弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

専門職の勉強時間は労働時間か?

1.専門職の勉強時間の労働時間性

 弁護士の場合、勉強を継続しなければ、まともな仕事はできません。法律は改正されるし、新しい裁判例も次々と出されるため、すぐに知識が陳腐化するからです。また、課題に直面してから調査したのでは事件処理・依頼人からの相談に対する回答のスピードが損なわれてしまうため、専門外の領域や、受任中の事件とは関係のない領域のことも、常時ある程度はフォローしておく必要があります。このように、勉強と仕事とは、切っても切り離せない関係にあります。

 他の専門職の実情に関しては良く分かりませんが、おそらく似たり寄ったりなのではないかと思います。

 では、専門職にとっての勉強時間は、労働時間に該当するのでしょうか。

 この点が問題になった裁判例が、近時の公刊物に掲載されていました。長崎地判令元.5.27労働経済判例速報2389-3 長崎市立病院事件です。

2.長崎市立病院事件

(1)事案の概要

 本件で原告になったのは、市立病院に勤務していた心臓血管内科医(H)のご遺族の方です。

 死亡時、当該心臓血管内科医の方は33歳でした。自宅居室内で心肺停止の状態で発見され、内因性心臓死による死亡が確認されました。かなりの激務であったようで、死亡は地方公務員災害補償基金から公務上の災害(民間で言うところの労災)であると認定されています。

 ご遺族の方は、幾つかの請求を立てていますが、その内の一つが残業代の請求です。この残業代の請求の可否・金額を議論する中で、勉強時間の労働時間性が争点となりました。

 この点について、裁判所は次のように判示し、看護師勉強会・救命士勉強会及び症例検討会の労働時間性を認める一方、抄読会、学会への参加の労働時間性は否定しました。また、文献調査に関しては、自分の担当する患者の疾患や治療法に関する文献の調査を労働時間とする一方、自分の専門分野等に係る疾患や治療方法の文献調査は労働時間ではないと判示しました。

(2)裁判所の判断

(看護師勉強会、救命士勉強会及び症例検討会)

「看護師勉強会、救命士勉強会及び症例検討会については、心臓血管内科の主任診療部長であるⅠが心臓血管内科医らに対し、講義や発表の担当を行うよう打診し、あるいは割振りを行っていたと認められ、心臓血管内科の若手医師であるHにとっては、その講義の担当や、発表を断ることが困難であったことからすれば、これらを担当するように上司から指示されていたものと評価することができる。そして、その内容も、看護師勉強会については新たに心臓血管内科に配属となった看護師に対する教育を内容とするものであり、救命士勉強会及び症例検討会は、心臓血管内科で扱われた症例を前提とした意見交換や知識の共有を目的とするものであるから、いずれも心臓血管内科における通常業務との関連性が認められる。そうすると、看護師勉強会の講義時間及びその準備時間、救命士勉強会及び症例検討会の発表時間や準備時間については、使用者の指揮命令下にある労務提供と評価することができ、労働時間に該当するというべきである。」

(抄読会、学会への参加及び自主的研鑽)

「抄読会については、・・・通常業務が繁忙である場合には中止となることも多かったと認められ、その内容も英語の論文の要旨を発表するというもので、心臓血管内科における症例についての検討等を内容とする救命士勉強会及び症例検討会と比較すると、業務との関連性が強いとは認められず、自主的な研さんの色合いが強かったと推認されるから、抄読会の準備時間が労働時間に該当するとはいえない。また、学会への参加についても、ⅠがHに対して学会への参加を提案し、これにHが応じたということがあったと認められるものの、Hはカテーテル治療の習熟に熱心に取り組んでおり、知識の習得に積極的であったといえることに照らせば、学会への参加は自主的研さんの範疇に入るものといえ、学会への参加やその準備に要した時間は労働時間とはいえない。」

(文献調査)

「Hは、被告病院滞在中に、自身の担当する患者の疾患や治療方法に関する文献の調査だけでなく、自身の専門分野やこれに関係する分野に係る疾患や治療方法等に関する文献の調査を行うなどし、自己研さんを行っていたところ、自身の担当する患者の疾患や治療法に関する文献の調査は労働時間に該当するが、他方、自身の専門分野やこれに関係する分野に係る疾患や治療方法に関する文献の調査に関しては、この部分に要した時間を労働時間と認めることはできない。」

3.勉強時間にも労働時間性が認められることはある

 裁判所は勉強会の性質・位置付け等を丹念に検討したうえで、労働時間性が認められるか否かを判断しています。文献調査に関しても、どのような文献に関する調査なのかによって労働時間か否かを仕分けするという丁寧な認定を行っています。勉強=自分で勝手にやっていたもの、という硬直的な考えは採用されていません。

 専門職の中には、勉強が習慣化していて、それが労働時間に該当するか否かを意識していない方も相当数いるのではないかと思います。

 この記事を読んで「自分の勉強時間にも、残業代が発生するのではないか?」とお感じになられた方は、残業代請求の可否について、弁護士に相談してみると良いと思います。もちろん、私でご相談に応じさせて頂くことも可能です。