1.降格の判断枠組み
降格とは「役職(職位)または職能資格・資格等級を低下させることをいう」と理解されています。降格には「人事権の行使としてのものと,懲戒処分としてのもの」があります(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第3版令5〕524頁)。
懲戒処分としての降格の可否は、
「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」
と規定する労働契約法15条に基づいて判断されます。
それでは、人事権行使としての降格の可否は、どのような判断枠組み(規範)のもとで判断されるのでしょうか?
前掲・水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕493頁は、
「この判例(東亜ペイント事件 括弧内筆者)の判断枠組みは、配転命令のみならず、業務命令、出向命令、降格、懲戒処分など他の使用者の人事上の命令・措置・処分などにも同様にあてはまりうる一般的な枠組みを示したものといえる」
と東亜ペイント事件の判断枠組みが適用されると主張しています。
しかし、降格の判断枠組みは一定しておらず、私の知る限り、①東亜ペイント事件の判断枠組みないしこれに類似した枠組みを用いるもの、②東亜ペイント事件とは異なる判断枠組みを用いるもの、③判断枠組みらしきものがなく事実やその評価を羅列した後で結論を導くものの三通りがあります。
以前、②に該当する裁判例として、東京地判令7.3.21労働判例ジャーナル161-30 ジェットスター・ジャパン事件を紹介しました。
近時公刊された判例集にも、②類型の一例といえる裁判例が掲載されていました。大阪地判令7.5.13労働判例ジャーナル163-26相互製版事件です。
2.相互製版事件
本件で被告になったのは、各種印刷用の製版及び販売等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、FMC事業部(軽包装用の板状感光性樹脂版の製版部門)の次長を務めていた方です。被告から2件の懲戒処分を受けたほか、営業部への配置転換を命じられるとともに、業務命令として一般職に職位を引き下げる降格処分(本件降格処分)をされたことを受け、懲戒処分の無効の確認や、本件降格処分の無効を理由とする差額賃金等を請求する訴えを提起したのが本件です。
本件降格処分は人事上の措置として行われたものですが、裁判所は、次のとおり述べて本件降格処分の効力を否定しました。
(裁判所の判断)
(1)判断枠組みについて
「使用者は、労働契約上予定された人事権に基づき、業務命令として労働者の役職・職位を引き下げる降格処分(以下「降職処分」ということがある。)を行うことが可能であるが、使用者がその裁量を逸脱又は濫用して降職処分を行った場合には、当該降職処分は権限の濫用により無効となるものと解される。」
「そして、降職処分が権限の濫用に当たるか否かは、労働者の役職・職位を引き下げる業務上・組織上の必要性の有無及び程度、降職処分の動機・目的、労働者に生じる不利益の程度、降職処分に至る手続の内容その他の諸事情を総合考慮して判断するのが相当である。」
(2)本件降格処分に係る業務上の必要性について
ア FMC事業部の売上不振に係る原告の帰責性について
「まず、本件降格処分の主たる理由とされるFMC事業部の売上不振の原因についてみると、被告のFMC事業部は令和4年の売上が0円であるなど、その売上の不振は深刻であり、その直接の原因は、FMC事業に関する営業活動を行うことが唯一可能であった原告が営業活動をほとんど行わなかったため、FMC事業に関する受注がなかったことにあることは明らかである。」
「そこで、FMC事業の営業活動を行っていなかったことについての原告の帰責性の有無及び程度をみると、上記認定事実によれば、FMC事業部には原告とF課長の2名が所属し、製版課のE係長が被告の導入したデジタル製版機の使用方法等について原告からOJTによる指導を受けていたところ、原告は被告代表者に対してFMC事業部の人員補充を求めたのに対し、被告は人員を補充せず、原告に営業活動を行うよう指示していたが、原告は営業活動を行わず、従来からの段ボール用の製版業務を行っていた状況が認められる。」
「こうした状況について、人員補充と営業活動のいずれを先行させるかは被告の経営判断と責任に委ねられるべき問題であるから、原告は被告の業務命令に従ってFMC事業の営業活動を行う義務があったのであり、原告が自身の考えに固執して営業活動を行わず、ひいてはFMC事業部の売上の不振に繋がったことについて、原告には一定の責任があるというべきである。」
「もっとも、営業活動を行うために人員の補充が必要であるとする原告の主張には一応の合理性があると考えられるにもかかわらず、被告が原告に対して、営業活動によって受注を得てから必要な人員の補充を行う方針であることなどを説明した事実はうかがわれない。また、原告に対して業務指示書を交付したり、業務命令違反を理由とする懲戒処分の可能性を警告したりするなどして、原告に段ボール用の製版業務を禁じて営業活動を行うよう、より強い態様で指示することが可能であったと考えられるにもかかわらず、被告は長期間にわたってこれらの手立てを講じていなかったのであるから、FMC事業の不振については経営者である被告にも責任があるというべきである。」
