弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

会話を避ける態度・採用業務からの除外・業務用機器の返却請求・他と異なる名刺デザイン・1人だけ在宅勤務に不法行為該当性が認められた例

1.人間関係からの切り離し

 職場におけるパワーハラスメントとは、

職場において行われる

① 優越的な関係を背景とした言動であって、

② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、

③ 労働者の就業環境が害されるものであり、

①から③までの要素を全て満たすものをいう

と定義されています(令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」参照)。

 パワーハラスメントは幾つかの類型に分かれますが、その中の一つに、

人間関係からの切り離し

があります。これには、

① 自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりすること

② 一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること

などが該当するとされています。

 追い出し部屋のようなケースを別にすれば、「人間関係からの切り離し」類型のパワハラは立証が難しいことが多いのですが、近時公刊された判例集に、この類型で不法行為該当性が認められた裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介している、東京地判令6.1.30労働判例ジャーナル150-40 富士テクノエンジニアリング事件です。

2.富士テクノエンジニアリング事件

 本件で被告になったのは、工業用バルブの製造・販売・メンテナンスを主たる業務内容とする株式会社です。令和2年8月から新たに訪問看護事業(メディカル部)を開始していましたが、令和3年9月に同事業を廃止しています。

 原告になったのは、看護師資格を有する方で、訪問看護ステーションの運営管理等のために雇われていた方です。整理解雇の無効や、懲戒降格降職処分の違法無効、ハラスメントを受けたことなどを主張し、被告に対し、地位確認や賃金、慰謝料を請求したのが本件です。

 本日、注目したいのは、ハラスメントの一つとして主張された「人間関係からの切り離し」に関する判示部分です。裁判所は、次のとおり述べて、人間関係からの切り離し行為の不法行為該当性を認めました。

(裁判所の判断)

「イ 以下の事実は、当事者間に争いがないか、前提事実、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば認められる。

(ア)Bは、令和2年6月8日以降、原告に対して、会話を避ける態度をとるようになったほか、原告を看護師の採用業務からも外した。他の被告従業員も、Bに追従するような態度をとることがあった。(甲45、80)。

(イ)Bは、原告に対し、令和2年6月17日に業務用のiPadを、同月18日に業務用のパソコンを、同年8月19日に業務用の携帯電話を、それぞれ返却するよう求めた(当事者間に争いがない)。

(ウ)令和2年7月、訪問看護用の名刺案が完成したところ、原告以外の従業員の名刺は趣味や特技等に関する記載があるのに対し、原告の名刺にはそのような記載がなかった(甲31)。

(エ)Bは、令和2年8月以降、原告以外のメディカル部に所属する看護師らには出社させながら、同看護師らも在宅勤務をしているかのように装って、原告に対してのみ在宅勤務を命じた(当事者間に争いがない)。

「ウ 前記イの事実のほか、被告が、原告に対して、本件降格降職処分をしたこと・・・や本件休業命令をしたこと・・・、それを理由に原告に支払う賃金額を大幅に減額するなどしていたこと・・・、原告が労働審判手続を申立てた後、賃金の支払を3か月から6か月遅延させたこと・・・などの各事実も認められるので、これらの各事実を踏まえ検討する。

「本件降格降職処分が無効であることは前述のとおりであるが、Bは、『懲戒処分をしたという認識はないです。』・・・と供述しているほか、本件降格降職処分の根拠となる就業規則の定めがないことも認める旨の供述・・・もしており、極めて杜撰な手続により本件降格降職処分がなされたものといえる。また、被告は、本件降格降職処分の理由として、面接予定者の容姿を誹謗中傷したことや、同僚社員にその内容を伝えたことを挙げるところ、そもそもかかる事実を認めるに足りる的確な証拠もないが、その点は措くとしても、被告の主張によっても、面接予定者に対して直接誹謗中傷したものではなく(第2回弁論準備手続調書参照)、賃金額を大幅に減額するほどの重大な非違行為であったとは到底いえないものである。このような本件降格降職処分に関わる事情を踏まえると、本件降格降職処分は、Bが原告に対して、何らかの理由により敵意をもってした可能性が高いものというべきである。

「次に、本件休業命令についてみるに、被告は、令和2年10月1日付で原告に対し本件休業命令をしているが、具体的に書面で通知しているのは同月8日である・・・。同月7日に大田労働基準監督署による在宅勤務日の賃金について未払があるとして、その未払賃金を支払うよう是正勧告がなされていること、前記・・・で述べたとおり、本件休業命令は、その必要性が認められないものであることの各事実を踏まえれば、本件休業命令は、在宅勤務により生じる賃金の支払を免れる意図でなされた可能性が高いものというべきである。

「次に、原告が労働審判手続を申立てた後の賃金支払の遅延についてみるに、被告は、それまでは本来支払うべき金額には満たないとはいえ、毎月15万円を払っていたにもかかわらず、令和3年4月の前記申立て後は、前記金額さえ期日に支払わず、ようやく同年11月になって支払っている。この支払遅延について、被告は何ら合理的な説明をしていないが、その時期に変化があったこととしては前記申立てがあったことしか見当たらないのであるから、Bは、前記申立ての報復として賃金の支払を遅滞させた可能性が高いものというべきである。

以上に述べた事情を前提に前記イ記載のBの行為を検討すれば、Bは、原告に対し、何らかの理由で敵意を有しており、賃金の減額や支払遅延等により圧力を掛けるとともに、原告を被告社内の人間関係から切り離して疎外感を強いることにより、自主的な退職に追い込もうとしていたものと推認できる。かかるBの行為は、被告代表者としての優越的な地位に基づいて原告の就業環境を著しく悪化させる行為であり、不法行為に当たるものというべきである。

3.違法性を立証しやすい行為から敵意を認定し、それを媒介に攻める

 本件は降格処分、休業命令、賃金減額、賃金支払遅延といった比較的違法性を立証し易い行為で違法性が認められたことから「敵意」が認定できるとし、そこから採用業務からの除外等の人間関係からの切り離し行為に不当な意図(退職に追い込もうという意図)が推認されるとの判断を導きました。そのうえで、問題とされた各種行為には不法行為該当性が認められると判示しています。

 「人間関係からの切り離し」類型の行為の違法性を主張するにあたり一番の難所になるのが、使用者側の不当な意思です。不当な意思は、別段、法文等で要求されている要件ではありませんが、業務上の必要性から行われた行為ではないことを立証するにあたり、事実上、立証を迫られることが少なくありません。

 本件における裁判所の判示は「人間関係からの切り離し」類型のハラスメントの不法行為該当性を主張、立証するにあたっての指針として、実務上、参考になります。