身をもって体験でき、同じく不倫に陥りそうな女性にとっても抑止力になります」

「訴える財力があり、男性ファンの多い佐々木希さんだからこそ皆が納得します。もし、私のような還暦近い女が浮気相手を訴えたとしても“年増の嫉妬”でしかないけれど、あの美人の佐々木さんが傷ついて訴えるとなれば、男性も“浮気は妻を傷つけるだけでなく、自分も痛い目に遭う”と知るでしょう。結局、男性は妻も浮気相手も守れない、社会的信用は失墜、奥さんからペナルティーを科せられたり、浮気相手の賠償金を夫が払う羽目になったり、経済的にも痛い。不倫がどれだけダメージを負うかを教えてくれる伝道師のような存在になります。さらには回りまわって女性を不倫から遠ざけることもでき、全女性を幸せにできるのです」

と書かれています。

 しかし、訴えてもメディアの餌になるだけで、金銭的なペナルティがこの種の出来事の抑止力になることはないと思います。

2.賠償金の水準

 不貞慰謝料請求事件(配偶者の不貞の相手方に対する慰謝料請求事件)の慰謝料の水準は、高額所得者にとっては、それほど痛くはありません。婚姻継続事案では猶更です。

 少し古い論文になりますが、岡山地裁倉敷支部判事補安西二郎『不貞慰謝料請求事件に関する実務上の諸問題』判例タイムズ1278-45によると、婚姻継続事案の不貞慰謝料の平均値は140万円とされています。

 また、私の個人的な実務経験の範囲内では不貞慰謝料の相場は下落傾向にあります。上記論文が掲載されているのは判例タイムズという専門誌の2008年11月15日号ですが、10年前と比べれば不貞の慰謝料は明らかに減少していると思います。

3.賠償金の分担の在り方

 不貞行為による損害賠償請求義務は、専門用語で不真正連帯債務といいます。不貞をされた妻は、不貞をした夫に対しても、夫の不貞相手に対しても、等しく全損害の賠償を求めることができます。しかし、どちらか片方から全損害の賠償を受けてしまえば、もう片方に対して重ねて損害の賠償を求めることはできなくなります。

 それでは、全損害を賠償した側はどうなるかというと、損害賠償請求を受けなかった側に対して、求償を行うことができます。求償というのは、応分の負担の分担を求めることです。分かりやすく言うと、例えば、不貞行為の片方が慰謝料全額として被害者に140万円を支払った場合、不貞行為のもう片方に対して、そのうち70万円を負担してくださいと求めて行けるという意味です。

 不真正連帯債務の場合、負担割合に明確な定めはありません。裁判所は損害をどのように分担させるのが公平かという観点から負担割合を定めます。事実関係次第で負担割合は動き、必ずしも5分5分になるわけではありません。例えば、東京地判平16.9.3LLI/DB判例秘書登載は、

不貞行為による平穏な家庭生活の侵害は、不貞に及んだ配偶者が第一次的に責任を負うべきであり、損害への寄与は原則として不倫の相手方を上回るというべきである。

と判示したうえ、不貞に及んだ配偶者側と不貞の相手方との責任割合を7対3と判示しています。

 また、全損害を請求できるのが原則ではあるにしても、不貞の一方の帰責性が極端に弱い場合、不真正連帯債務でありながら損害賠償請求に一定の制限が加えられることもあります。

 例えば、札幌地判昭51.12.27判例タイムズ364-243という事件があります。これは次々と女性と不貞な関係を結んでいた夫に対し、妻が離婚・慰謝料等の請求をした事件です。妻は夫の不貞相手にも慰謝料を請求しました。

