弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

パワハラ上司個人を訴えられるか?(公務員の場合)Ⅱ-私的制裁に対しては責任追及の余地はあるかもしれない

1.公務員の個人責任の追及は極めて難しい

 以前、パワハラを受けた公務員の方が、上司個人を訴えることができるかに関する記事を書きました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/04/15/161700

 結論から申し上げると、上司である公務員個人を訴えるのは、現行の裁判実務上、極めて困難であると言わざるを得ません。国家賠償法という法律の解釈として、公務員の個人責任を問うことはできないとされているからです(最三小判昭30.4.19民集9-5-534、最二小判昭53.10.20民集32-7-1367等参照)。

 ただ、いかなる場合にも個人責任の追及はできないとする解釈には有力な反対説もあり、責任追及の壁に挑んだ裁判例は定期的に出され続けています。

 近時の判例集に掲載されていた、さいたま地判令元.6.26労働判例ジャーナル91-26埼玉県事件もその一つです。

 本件は結論として公務員個人への責任追及は否定しています。しかし、

「公務員の行為が公務員の行為が、職務と無関係に行われ外形的にも職務行為とは評価できない場合においては、別異に解される。」

との規範を提示し、公務員個人がハラスメントに損害賠償責任を負うかを、きちんと検討・判断しています。

 ハラスメントを理由とする公務員個人への責任追及の余地を認めた裁判例として、また、公務員個人への責任追及がいかに困難であるかを理解するうえで参考になる裁判例だと思います。

2.埼玉県事件

(1)事案の概要

 本件で原告になったのは、埼玉県警察機動隊第4中隊(水難救助部隊)に所属していた警察官(亡P10)のご遺族の方です。

 亡P10は職場における訓練中に死亡しました。それが訓練といえるようなものではなく私的制裁にすぎないものだと主張し、埼玉県と加害行為をしたとされる公務員(警察官、被告P9ら)に対して損害賠償を請求したのが本件です。