イ 本件各懲戒処分について
「次に、本件各懲戒処分についてみると、本件懲戒処分1については、原告が被告から3階の自席で仕事をするよう指示されながら、これに応じなかったことは明らかであり、原告は段ボール用の製版作業を行うために2階のパソコンを使用する必要があったと主張するが、当時、被告が原告に対して2階で段ボール用の製版業務を行うよう命じていたとは考え難いため、3階の席で仕事をしないことを正当化できる理由とはならない。そして、懲戒処分の内容が最も軽い戒告にとどまっていることも考慮すると、懲戒処分についての弁明の機会が明確に与えられていないことを踏まえても、本件懲戒処分1は懲戒権の濫用に当たらず、有効である。」
「また、本件懲戒処分2については、原告が被告から報告書の提出をくり返し指示されながら,原告が何度も期限までに提出しなかったことは明らかであり、原告は被告が人員補充をしなかったため営業活動を満足に出来ない環境であったと主張するが、営業活動ができたかどうかと報告書を提出できたかどうかは別問題であるから、FMC事業の活動報告を提出しないことを正当化できる理由とはならない。そして、懲戒処分の内容が最も軽い戒告にとどまっていることも考慮すると、懲戒処分についての弁明の機会が明確に与えられていないことを踏まえても、本件懲戒処分2は懲戒権の濫用に当たらず、有効である。」
「そうすると、本件各懲戒処分の存在は、原告の役職者としての不適格性を徴表する事情として評価される。もっとも、本件各懲戒処分の内容及び程度に照らすと、これを役職者としての不適格性の徴表として重視することはできない。」
(3)本件降格処分の動機・目的について
「原告は、本件降格処分は原告を退職させるためのものであったと主張する。」
「しかしながら、FMC事業部の売上の状況に照らすと、被告がFMC事業部を廃止したことは合理的な経営判断であったということができるから、被告が原告を退職させる目的でFMC事業部を廃止したとは認められない。」
「また、上記のとおり、FMC事業部の売上の不振について原告には一定の責任があることにも照らすと、被告が本件降格処分に先立って原告に退職勧奨をしていたことをもって、被告が原告を退職させる目的で本件降格処分をしたものと推認することはできず、他に上記目的の存在を認めるに足りる証拠はない。」
(4)原告の不利益の程度について
「本件降格処分により、原告の月収は15万4200円減少し、直前の月収から3割以上の減額となっていることに照らすと、賃金の減額は相当大きい。」
「また、本件降格処分は、原告を社長に次ぐ役職である次長から役職のない一般社員にするものであって、役付手当の支給対象となる課長、係長、主任、リーダーを飛ばした5段階(被告の組織図・・・上、配置の有無が明らかでないリーダーを除いたとしても4段階)の降職であり、降職の程度としては最大である。」
「これらの事情からすると、本件降格処分後も原告の基本給が営業部の中で最も高額であることを踏まえても、本件降格処分による原告の不利益の程度は重大というべきである。」
(5)その他の事情について
「上記の事情のほか、原告の次長への昇格は課長の肩書では営業活動に不十分であるとして原告が求めたものであったことは、FMC事業部の廃止後に原告を次長から降職させる必要性及び合理性を基礎づける事情として考慮すべきできる。」
「他方、原告は前職において営業や製造の経験を有し、実際にE係長にデジタル製版機による製造方法を指導しており、営業及び製造に関する知識経験を有していたにもかかわらず、被告は配置転換後の原告の役職について、原告が指揮命令を守らず、ルールも守らないため役職を外すと判断しており・・・、原告と同じFMC事業部にいたF課長が降格されていないことなども考慮すると、原告の営業及び製造に関する知識経験や降格処分による影響について配慮が欠けていたものといわざるを得ず、このことも本件降格処分に係る権限濫用に関する一要素として考慮すべきである。」
(6)総合判断
「以上の諸事情を総合すると、FMC事業部の売上の不振について原告には一定の責任があったこと、本件各懲戒処分の存在及び内容、FMC事業部の廃止により原告を次長職に昇格させた理由がなくなったことからすると、原告を降職させること自体は被告の人事権の裁量の範囲内というべきであるが、本件降格処分による原告の不利益の重大性や本件降格処分の決定過程等に鑑みると、原告を一般社員にまで降格する合理性は認められず、本件降格処分は人事権の裁量の範囲を逸脱したものとして権限濫用に当たり、無効というべきである。」
3.降格の判断枠組みの一例
上述のとおり、裁判所は、降格の可否を判断するにあたり、
「労働者の役職・職位を引き下げる業務上・組織上の必要性の有無及び程度、降職処分の動機・目的、労働者に生じる不利益の程度、降職処分に至る手続の内容その他の諸事情を総合考慮して判断するのが相当である」
との規範を示しました。
裁判所の判断は、降格の可否を争う事件に取り組むにあたり、実務上参考になります。