弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

情報漏洩による企業秩序侵害の本質をどう捉えるか(情報の内容は抗弁になるのか?)

1.情報漏洩を理由とする懲戒処分

 多くの企業の就業規則では、企業秘密の漏洩・情報漏洩を懲戒事由としています。

 厚生労働省のモデル就業規則でも、

「正当な理由なく会社の業務上重要な秘密を外部に漏洩して会社に損害を与え、又は業務の正常な運営を阻害したとき」

が懲戒事由として規定されています。

 それでは、企業秘密の漏洩・情報漏洩を理由として懲戒処分を受けた場合に、情報の内容がそう大したものでもなかったということは、懲戒処分の効力を否定する材料の一つになるのでしょうか。

 懲戒処分とは、

「一般に、使用者が労働者の企業秩序違反行為に対して科する制裁罰という性質をもつ不利益措置」

と定義されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕548頁参照)。

 企業秘密の漏洩・情報漏洩が懲戒事由となり得るのは、

会社に具体的な実害を生じさせたという点に企業秩序侵害があるから

なのでしょうか。

 それとも、

会社の情報管理体制やこれに対する世間の信頼といった利益を侵害したところに企業秩序侵害があるから

なのでしょうか。

 企業秘密の漏洩・情報漏洩の企業秩序侵害には、上述したような二面性があります。そして、この二面性のうち、どちらを重視するのかによって、漏洩された情報の持つ内容が抗弁になるのかが変わってきます。

 前者を重視する立場からは、どのような内容の情報が流出したのかが精査検討の対象になると思います。しかし、後者を重視する立場は、内容云々よりも、企業が秘密として取り扱っているものを正当な理由なく漏出させたこと自体が問題だという考え方に馴染みます。

 では、裁判所はどのように考えているのでしょうか。近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで、参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令2.1.29労働判例ジャーナル99-32 みずほ銀行事件です。

2.みずほ銀行事件

 本件は重要情報(対外秘である行内通達等)を多数持ち出し、出版社等に漏洩したことを理由に懲戒解雇された方が原告となって、勤務先銀行に対し、懲戒解雇の無効を主張して、地位確認などを求める訴えを提起した事件です。

 この事件で、被告銀行は、懲戒処分の相当性を根拠付けるため、

「原告の情報漏えいの結果、財界展望新社が発行する雑誌『ZAITEN』(以下『ZAITEN誌』という。)に被告の内部者しか知りえない情報を基に被告を揶揄する記事が長年にわたり多数回掲載され、日経新聞等のZAITEN誌の広告の見出しにも被告名が出るなど、銀行として情報管理を徹底すべき立場にある被告の信用・名誉が大きく棄損されたほか、原告が漏えいした情報に関して、関連先から被告にクレームも寄せられた。また、敬天新聞社が開設する『敬天新聞』と題するインターネット上のブログ(以下『敬天ブログ』という。)に通達の実物が2回にわたり掲載されることで、被告の情報管理に対して世間から疑問が持たれても仕方がない状況を引き起こした。

という主張をしました。

 これに対し、原告は、

「特定の宗教団体に係る寄付金の取扱に関する通達、仮想通貨取引所による口座開設に関する通達及び人権啓発推進研修会の開催に関する通達等、対外秘とされる社内通達等を無断で持ち出し、財界展望新社等に送付したが、これら通達は、いずれも仮に被告外に漏れたとしても何ら問題のない内容のものである。対外秘とされる文書を持ち出したこと自体に原告に非が無いわけではないものの、これらの通達には、懲戒解雇という重大な処分が相当といえる程重要な情報は記載されていない。

と、大した情報は持ち出していないと反論しました。

 こうした双方の主張を受け、裁判所は、次のとおり判示し、懲戒解雇の有効性を認めました。

(裁判所の判断)

「被告は、銀行として国内外における金融サービスを提供するという業務の性質上、情報資産の適切な保護と利用が極めて重要であることから、本件情報セキュリティ規程を定め、被告職員に対して、情報セキュリティ対策の徹底を図っていた。そのような中、原告は、約3年半にわたって、被告外への持ち出し及び漏えいの禁止という情報セキュリティにおける基本的な規律に違反していることを認識しながら、漏えいが生じた場合に顧客等の情報主体又は被告グループの経営及び業務に対して重大な影響を及ぼすおそれがあるため厳格な管理を要するとされる『重要(MB)』に分類される情報を含む4件の情報資産を持ち出し、少なくとも15件の情報を出版社等に常習的に漏えいしたものであって、このような原告の行為は、情報資産の適切な保護と利用を重要視する被告の企業秩序に対する重大な違反行為であるというべきである。

「また、前記認定事実によれば、本件漏えい行為により、ZAITEN誌等において、『重要(MB)』に分類される通達を含む複数の通達及び資料そのものが掲載されたほか、漏えいされた情報に基づき多数の記事が執筆されたことが推認され、本件漏えい行為は、被告の情報管理体制に対する疑念を世間に生じさせ、被告の社会的評価を相応に低下させたものといえる。

 (中略)

「以上を総合すると、原告と被告との間の信頼関係の破壊の程度は著しく、将来的に信頼関係の回復を期待することができる状況にもなかったといえ、被告において、処分の量定として懲戒解雇を選択することはやむを得なかったというべきであるから、本件懲戒解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる。

原告は、本件各違反行為に係る情報は、仮に被告外に漏れたとしても何ら問題のない内容のものであり、懲戒解雇という重大な処分が相当といえる程重要な情報は記載されていない旨主張する。しかし、これら情報が被告において厳格又は適切な管理を要する情報として整理され、現に管理されていたことは前記認定のとおりであり、本件各違反行為に係る情報がこのような扱いを受けることに適さないものであったとする事情もうかがわれない。したがって、本件各違反行為が、情報資産の適切な保護と利用を重要視する被告の企業秩序に対する重大な違反行為であるという前記判断は左右されない。

3.情報の内容は問題にならないのだろうか?

 本件では退職金の不支給の当否を論じる箇所で、

「本件各違反行為により、顧客へのサービスに混乱を生じさせたり、被告の決済システムに重大な影響を及ぼす等顧客に損失が発生する事態が発生したとの事実は認められず、被告に具体的な経済的損失が発生したことを示す的確な証拠もない。」

という認定がなされています。

 そのため、情報の内容の位置づけ(重要な情報は記載されていない)に関しては、おそらく原告の主張に理があったのではないかと思います。

 しかし、裁判所は情報の重要性よりも、厳格な管理体制を紊乱したことや、世間からの信頼を毀損したことが問題だという考え方を採用し、大したことは書かれていないという主張が結論を左右することを否定しました。

 一つの事例判断ではあるにせよ、本件は裁判所が情報漏洩による企業秩序侵害をどのように理解しているのかを知るうえで参考になります。正当な理由のない情報の持ち出しがダメなことは指摘するまでもありませんが、厳重に管理されている情報であれば、「大したことは書かれていない」という言い訳が通用しない可能性があることは、留意しておく必要がありそうです。