 裁判所で認定された訓練当日の様子は次のとおりです。

「本件事故当日、水中での訓練は午後1時30分頃に開始され、基本泳法、シュノーケリング、インターバル及びリカバリー訓練が予定されていたところ、亡P10は、本件傷病により、基本泳法における平泳ぎ訓練を免除され、リカバリー訓練は行ったものの、成功していなかった。」
「午後4時頃からは、完装泳法訓練(本件訓練)として、隊員らが、完装状態で、本件水槽全体を利用して、本件水槽内の縁に沿って、水槽の縁から数十cmのところを時計回りに泳ぐ訓練が実施された。」
「被告P9及び被告P8は、本件水槽内の東側、水深5m付近で、隊員への指導に当たり、被告P5はプールサイドから指導に当たった。被告P6は、訓練の指揮官として、本件水槽西側のプールサイド中央付近で指導に当たっていた。被告P7は、訓練全体を監視する訓練責任者の地位にあり、訓練開始時点においてはプールサイドにいたが、本件訓練開始直後、亡P10がBCジャケットにエアを入れたままであることに気づき、水中に入ってエアを抜かせ、その後、本件水槽の北西角付近において、水中から訓練員の様子を監視する業務に当たった。」
「亡P10は、一周目頃から立泳ぎとなり、さらには泳ぐことを中断して、水深1.2m部分で水槽の底に足をつけて立った。被告P6は、亡P10が泳ぐことを中断したことに気付き、注意するために水深1.2m部分に入り、亡P10に対し、立つんじゃねえ、早く泳げと発言したところ、亡P10は、足が痛いことを訴えた。しかし、被告P6は、訓練を続行可能であると考え、亡P10を再び訓練に戻した。
「被告P5は、被告P6の発言により亡P10を注視するようになり、亡P10の泳ぐ速度に合わせプールサイドを歩き、亡P10がシュノーケルクリアをできていないため、タオルで亡P10の頭を数度叩いた。それに対し、亡P10は、シュノーケルクリアをして訓練を続行した。」
「亡P10は、訓練再開後、本件水槽内を一、二周した後、本件水槽東側を、水深5m部分から水深3m部分に進み、さらに水深1.2m部分に向け進む際に、顔を水面から上げ被告P6の方を見た。それに対し、被告P6は、亡P10が水深1.2m部分で再び立ってしまう可能性があると考え、亡P10に訓練を続行させるために、水深1.2m部分で、両手を広げ(いわゆるとおせんぼをし)、亡P10の進行を妨害した。」
「被告P6が水深1.2m部分への進行を妨げたことから、亡P10は、水深1.2m部分と水深3m部分の境目付近を、西に向かって泳ぎ始めた。被告P6は、亡P10が水深1.2m部分に入ると立ってしまう可能性があると考え、水深3m部分及び水深5m部分を泳ぐよう指示をした。」
「被告P5は、上記状況をプールサイドから見ていた。また、被告P9も、上記状況に気づき、亡P10が水深1.2m部分に立つことを妨げようと、亡P10を追って泳ぎ始めた。さらに、本件水槽西側の、水深3m部分で訓練員を監視していた被告P8も、亡P10が、本件水槽西側に向け泳いできていることに気づいた。」
「亡P10は、本件水槽西側の縁に向かって進み、ラダーに掴まった。」
「それに対し、プールサイドにいた被告P5は、亡P10に対し、掴むんじゃねえと怒鳴り、亡P10の手を片方ずつ両手で掴み、ラダーから離そうとした。また、ラダーから手を放そうとしない亡P10の左肩付近を複数回足で踏みつけた。被告P9は、亡P10の背後から、ボンベを掴んで、右足を本件水槽の壁面にあて、亡P10をラダーから離そうとした。さらに、ラダー付近にいた被告P8は、亡P10の右側から亡P10に対し手を離せと怒鳴り、両手で亡P10の右手をラダーから引き離した。」
「このとき、亡P10は、もうだめですと発言していた。
「ラダーから引き離された亡P10は、仰向けの状態となったところ、被告P6は、被告P9に対し、連れて行けと発言し、被告P9は、亡P10のボンベを掴み、被告P8は、亡P10の胸付近を押して、亡P10を本件水槽の中央付近(水深3m部分と水深5m部分の境目付近)まで移動させた。」
「上記発言後、被告P6は他の訓練員の指導に戻った。」
「本件水槽の中央付近で亡P10が立泳ぎの状態になったところで、被告P8は、亡P10が両手で水をかかないよう、両肘付近を両手で持ち、両腕を背中のボンベの下方向に押しやって、水面を泳ぐ上で適切とされる手の位置に修正した上で、被告P9に、亡P10に対する指導を任せ、その場を離れた。」
被告P9は、亡P10のボンベ又は肩を掴み、亡P10の頭部と水面の距離が50cmから100cm程度になるまで、水中に沈めた。そして、沈められた亡P10が浮上してくるところで、亡P10の息継ぎの有無を確認することなく、そして、実際に息継ぎをさせることもなく、亡P10の頭が水上に出る前に、再度亡P10を水中に沈めることを、合計で3、4回程度繰り返した(本件有形力行使)。本件有形力行使がされた時間は、合計で数十秒程度であった。」
「被告P5は、本件有形力行使を注視していたものの、被告P9を制止しなかった。また、被告P6も、亡P10が何度か沈められた段階で本件有形力行使に気づいたが、制止することはなかった。」
「亡P10は、何度か水中に沈められた後、浮上することなく、水中で静止した。被告P9は、本件失神事件に係る経緯等から、亡P10が失神を装い、訓練を免れようとしていることを疑い、10秒から20秒程度、亡P10の様子を見ていた。それに対し、被告P5及び被告P6は、引き上げろと叫び、被告P7も、この段階で、亡P10が水中で全く動かない状態で沈んでいることに気づいた。」
「被告P9は、亡P10を水中から水面まで引き上げ、水深1.2m部分付近まで移動させ、さらに被告P6、被告P5も協力して、亡P10をプールサイドに引き上げた。ただし、亡P10を引上げた直後は、亡P10が失神を装っていると考える隊員も多く、適切な蘇生措置が即座にとられることはなかった。」
「亡P10は、本件有形力行使による溺水吸引に基づいて、脳の低酸素状態等により死亡した(甲34)。」

