弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

「裁判すれば、ここには居れなくなる」その言動は逆に裁判を容易にする

1.裁判をためらわせる言動

 法律相談をしていると「裁判をすれば、どうなるか分かっているだろうな。」という趣旨の脅しを受けている人を、定期的に目にします。

 今時このような稚拙な脅かし方をする人が本当にいるのかと疑問に思う方もいるかも知れませんが、本当にいます。DVが絡んでいる離婚事件や、ストーカーが被害者を脅かしている事件、労働事件など、支配-被支配の構図が生まれやすい関係の中で、比較的よく耳にするフレーズであるように思われます。

 近時公刊された判例集にも、こうした言動が問題になった事件が掲載されていました。神戸地豊岡支判令元.7.12労働判例ジャーナル91-20 学校法人弘徳学園事件です。

2.学校法人弘徳学園事件

(1)事案の概要

 この事件で被告になったのは、豊岡短期大学を設置している学校法人です。学校法人だけではなく、豊岡短期大学の学長亡Dの相続人E、F、Gも訴えられています。相続人が被告になっているのは、亡Dの損害賠償義務を相続によって承継したという構成によります。

 原告になったのは、大学職員Aと、准教授Bです。

 請求の趣旨や争点は錯綜していますが、問題の一つとなったのが、亡Dの発言です。Aは降職処分を受けた時、亡Dから

「納得できなければ、裁判でもすればいい。裁判すれば、ここには居れなくなる。」

と言われました。

 本件では、こうした恫喝ともとれる発言の不法行為への該当性が問題になりました。

(2)裁判所の判断

 裁判所は、次のように述べて、上記の発言が不法行為に該当するとし、10万円の慰謝料の発生を認めました。

(判決文抜粋)

「原告Aは、本件降職処分を告げられた際、亡Dから『納得できなければ裁判でもすればいい。裁判すれば、ここには居れなくなる。』と言われ、かかる言動がハラスメントに当たると主張する。」
「上記認定事実によれば、亡Dが原告Aに対し、本件降職処分を告知した際、原告Aが被告学園の本件降職処分に不服なら、裁判をするしかないこと、裁判をすれば、原告Aの職務に支障が生じるおそれがある旨の発言をしたこと、亡Dは、かかる原告Aに対する言動により、被告学園から譴責の懲戒処分を受けたことが認められる。以上の事実によれば、亡Dの言動は、原告Aが本件降職処分を不服として裁判をすれば、原告Aが職務上の何らかの不利益を被るかもしれないという恐怖心を与えるものであり、原告Aが本件降職処分についての裁判を提起するという正当な権利の行使を躊躇せしめるものであり、ハラスメントに当たるといえる。
被告らは、本件降職処分に不服なら裁判をするしかないということ、職務に支障が生じるおそれがあることを述べたに過ぎず、何らかの不利益を与える意図はなかったと主張するが、仮にそうであったとしても、亡Dは、豊岡短期大学の学長であることからすれば、事実上の支障であったとしても、原告Aが、その権利行使をためらうような言動することは不適切であり、その主張に理由はない。
「もっとも、原告Aは、本件訴訟を提起したことで、被告学園において、特に不利益を被っていないこと、被告学園も、亡Dの言動を不適切と判断して、譴責の懲戒処分をしたことが認められることから、原告Aの被った精神的苦痛は、大きいとまでいえない。よって、これを金銭的に評価すれば、10万円が相当である。」

3.稚拙な脅しは逆に裁判へのハードルを下げる

 脅かしで訴訟提起を断念させることは、司法制度の否定であり、許されることではありません。

 これをハラスメントに該当すると判断したこと、不利益を与える意図の有無に関わらず権利行使をためらうような言動すること自体不適切としたことは、いずれも適切な判示だと思われます。

 本件ではAに対する降職処分は有効だと判断されています。

 余計なことを言ったせいで、被告学園、亡Dの相続人らは低額とはいえ損害賠償義務を負わされることになりました。

 不法行為などの一部の訴訟類型を除き、裁判に必要な弁護士費用は各当事者が自弁するのが原則です。離婚などの身分関係の変動、嫌がらせの差止、配置転換の効力の否定を目的とする事件など、金銭的な利益が必ずしも前面に出てこない紛争類型の場合、慰謝料の請求は弁護士費用の負担を軽減する意味を持つことがあります。

 「裁判をすれば・・・」といった脅しは、原告側から見れば、慰謝料の名目で金銭的利益を得るために利用できる言動に映ります。それほど多額な慰謝料は期待できなくても、数十万円規模の金銭を鹵獲できれば、持ち出す弁護士費用の負担の軽減にかなり役立ちます。

 弁護士的な発想で言うと、下手な脅しは法的措置を容易にする行為でしかありません。「裁判をすれば・・・」といった脅しを受けている方は、びくびくするよりも、むしろ金銭を請求する根拠ができて幸運だくらいに思っても良いかもしれません。

 立場の強い方にしても、相手が弁護士の下に駆け込むと、自分の立場を不利にするだけなので、「裁判をすれば・・・」といった稚拙な脅しはしない方が身のためです。