弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不慣れな業務への配置転換-どれくらいの間であれば大目に見てもらえるのか?(降格までの猶予期間)

1.配置転換による不慣れな業務への配属

 配置転換には使用者に広範な裁量権が認められています。

 業務上の必要性があれば、他に不当な動機・目的をもってなされたものであるとか、労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるといった例外的な事情ない限り、無効になることはありません。業務上の必要性は、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは肯定されるといった緩やかな縛りです(最二小判種61.7.14労働判例477-6東亜ペイント事件)。

 したがって、配置転換はそう簡単には無効にはなりません。

 使用者が労働者に配置転換を命じる理由は様々ですが、不慣れな業務を扱う部署に配置転換されることも決して珍しくはありません。

 では、慣れない業務に配属されて、思うようにパフォーマンスをあげられない場合、どの程度の期間、大目に見てもらえるのでしょうか?

 この点が問題になった事例として、大阪地判令元.5.30労働判例ジャーナル91-38大阪トヨタ商事事件があります。

2.大阪トヨタ商事事件

(1)事案の概要

 本件で原告になったのは、大阪トヨタ自動車株式会社から、被告会社に出向した社員さんです。主には、自動車整備業務や営業を担当していた方です。

 被告に出向になった後、被告の業務支援室という部署に配置転換されました。営業支援室の業務は書類作成等事務的な作業が大半であったところ、原告は事務作業に慣れてはいませんでした。

 しかし、被告は原告がC5Pグレードに求められる職務・役割が達成できていないと判断し、原告をG6グレードに降格しました。本件では、この降格処分の有効性が、争点の一つとなりました。

(2)裁判所の判断

 裁判所は、次のとおり述べて、降格処分が人事権の濫用であることを認めました。

(裁判所の判示事項)

原告は、営業支援室に配属されるまで、事務職をしたことがなく、営業支援室配属時は同室の業務自体にほとんど慣れていないため・・・、まずはその業務自体の習熟度を上げなければならない状況であった。eマネージャーも、原告が初めて着手する業務であったり、事務仕事自体が初めてということを考慮し、最初の1年間は、1次考課者として評語Bに相当する評価をしていた旨証言している。実際、被告会社の主張によると中長期的な視点で評価される年間評語はCであったけれども、短期的な視点で評価される前期評語及び後期評語はいずれもBであった・・・。なお、年間評語も、eマネージャーの1次評価はB評語に対応する点数である・・・。さらに、直属の上司であり、原告の業務状況を最もよく観察し得るeマネージャーは、翌年(平成26年度)の年間評語についても、B評語に相当する評価を行っている・・・。加えて、G5Pグレードの人材イメージは、専門性発揮人材とされているところ・・・、原告は、上記のとおり、営業支援室の業務(事務職)に関し、専門性を発揮できるような経験を有しておらず、自身がその業務について習熟していない状況(これまでの経験に基づく営業職としての専門性を発揮できない状況)であって、むしろ下位者である営業支援室の他の従業員のほうがその業務に習熟しており・・・、営業支援室に配属後わずか1年、2年で、G5Pに期待される下位者への指導等・・・を期待するのは酷な状況であった。そして、被告会社の降格制度が平成26年6月に導入されたばかりであったこと・・・も考慮すると、原告の給与評価が2期連続でC以下になったためにグレード区分の見直し対象者となったのではなく・・・、1年ごとにグレードダウンを検討判断されるポストオフとなったG5Pの社員(出向社員を含む。)として降格の検討対象となったとしても(その場合もこの2期の給与評価が重要な判断要素になっていることは否定できないと考えられる。)、被告会社がこの時点で原告を降格させたのは相当でなかったというべきである。」

(略)

「以上によれば,原告の降格は,人事権を濫用するものであって無効である。 

3.専門性の高い業務であれば、1~2年程度の成績不振であれば問題視が制限される可能性もある

 本裁判例は、過去にキャリアがない人を、高い専門背にが要求される部署に配属し、専門性が必要な業務で部下への指導ができるレベルにまで習熟するこを求めるような場合、1~2年程度で見切りをつけてしまうことは酷だとしました。

 配置転換後、慣れない業務であることについて、いつまで大目に見てもらえるのか・法的な不利益を科す対象にならないのかは、どのような業務を任せられているのかなどの事情に依存するので、一律の基準を出すのは非常に困難だと思います。

 本件裁判例も個性が強く、1~2年であれば成果が挙がらなくても、大目にみられる・許容されると高を括るのは危ないと覆います。

 それでも、裁判所が不慣れな業務への習熟期間をどう考えているのかを知る手がかりにはなります。

 配置転換の中には、広範な裁量権が認められていることを背景に、キャリアを断絶させることを示唆して自主退職を促そうという理解でしか読めないものも存在します。

 未経験の業務に配置転換されて成果を求められ、あまり時を待たずに期待した成果が挙がっていないとして降格処分を受けるなどの不利益を受けた方がおられましたら、一度弁護士に相談してみると良いと思います。本裁判例が示すとおり、1~2年の範疇に収まっているのであれば、争う余地がある場合も多いのではないかと思います。