弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ただ「辞めろ」と罵倒するのは、指導でも叱責でもない。単なるパワハラである。

1.「先はない。」「辞めろ。」「身の振り方を考えろ。」

 上司・先輩から部下・後輩に対し、「先はない。」「辞めろ。」「身の振り方を考えろ。」といった罵倒が浴びせられる例があります。

 部下・後輩が病んで問題になった時、罵倒した側からは、奮起や発奮を促すための言動でり退職に追い込むつもりはなかったとの弁解が出されることがあります。仕事の内容が危険なものであったり、重大な責任を伴うものであったりする場合、多少手荒な指導になるのは仕方ないのだ開き直られることもあります。

 しかし、何が悪かったのか・改善するためにはどうすればよいのかについての助言を伴わない罵倒は、指導でも叱責でもなく、単なるパワハラでしかないと思います。

 近時公刊された判例集にも、こうした指導の在り方が問題になった裁判例が掲載されていました。さいたま地判令元.6.28労働判例ジャーナル91-24 行田市事件です。

2.行田市事件

(1)事案の概要

 本件の原告は行田市消防本部の消防職員の方です。消防長ら上長から継続的な退職強要等のパワーハラスメントを受けたとして、市に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償を請求したのが本件です。

(2)裁判所の判断

 原告となった消防職員の方は、長期間に渡って「消防士としての先はない。辞めろ」「いつ辞めるんだ。」「身の振り方を考えろ。」などと罵倒を受けていました。他にも、些細なミスを理由に始末書や顛末書を作成させられたり、原告だけを現場出勤の任務から外されたりしたことが認定されています。

 被告からは、

「ミスをした原告に対し努力目標を掲げて意識を高めるよう求めるために『辞めろ』等の言葉で叱責し、辞表や本件誓約書の提出を求めたに過ぎず、退職させることを意図したものではない」

との反論が提示されました。

 しかし、裁判所は、被告の反論を排斥し、上長らの一連の行為はパワーハラスメントに該当するとして、被告行田市に対して原告に総額364万円あまりの損害賠償を支払うよう命じました。

 関係する裁判所の判示事項は次のとおりです。

 なお、cとあるのが消防長で、dとあるのは原告が病気休暇を取得した時点での消防署長です。

(判決文の引用)

-パワーハラスメントについて-

「前記認定事実によれば、

〔1〕cは、原告が当直の際に警察の依頼を失念した件を契機として、原告に対し、顛末書の作成を指示し、その提出を受けると繰り返し書き直しを命じたほか、辞表の提出を何度か求めるようになり、原告の父から苦情を申入れられると、更に態度を硬化させ、

〔2〕原告が公務外での負傷で自宅療養する際、『消防士として先はない。辞めろ。』等と叱責し、

〔3〕原告が負傷による休養から復帰すると、原告を本署付に異動させ、原告のみ現場出動の任務から外した上、

〔4〕『再教育』と称して、原告に勉強会への出席を命じ、原告が十分な成績を残した後も、その出席を免除することなく、後輩が講師を務める座学を受講させ、さらには、原告のみに日報の提出を命じ、些細なミスを理由に始末書や顛末書を作成させ、不必要に書き直しを何度も命じ、これらを他の職員にも回覧させるなどしたこと、

〔5〕さらに、cや他の幹部らは、原告に対し、本署付に配置して以降、『いつ辞めるんだ。』、『身の振り方を考えろ。』等、あからさまに繰り返し退職を迫るようになり、

〔6〕このような職場での処遇について、原告が自治労連に相談すると、これを知ったcは、憤慨して原告を厳しく批判し、『落とし前』として、1年の間に全ての仕事ができるようにならなければ退職する旨を記載した本件誓約書を提出させたこと、

〔7〕原告が職場での処遇や本件誓約書等に悩んだ挙げ句、うつ病を発症して休職せざるを得ない状況になった後も、cやdは、休職中の原告に対し、その病状に配慮するどころか、かえってうつ病を疑い、その原因が原告にあるような発言をして、本件誓約書に記載された期限での退職を執拗に迫り、

〔8〕さらにcは、約2年半の休職期間から復職した原告に対し、約2年にわたり現場出動の任務から再度外し、当時の消防署長であるfも、原告に顛末書の作成と書き直しを過度に求めるなどしたほか、

〔9〕cは、うつ病の公務外認定処分を不服として審査請求をした原告に対し、その取下げを迫っていた、といった事実が認められる。」
以上のような被告消防本部及び消防署の幹部らによる一連の言動は、原告への退職強要に当たることは明らかであり、職場での隔離や職務を与えないことによる孤立化、不必要かつ過大な要求、さらには、精神的疾患で休職していたことを何ら斟酌せず、むしろそのことに託けて休職前と同様に退職強要を行い、復職後にも職場での隔離等を繰り返していたものであって、その内容や態様、頻度等に照らし、これらの言動に何ら合理性や相当性は認められず、業務上の適正な指導の範囲を明らかに逸脱しており、原告への精神的な攻撃を意図した組織的かつ継続的なパワーハラスメントに当たるといわなければならない。

-退職させることを意図したものではないとの弁解について-

「これに対し、被告は、・・・ミスをした原告に対し努力目標を掲げて意識を高めるよう求めるために「辞めろ」等の言葉で叱責し、辞表や本件誓約書の提出を求めたに過ぎず、退職させることを意図したものではない・・・と主張する。」
確かに、火災等の危険な現場で市民の生命や安全を守る消防職員の職責に照らせば、日頃より厳しい訓練が必要であり、上司の指導にある程度の厳格さが帯びることもやむを得ないものである。しかしながら、cらの言動を見ると、『辞めろ。』、『早く次の職を探せ。』などと、繰り返し辞職を求めるのみであって、ミスをした者への業務改善指導とは評価できない上、その内容には人格否定を伴い、かつ、長期間にわたって執拗に行われている。また、その他の職場での隔離や不必要な顛末書の作成等と一連のものとして行われていることや、1年の間に全ての仕事ができるようにならなければ退職する旨の本件誓約書を提出させた後には、これに託けて原告に退職を執拗に迫っていた等という事情に照らせば、cらの言動が、適正な指導として原告を叱咤する意図から行われていたとは到底言えず、その言葉どおり、退職を強要する意図に基づくものであったというほかない。

3.ただ「辞めろ。」と罵倒するのは単なるパワハラ

 危険なことや、他人の生命や安全・権利利益を守ることを業務内容とする業界では、罵倒と区別がつかないような強い言葉での指導・叱責が行われる例がままみられます。

 しかし、裁判所が指摘するように、指導が厳格さを帯びることは、人格否定と同義ではありません。例え何等かの失敗があったのだとしても、問題点を自覚させ、改善に繋げることへの示唆を伴わない一方的な罵倒は、指導でも叱責でもなく、単なるパワハラにすぎません。

 理由や改善のための方策も告げられず、ただ「辞めろ。」などと罵倒され、自分を責めている方をみると、本当に気の毒に思います。声を挙げたい・法的措置をとりたいとお考えの方は、一度、弁護士に相談してみると良いと思います。