 なお、本件事故の後、P9は業務上過失致死罪で起訴され、禁錮1年6月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡されています。

(2)裁判所の判断

 裁判所は埼玉県の国家賠償責任を認め、9200万円あまりの損賠賠償金の支払いを命じましたが、被告P9らの個人責任は否定しました。

 被告P9らの個人責任を否定した部分についての裁判所の判断は次のとおりです。

「国賠法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる旨を定める。」
「そして、公権力の行使に当たる国又は公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償する責任を負い、公務員個人はその責を負うものではないと解される(最高裁判所昭和28年(オ)第625号同30年4月19日第三小法廷判決・民集9巻5号534頁、最高裁判所昭和46年(オ)第665号同47年3月21日第三小法廷判決・裁判集民事105号309頁、最高裁昭和49年(オ)第419号同53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁等参照)。」
「これに対し、原告らは、故意の職権濫用行為については、公務としての保護を及ぼす必要がなく、被告P9らは、個人責任を負うべきである旨の主張をする。
しかし、被害者に対する救済という観点からすると、国または公共団体が損害賠償責任を負担するのであれば、それに欠けることはなく、また、公務員の違法な職務行為の抑制という観点からしても、国賠法1条2項が、公務員に故意又は重大な過失があったときには、国又は公共団体に求償権の行使を認めており、公務員は求償され得る立場に置かれていることからすると、それに欠けることもないから、公務員個人に対する損害賠償請求を認める必要性は、総じて乏しいといわざるを得ない。他方、故意の職権濫用行為であるとの主張を伴いさえすれば公務員個人への損害賠償請求が認められるということになれば、公務員個人としての応訴の負担は無視し得ないものとなり、公務の萎縮及び停滞を招くという懸念が生じる。
したがって、原告らの上記主張は採用することができない。

もっとも、公務員の行為が、職務と無関係に行われ、外形的にも職務行為とは評価できない場合においては、別異に解される。以下、この点について検討する。」
・・・
「原告らは、被告P9は亡P10を私的に制裁する目的で亡P10を水中に沈めたのであり、訓練の一環として行ったものではない旨主張する。」
「しかしながら、上記認定事実によれば、〔1〕平成24年当時、水難救助部隊においては、亡P10に限らず、訓練中において禁止行為をした者に対して、水没行為を行うことがあり、明確に禁止されていなかったこと、〔2〕被告P9は、本件訓練において、亡P10が禁止行為をしたことを受けて、本件有形力行使に及んだものであること、〔3〕被告P9は、本件失神事件の後、本件発言を行うなどしており、また、証拠(乙12から19まで、被告P9本人)及び弁論の全趣旨によれば、禁止行為を行った亡P10に対する怒りを有していたことがうかがわれるものの、同時に、被告P9が、水難救助部隊における訓練の性格等に照らし、亡P10を厳しく指導しようとしていたことも否定し難いことを総合勘案すると、被告P9による本件有形力行使の態様が、訓練中に実施されることがあった通常の水没行為と比較して訓練員における肉体的負担の程度が著しいものであったことを考慮しても、本件有形力行使が、それ自体として、訓練とは無関係の私的制裁であると断定することは困難である。
したがって、原告らの上記主張は採用することができない。

3.私的制裁に対しては責任追及の可能性があるかもしれない

 裁判所は公務員の個人責任が原則として否定されるとしながらも、

「公務員の行為が、職務と無関係に行われ、外形的にも職務行為とは評価できない場合においては、別異に解される。」

と述べて個人責任を追及する余地を認めました。

 水没行為を繰り返すことが本当に訓練の名に値するものだったのかは、議論の余地あがると思います。これでも訓練の範疇だとされたことからすると、職務とは無関係の私的制裁と裁判所に認めてもらうためのハードルは極めて高いと思います。

 しかし、本件のような下級審判例が積み重なって行けば、いずれは個人責任を追及するルートが開けるかも知れません。