弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の懲戒処分-公金の詐取の代償は大きい:27万0831円の給油代を渋って1811万0396円の退職手当を不意にした件

1.公金の横領、窃取、詐取

 公金の横領、窃取、詐取は重大な非違行為とされています。

 国家公務員の場合、

平成12年3月31日職職-68「懲戒処分の指針について」

により、

「公金又は官物を横領した職員は、免職とする。」

「公金又は官物を窃取した職員は、免職とする。

「人を欺いて公金又は官物を交付させた職員は、免職とする。」

と規定されています。

 また、懲戒免職処分は退職手当の支給制限事由に該当します(国家公務員退職手当法12条1項1号)。退職手当の支給制限規定に関しては運用基準を定めた文書があり、これによると、懲戒免職処分を受けた国家公務員の方に対しては、原則として退職手当の全部が支給されなくなります(国家公務員退職手当法の運用方針 昭和60年4月30日 総人第261号 最終改正 令和元年9月5日閣人人第256号)。

 多くの地方公共団体では、国家公務員の場合に準じて懲戒処分の裁量基準・退職手当の支給制限規定の解釈基準を定めているため、地方公務員の場合も、公金を横領、窃取、詐取すれば、基本的に懲戒免職になりますし、退職金も支給されません。

 国家公務員にしても地方公務員にしても、勤続年数が長い場合、受給できるはずであった退職金額は、かなりの金額に及びます。

 しかし、行政にしても、裁判所にしても、横領、窃取、詐取に及んだ公務員に対しては、かなり厳しい姿勢をとっており、領得した金額の多寡に関わらず、退職手当の全額を不支給とする例は、多くみられます。

 一昨日、昨日とご紹介している津地判令2.8.20労働判例ジャーナル105-28 津市事件も、そうした事例の一つです。

2.津市事件

 本件は、公用車の自動車燃料給油伝票を用いて自家用車に不正給油したことを理由に懲戒免職処分を受けた地方公務員の方が提起した取消訴訟です。取消請求の対象となったのは、懲戒免職処分と、退職手当等の全額を支給しないとする退職手当支給制限処分です。

 裁判所は、

「被告津市の参事であった原告は、平成26年8月から平成28年11月までの間に63回にわたって、原告車両を使用していたにもかかわらず、給油伝票に公用車の車両番号等の虚偽の記載をして、給油業者及び被告津市の担当職員を欺罔し、原告車両に不正に給油を受け、被告津市に27万0831円の損害を与えた」

との事実認定のもと、次のとおり述べて、懲戒免職処分も、退職手当の支給制限(全部不支給)処分も適法だと判示しました。

(裁判所の判断)

-懲戒免職処分-

「原告の非違行為・・・の態様は相応に悪質なもので、その動機に特段酌むべき事情があるともいえず、原告の地位に照らすと、この非違行為・・・が公務に及ぼす影響も決して軽視できるものではない。これらの事情を勘案すると、原告がその勤務状況について高い評価を得ていたこと、原告が非違行為の後には反省の態度を示し、被告津市のために勤務をしていること、原告は全額の被害弁償をしていることなどの原告に有利な事情を勘案した上で、免職処分を選択するに当たっては特に慎重な配慮を要することを踏まえても、津市長の判断は、その裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものと認めることはできない。」

-支給制限処分-

「非違行為の態様やその影響等に鑑みれば、原告に有利な事情を考慮したとしても、原告の退職手当の全部を不支給とした管理者の判断には相応の根拠があるというべきであり、これが社会通念上著しく妥当性を欠くものとは認められない。したがって、本件制限処分は、管理者の裁量権の範囲を逸脱し又は濫用したということはできない。」

3.不正は割に合わない

 原告が不正行為に及んだ経緯は、次のとおり認定されています。

「原告は、上記の視察(企業誘致室での視察 括弧内筆者)を行う中で、原告車両を仕事に使用しているにもかかわらず、ガソリンを自費で給油していたことに対して、不満を持つようになった。また、原告は、平成26年4月からは、企業誘致担当参事兼工業振興担当参事や津市産業振興センターの所長となり、河芸総合支所で勤務をしながら、津市役所、三重県庁や産業振興センターに出向く機会が増え、この際に、原告車両を使用していたことから、ガソリンを自費で給油していたため、このことに対しても不満を持つようになった。さらに、原告は、以前から、被告津市の東京事務所に勤務していた時代の移動費用や、企業誘致の際の会食の費用などといった被告津市の業務に関連する費用を自費で支出していたことに不満を感じていた。・・・」

「原告は、上記のような思いもあり、平成26年8月頃から、被告津市における自家用自動車の公務への使用に関する規則等に反していることを認識しながら、企業誘致室に保管されていた給油伝票を持ち出し、原告車両に給油するようになった。・・・」

 そして、本件で支給制限処分の対象になったのは、

「一般の退職手当等1811万0396円」

であると認定されています。

 27万0831円の給油代の支払いを渋ったせいで、それを全額被害弁償してなお、1811万0396円もの退職手当の受給資格を喪失するというのは、割に合わないことこの上ありません。

 公金の横領、窃取、詐取等には及ばない方が身のためです。