 裁判所は夫(被告誠次)に慰謝料300万円の支払いを命じましたが、不貞相手(被告小河)の責任に関しては次のとおり判示しています。

「被告小河に対する慰藉料請求について判断する。同人は、被告誠次に妻子があるのを知りながら不貞の関係を続けたことは前示のとおりであり、右行為により原告に して精神的苦痛を与えたことについて、被告誠次とともに、共同不法行為者としての責任を負うべきことは明らかである。」
「而して、前記被告誠次の原告に対して支払うべき慰藉料金三〇〇万円のうち、被告小河との共同不法行為に基づく部分は八〇万円と解するのが相当である(被告誠次の女ぐせの悪さは結婚当初からのもので、今日まで何人もの女性と不貞な関係を続けてきたこと、また被告誠次は原告に対してたびたび殴る蹴るの乱暴をしたこと等被告小河と無関係のことに起因する部分を控除した)。」
「ところで、共同不法行為の成立が認められても、ある加害者の行為もしくは結果に対する関与の度合いが非常に少い場合で、かつ、そのことが証明されている場合には、その者については、右関与の度合いに応じた範囲での責任のみしか負わすことができないものと解すべきである。これを本件についてみると、被告誠次は、被告小河との不貞な関係の招来およびその維持について常に主導権を握つており、被告小河はただどれに服従したにすぎないともみられること、少くとも現在は、被告小河は被告誠次と別れ夫の下に戻ったこと、被告誠次との関係を生じたことで被告小河自身の心神もかなり傷ついたこと等を考慮すると、被告小河の責任は、前記共同不法行為部分の八分の一すなわち金一〇万円に相当する部分に限られるものというべきである。

4.訴えたらどうなるか?

 訴えたらどうなるのかは、上述のようなルールを前提に考える必要があります。

 訴えられた不貞相手は、自分の関与がいかに消極的であったのか、不貞行為に及んだ配偶者の関与がいかに大きかったのかを強調して、責任の軽減を図ることになります。

 報道の事案にあてはめれば、渡部氏が果たした役割の方が大きかったことを、事細かに主張・立証していくことになります。

 ここで、もう一つ重要なルールがあります。

 民事訴訟記録の閲覧に関するルールです。

 民事訴訟記録は基本的に何人でも閲覧を請求することができます(民事訴訟法91条1項)。もちろん、私生活についての重大な秘密が記載・記録されていて、第三者に閲覧されると社会生活を営むのに著しい支障が生じるような場合には、閲覧制限がかけられますが(民事訴訟法92条1項1号参照)、必ず裁判所が閲覧制限をかけてくれるという保障があるわけではありません。

 つまり、訴えを提起しても、マスコミに燃料を与えるだけで、不貞相手の女性にそれほどの金銭的ダメージが生じることはありません。巷で言われているほど高額の所得を得られていたのであれば、不貞相手の女性の負担部分まで被ったとしても、その額が渡部氏にとってダメージになるとは思われません。

5.そもそも名誉毀損にならないのか?

 不貞慰謝料の相場水準や、求償・負担割合についての考え方、不貞慰謝料請求事件の実務、民事訴訟記録の閲覧に関するルールを意識しているのかどうかは分かりませんが、メディアに、佐々木氏を煽ってまで、渡部氏と不貞相手との間での出来事を取り上げたいという意図があるとすれば、その姿勢にはやや疑問を覚えます。私人の不貞の事実や性癖を報道すること自体の適法性に疑義があるからです。

 名誉毀損と不法行為との関係性については、最一小判昭41.6.23民集20-5-1118が、

「民事上の不法行為たる名誉棄損については、その行為が公共の利害に関する事実に係りもつぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、もし、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である」

と判示しています。

 公共の利害に関する事実を定義した最高裁判例はないと思いますが、下級審レベルでは幾つかの定義付けが試みられています。

 例えば、東京地判平13.9.5判例時報1773-104は、

「公共の利害に関する事実とは、専らそのことが不特定多数人の利害に関するものであることから、不特定多数人が関心を寄せてしかるべき事実をいうものであって、単なる興味あるいは好奇心の対象となるにすぎないものを含むものではなく、一個人の経歴あるいは私生活上の言動等については、当該個人の社会的地位、活動等が公的なものであるような場合はともかく、そうでない場合には、特段の事情がない限り、公共の利害に関する事実とはいえないものである。

と判示しています。

 民主主義原理を確保するため、また、宗教・文学・芸術・科学その他の学問及び知識を深化させるため、名誉やプライバシーが一定の限度で制約を受けるという発想であれば理解可能なのですが(佃克彦『名誉毀損の法律実務』〔弘文堂、第3版、平29〕446頁参照)、公職についているわけでもない方の不貞の事実や性癖が、いかなる意味において公共の利害に関連しているといえるのかは、私には分かりません。

 抑止力という意味では、これだけ報道されれば十分だと思います。別段、不法行為(不貞行為)を肯定する意図はありませんが、その情報がいかなる公共的価値を有しているのかを突き詰めて考えず、報道が個々の事件の当事者の精神にどれだけの負荷を与えるのかを気にもせず、ただ単に多くの人が知りたがるというだけで情報を流し続ける(あまつさえ、さほど意味があるとも思えない訴訟を提起するよう第三者が当事者を煽ってまで情報を得ようとする)のは、人権侵害ではないかという感が否めません。