弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

勤務医に患者を担当させなくしたことが不法行為に該当するとされた例

1.仕事を与えないこと

 令和2年厚生労働省告示第5号『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』は、パワーハラスメントの類型の一つとして、

過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)

を掲げています。

 上記指針は、過小な要求の具体例として、

気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと

を挙げています。

 この「仕事を与えない」という類型は、医師、弁護士などの専門職との関係で問題になることが少なくありません。専門職にとって実務に従事していることは、知識・技能を維持するうえで重要な意味を持っているからではないかと思います。

 近時公刊された判例集にも、医師に対して患者の割り当てをなくしたことの不法行為該当性が問題になった裁判例が掲載されていました。東京地立川支判令7.3.6労働判例ジャーナル160-30 医療法人社団愛友会事件です。

2.医療法人社団愛友会事件

 本件で被告になったのは、病院(被告病院)を運営する医療法人社団です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を交わしていた内科医の方です。患者を担当させず、割り当てられていた診療室を他の医師に使わせるなどの嫌がらせを受けたことを理由とする慰謝料等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件の裁判所は、次のとおり述べて、患者を担当させなくしたことの不法行為該当性を認めました。

(裁判所の判断)

「前提事実・・・及び前記・・・の認定事実のとおり、被告が原告に割り当てた患者数は、令和5年2月21日以降減少し、令和5年8月15日以降は、完全に0人となった。このような患者の割り当て方は、何らかの意図に基づき、原告に患者を診療させないことを目的したことを推認させるものであり、不法行為2については、民法上の不法行為に該当する可能性が認められる。」

「これに対し、被告は、上記割当患者数減少の理由を、〔1〕被告病院における患者の各医師に対する振分けの制度上、そのような結果になったに過ぎない、あるいは、〔2〕被告病院が良質な医療サービスを提供するために有する合理的裁量として、患者に評判が良く、看護師との相互協力の体制が取りやすい医師に患者を多く割り当てた結果であると主張する。」

「しかしながら、前記・・・の認定事実からすると、原告に割り当てられた患者数は、原告がGに対し本件雇用契約において労働基準法39条違反があることを指摘し、是正を求めた令和5年2月19日より後、それまで、1日当たり6ないし7人であったのに、大半の日がその半数ないしそれ以下に減少した。このような短期間における割り当て患者数の急激な減少は、被告病院の患者割当の制度において、医師を指定している患者が存在した、あるいは、専門医を割り当てる必要がある患者が存在したといった、偶然の事情だけで発生したものとは考え難く、被告の何らかの意図により、人為的に原告への割当患者数が減らされたものと考えるのが自然である。」

そこで、被告病院の合理的裁量により、原告への割当患者が減少したとの主張の当否を検討する。

「この点、被告は、原告に、患者及び看護師から問題が多い医師などの指摘ないしクレームがあったと主張し、これに沿ったG作成の陳述書・・・を提出する。」

「確かに、被告病院は医療機関であり、よりよい医療を患者に提供するため、原告に対してどの患者を割り当てるか、どのぐらいの数の患者数を割り当てるか、などを判断する一定の裁量があること自体は認められる。しかしながら、原告については、特に令和5年8月15日以後、全く診療を行わせていない。このような被告の行為は、原告を医師として雇用しながら、医療行為をさせないというものであって、原告に割り当てる患者数の調整やどの患者を割り当てるのかの裁量判断の結果を超えた、事実上原告の診療を禁止する懲戒処分類似の行為をしたものといわざるを得ない。

「前記前提事実・・・のとおり,原告には、被告病院における規則遵守義務、被告病院の職場における秩序遵守義務等の義務があり、被告には、パートタイム職員規程43条以下により、懲戒の権限を有する・・・。しかしながら、上記パートタイム職員規程43条1項によれば、懲戒処分の種類は、譴責、減給、昇給停止、出勤停止、懲戒休職、降職・降格、論旨解雇及び懲戒解雇の8種類とされており、軽微な反則行為については、厳重注意に止めることがあるものとされているところ、本件原告のような取扱いは、そのいずれにも該当しない。」

仮に、被告ないし被告病院が、本件のような、上記職員規程にない事実上の処分をなし得るとしても、それは、原告に被告病院の業務や患者に重大な悪影響を及ぼすような行為がある場合に、上記職務規程に則った懲戒処分を科し得るまでの応急措置としてのみなされるべきであるところ、原告の場合、以後の診療患者数が完全に0人となった令和5年8月15日から起算しても同年10月10日までに約2か月が経過しており、長期間に過ぎる。」

「さらに、そもそも、上記Gの陳述書のみでは、原告に、患者又は看護師等に対して、患者を診察することを禁ずるほどの不適切な行為があったとまで認定するには足りないといわざるを得ない上、仮に、被告がそのような不適切な行為を把握し、原告に患者を割り当てることができないと判断した場合であったとしても、少なくとも、速やかに、その旨を原告に告知し、是正の機会を与えなければ、いたずらに、原告を被告病院において、不安定な状態に置くことが避けられない。しかしながら、前記・・・のとおり、被告からは、具体的な理由も告げられていない。なお、被告は、Gが原告に対し令和5年2月14日に、前回原告が診察した患者から『検査をお願いしたのに検査をしてくれなかった。』『原告が机上のパーソナルコンピューターのモニター画面に顔を近づけている(原告は目が悪く、患者として不安であるとの指摘と思われる。)とのクレームがあったことを伝えようとしたが、原告から診療が始まるから出て行ってくれと言われたと主張し、これに沿った陳述書を提出しているが、原告の患者数を0人とするまでの理由を説明したとは言えない。」

以上のことから、不法行為2については、少なくとも、被告病院において原告に対する割当患者数が0人となった令和5年8月15日以降において、民法上の不法行為が成立するものと認められる。

「なお、前提事実・・・の原告が診察室として割り当てられた○○番診察室に入室することができなかった点については、それが、被告病院における午前からの診察が偶然長引いたことによるものであるか、被告ないし被告病院の意図によってなされたものであるか判然としないため、不法行為の一内容とすることはできない。」

3.使用者の合理的裁量との調整

 一定の専門職との関係では議論がありますが、いわゆる就労請求権は認められないのが原則です。そうしたこともあり、特定の仕事をさせないことが違法になることは、それほど多くあることではありません。大抵の場合、賃金さえ支払っていれば、使用者の判断は合理的裁量の枠内にあると理解されます。

 こうした状況の中、特定の仕事を与えないことが使用者に認められている合理的裁量を超えているとの判断がなされたことは注目に値します。

 特に、

懲戒処分類似の行為、

懲戒処分を科し得るまでの応急措置

不適切行為に対する判断であったとしても、速やかに告知し是正する機会を与えなければならない、

という判示は重要で、類似事案に取り組むにあたり実務上参考になります。